第2章:燃える村と三つの選択
熱かった。
いや、正確には――熱そうだった。
目の前で燃え上がる家屋。赤く揺れる炎。
だが、俺の体は現実感を拒否しているみたいに、どこか遠くでそれを見ている。
「……異世界、だよな。これ」
言葉にした瞬間、耳元で何かが弾ける音がした。
――悲鳴だ。
「助けて! 誰か……!」
胸が、嫌な音を立てて締め付けられる。
視線を巡らせると、村の中央広場。
そこに、魔族の兵士が三体いた。
黒ずんだ皮膚。歪な角。
人の形をしているのに、人間じゃない。
「……勝てるわけ、ないだろ」
俺は素手だ。
剣も魔法も、覚悟すらない。
そのとき――視界に、あの文字が再び浮かび上がった。
《選択可能》
半透明の文字。
まるでゲームのUIみたいに、現実感がない。
《①少女を助ける
②村から逃げる
③何もしない》
喉が、ひくりと鳴る。
「助ける……って、どうやってだよ」
①を選んでも、俺に戦う力はない。
②なら、生き延びる可能性は高い。
③は――考えたくもない。
理性が囁く。
ここで死んだら、何も始まらない。
だが、感情は別の方向を向いていた。
広場の端。
倒れた屋台の陰で、少女が一人、動けずにいた。
年は……十歳前後だろうか。
煤で汚れた顔。大きく見開かれた瞳。
その目が、必死に何かを探すように揺れている。
――俺と、目が合った。
次の瞬間、魔族の一体が少女に気づいた。
「っ……!」
魔族が、剣を振り上げる。
考える暇は、なかった。
「くそ……!」
俺は、走り出していた。
①少女を助ける
意識が、そう選んだ。
視界の端で、文字が砕ける。
《選択確定》
心臓が、うるさいほど鳴り響く。
足がもつれる。肺が焼ける。
「――こっちだ!」
叫びながら、俺は瓦礫を蹴飛ばした。
魔族の注意が、こちらに向く。
狙い通りだ。……狙い通り、だった。
「人間が……!」
魔族の一体が、こちらへ向かってくる。
「うわっ……!」
剣が振り下ろされる。
咄嗟に転がり、刃が地面を抉る。
――死ぬ。
そう思った瞬間。
「……あ、あの……!」
か細い声が、背後から聞こえた。
振り向くと、少女が立っていた。
足は震えているのに、必死にこちらを見ている。
「走れるか!?」
問いかけると、少女は一瞬だけ迷ってから、強く頷いた。
「……うん!」
俺は少女の手を掴み、走った。
逃げる。
逃げるしか、ない。
背後で、怒号と破壊音が響く。
追ってくる気配はない――が、それが救いなのかどうかは分からない。
村の外れまで来たとき、ようやく足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
息が整わない。
少女も同じように、膝に手をついている。
「……ありがとう」
少女が、小さく言った。
その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがずしりと沈んだ。
――村は、まだ燃えている。
「……他の人は?」
少女の問いに、答えられなかった。
代わりに、視界の端に新しい文字が浮かぶ。
《因果汚染:発生》
嫌な予感が、確信に変わる。
《本来死亡するはずだった人物が生存しました》
続いて、冷たい追撃。
《影響範囲:不明
修正不能》
「……何だよ、それ」
俺は、拳を握りしめた。
少女は、俺の表情を見て不安そうに尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
その呼び方が、やけに胸に刺さった。
「大丈夫だ」
嘘だった。
「……君、名前は?」
「リリィ」
それが、ヒロインの名前だった。
その夜。
村が完全に静まり返った頃。
遠くで、狼の遠吠えのような音が響いた。
視界の隅に、最後の文字が浮かぶ。
《警告:世界の分岐が観測されました》
俺は、焚き火の前で膝を抱えながら思った。
――助けてしまった。
それが、正しかったのかどうか。
今は、まだ分からない。
だが、確かなことが一つある。
この選択は、
もう、なかったことにはできない。




