第10章:世界を壊す選択
夜は、静かすぎた。
魔王城の最奥。
与えられた客間で、俺は眠れずにいた。
これまで何度も夜を越えてきた。
村が燃えた夜。
疫病で人が死んだ夜。
選択肢が消えた夜。
だが――今夜は、違う。
明日で、終わる。
良くも悪くも。
◆
扉が、ノックされる。
「入るぞ」
聞き慣れた声だった。
鎧の女性――第8章で出会った冒険者、カイラ。
彼女は、無言で椅子に腰掛ける。
「……ここまで来るとは思わなかった」
「俺もだ」
短い沈黙。
「魔王と組んだんだってな」
「……ああ」
彼女は、鼻で笑った。
「最悪だ」
だが、その目は怒っていない。
「それでも、止めに来なかった」
カイラは、天井を見上げる。
「私も、何度も“似た夢”を見た」
胸が、ざわつく。
「同じ街が燃える夢。
同じ人が死ぬ夢」
彼女は、視線を戻す。
「……あれは、夢じゃなかったんだな」
◆
「明日、世界がどうなるか分からない」
俺は、正直に言った。
「救われる保証もない」
「それでも、やるんだろ」
「ああ」
即答だった。
カイラは、しばらく黙ってから立ち上がる。
「なら、止めない」
扉に手をかけ、振り返る。
「ただし――生きろ」
それだけ言って、去っていった。
◆
次に訪れたのは、魔王軍幹部ゼファルだった。
「……久しいな」
「生きてたのか」
「君のおかげでな」
彼は、苦笑する。
「明日、管理者と戦うそうだな」
「ああ」
「成功率は?」
「……低い」
ゼファルは、肩をすくめる。
「だろうな」
だが、意外にも表情は穏やかだった。
「私は、管理者に従うために生まれた」
静かな声。
「だが、君は違う」
彼は、深く頭を下げた。
「……ありがとう」
その意味を、俺は聞かなかった。
◆
最後に、リリィが隣に座る。
焚き火の前。
子供の頃みたいに、肩が触れる距離。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「世界が終わったら、どうなるの?」
答えは、用意していない。
「……分からない」
「そっか」
それでも、彼女は笑った。
「じゃあ、一緒だね」
胸が、締め付けられる。
◆
「……怖いか?」
今度は、俺が聞いた。
リリィは、少し考えてから頷く。
「怖い」
正直な声。
「でもね」
俺の手を、両手で握る。
「選ばされるの、もっと怖かった」
言葉が、胸に刺さる。
――この子も、選択肢の世界で生きてきた。
◆
夜が、深まる。
別れの時間だ。
「……リリィ」
「うん」
「明日、俺は前に進む」
言い換えれば、戻れない。
「お前は――」
「行くよ」
即答だった。
「選択肢、ないでしょ?」
苦笑するしかなかった。
◆
窓の外。
星が、異様に明るい。
視界に、最後の表示が浮かぶ。
《世界終了シーケンス:接近》
これまでなら、選択肢が出ていた。
だが、もう何もない。
あるのは――覚悟だけ。
「……行こう」
俺は、立ち上がる。
仲間たちの顔が、脳裏をよぎる。
救えなかった人々。
選ばれなかった可能性。
それでも。
「俺は、終わらせる」
誰かのためじゃない。
誰かを犠牲にし続ける世界のために。
夜が、静かに明けていった。




