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勇者の後悔

 雪深い山々が連なる雪原。

 疲れ切った私は部下を連れ、街へと歩く。

 皆全身に魔獣の返り血を浴び酷い姿だが、死んだ者は居ない。


 そう、私を始めとして誰一人死ぬ訳には行かない。

 必ず王都に戻ってみせる。

 そして家を再び買い戻すのだ、私の夢が詰まったあの家を…


「…こんな辺境の地なんかでは死ねない」


 目眩を堪え、陣頭に立つ。

 私が倒れたら最後、部下は希望を失って全員が屍を晒す事になるだろう。


 部下は私を含め、全員が女の罪人。

 罪を償う為、この地へ送り込まれた人間達。

 私達が野垂れ死のうと、王国は知った事ではないだろう。

 それどころか、厄介払いが出来たと喜ぶに違いない。


 きっとアレックスもそう思うに違いない…


「クソ…」


 なんでアイツの笑顔が脳裏に浮かぶのか?

 きっと私の無様な最期を知り、笑うに決まっている! 

 だが、そうはならないぞ。


 気力を振り絞り、歩む先に、ようやく城塞都市の門が見えて来た。


「ミッシェル隊だ!

 帰ったぞ、門を開けろ!!」


 固く閉じられた門に向かい叫ぶが、返答が無い。

 吹雪の音に掻き消されているのだろうか。


「開けろ!早くしないと、この門を壊すぞ!!」


 両腕の義手に装着してあった剣を外し、直接義手を門扉へ激しく叩き着ける。

 門の木片が飛び散るが、分厚い材木を幾重にも重ねてある門に決定的なダメージは与えられない。


「早くしろ!」


 義手の先を砕けた門扉の間に差し込み激しく揺する。

 鉄製の金具が軋み、大きな振動と騒音が辺りに響いた。


「クソが…」


 暫くの後、門は開いた。

 崩れる様に仲間達が門内へとなだれ込む。

 残された者が居ないのを確認し、最後に私も中に入る。


 門の衛兵達を睨むが、全く気にする素振りも無い。

 激しい殺意、怒りの衝動。

 暴れたくなる気持ちを必死で抑える。


 そんな事をしたら、今度は間違いなく私に待つのは死だ。

 それでなくても私の両腕は義手、昔のように戦う事は出来ない。


「さあ…行くぞ、ここに居たらみんなの邪魔になる」


「は…はい」


 部下達を励まし、私達は一つの建物へと向かう。

 そこは辺境の地に建てられた留置施設。

 ここで私達は集団生活を送っている。


「ミッシェル以下20名、任務を終え、ただいま帰還しました」


「うむ」


 施設の門を潜り、当直の衛兵に帰還を伝える。

 労いの言葉はない、ただ無機質な瞳を向けられる。


 その後、衛兵達に取り囲まれた私達はその場で身に着けていた装備を取り外す。

 剣、盾、鎧、そして私は腕に装着していた義手も。


 これらの装備は全部国からの官給品。

 しかし義手は違う。

 これは私の金で作った私物だが、ここでは武器に相当する。

 反乱を防ぐ為だろう、外すしかない。


 装備を剥ぎ取られ、裸になった私達は個室でぬるま湯をぶっ掛けられる。

 そして与えられた薄手の着衣に着替え、施設の奥へと歩みを進める。

 突き当りにある大きな鉄製の扉。


 先を歩く衛兵が立ち止まり、取り出した鍵を扉の鍵穴に差し込んで回す。


 ガチャリという金属音、数人の衛兵が門を左右に押し開く。

 重厚な音と錆を落としながら、門が開いた。


「入れ」


 その言葉に私達は門内へと進む。

 この巨大な室内に私を含め、百人程が収容されている。


 仕切りなんか無い。

 人数分のベッドとテーブルに椅子、そして薪ストーブ。

 部屋の隅に置かれた数個の壺は排泄用。

 ここには個人のプライベート空間等存在しない。


「ご苦労さま」


「さあ暖まって」


 私達を迎えるのは今回の討伐に参加しなかった居残りの囚人達。


 優しい言葉に涙が滲む、彼女達の方が衛兵達より遥かに人間らしいではないか。


「さあ勇者様」


「ありがとう」


 用意された椅子に座る。

 改めて疲れが押し寄せて来た。


「今お薬を」


「すまない」


 仲間は両腕の袖を捲る。

 革のベルトで固定されていた義手と擦れて出来た肘の傷口。

 外気に晒され、痛みに顔が歪む。


「塗りますね」


「頼む」


 当たり前だが私に薬を塗る事は出来ない。

 両腕の肘から先は無いのだから当然だ。


「痛みますか?」


「大丈夫」


 仲間に気を使わせてはならない。

 本当は私の世話なんか、したくは無いだろう、しかし彼女達が居ないと、普通に食事を取る事が出来ない。

 口を食器に押し付け、犬の様に貪るしか出来ないのだ。


 それだけではない。

 週に一度の湯浴み後に身体を拭く事も、用を足した後に拭くのも。


 みんな私の世話に協力的だ。

 それは私が勇者で、ここでは最大の戦力だから。

 だからこそ、死なれでもしたらマズイから親切にしてくれるだけ、実際最初はそうだった。

 だが今は…


「終わりましたよ」


「いつもありがとう」


 薬が塗られた傷口、そして丁寧に巻かれた包帯。

 いつの間にか私と仲間達は心を通わせる様になっていた。


 みんな私の罪を知っている。

 隠していても仕方ない。

 勇者の私が夫を殴り怪我を負わせ、挙句浮気相手と居るところを捕らえに来たナバロ殿下に。

 あろうことか王族に剣を向けた事も。


 その顛末は醜聞となり、王国を始め、数多くの国々に知られているそうだ。

 しかし、ここの仲間達は私を嘲たりしない。

 みんな、それぞれに罪を背負い、ここに居るからだろう。


「私の居ない間に何か変わった事は無かった?」


「そうですね…」


 それでなくとも、変化の無い毎日。

 留守にしていたのは5日だけ、何も変わった事なんかないだろう。


「2日前にフミーカが釈放されましたよ」


「フミーカが?」


 フミーカはこの施設に収容されて3年になる、私と同い年の囚人だ。

 元冒険者で、同じ冒険者をしていた恋人と結ばれ、地方で冒険者ギルドを立ち上げた。

 罪状は、そのギルドに所属していた下級冒険者の男にいれあげ、そいつと共謀し、ギルドの金を盗み、夫と子供を捨てて逃げた。


 1年に渡る逃避行の末、金が尽きて来たと見るや、男はフミーカを宿に残し1人逃げて、途方に暮れ彼女は自首をした…


「まだフミーカの刑期は後5年あった筈だ」


「はい、でも家族から」


「家族?」


「フミーカの別れた旦那さんが、赦してやって欲しいと嘆願書を王国に出して減刑が認められたそうです」


「まさか…」


 減刑の嘆願書は直接の被害にあった者だけが出せる制度。

 もちろん審査はあるが、認められたら刑期は縮小される。


「よく赦して貰えたな…」


「フミーカ、暇さえあれば手紙書いてましたから」


「確かにな」


 ここに居る囚人は皆腕に覚えのある女ばかり。

 だからこそ、魔獣が頻発する危険な辺境で討伐を命じられている。


 僅かだが、そこには報酬も出る。

 その金で、化粧品や嗜好品も購入出来るのだ。

 私は定期的に義手を新しい物へ購入する代金に、フミーカは報酬の殆どを紙やペン、そして手紙代に充てていた。


 内容を見せて貰った事もあるが、子供達を気遣い、夫の健康、ギルドの運営状況、そして最後にはごめんなさいと書かれていた。


「まさか…そんな物で赦されるのか?」


 そりゃフミーカの反省は本物だったかもしれない。

 だが被害を被った相手の心を動かせる物だろうか?


「ん?」


 ふと目を上げると室内から響く物音。

 数人が一生懸命にペンを走らせている音。


「勇者様も書かれますか?」


「いや、この腕では書けないよ」


「もちろん代筆致します」


「…いや止めておこう」


 仲間の親切は嬉しいが、それは出来ない。

 いまさらアレックスに何を書けば良いのか分からない。


 浮気した挙句、酷い暴力まで加えた。

 殺す気は無かったが、酔っていたので、自信が無い。

 絶対に赦しはしないだろう。


 謝罪だって、直接アレックスに言った訳じゃない。

 追放前、一度だけしか口にしてない。

 今更だった。

 罪を軽くする為の物だと王国には捉えられただろう。


「…アレックス」


 どうして私は彼にあんな事をしてしまったのか。


 愛していた。

 絶対に離れたりしないつもりだった。

 ましてや、浮気なんか考えもしなかった。


 それがどうだ?

 いつの間にか、私の方が偉いと勘違いし、クズだヒモだのアレックスを蔑み挙句、浮気相手を自宅に連れ込んだのだ。


 捕まってから、私はようやく真実を知った。


 アレックスの方が稼いでいた事。

 私の使っていた武器や冒険に必要な物資を援助していた事。

 更に彼は自分の稼ぎを将来、私が戦えなくなった時の為に貯めていた。


 そして、生まれて来るであろう子供達の為に王国を通じ、充分な教育を受けられるよう頼んでいた事も。


 それを全て壊したのは私。

 アレックスが工房に泊まる事が多くなり、私は益々増長した。

 その頃には私の浮気に気付き始めていたそうだ。


「どうして止めてくれなかったの…」


「勇者様…」


 数人の仲間が私に駆け寄る。

 溢れる涙、それを拭う事も出来ない。


「ごめんなさい…あなた」


 床に零れ落ちる涙。

 私の刑期は後10年。

 それまで生きていられるだろうか?


「なんで…私は…」


 それは今更な後悔でしか無いと分かっていた。

ラストはアンナ!

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― 新着の感想 ―
まあこの勇者をはじめ、罪人を下手に牢に入れずに、辺境の警備に使用するとか中々に王国も考えてる。 それにしても、勇者の彼女がここ来てから、死傷率も減少してるんだろうな。
魅了魔法に掛けられたのかと思ったら、そうじゃなかったんですね。
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