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勇者に棄てられた男

 まだ帰らないか…


 今日は妻が戻ると聞いていたのにまだ帰らない。

 ギルドからの依頼で魔獣討伐に出て2ヶ月。

 その間、一度すら手紙も無かったが、俺は妻の無事を願い、待っていたのに…


「あ」


 乱暴に扉を開ける音。

 どうやら帰って来たのか。


「おかえ…」


 玄関で迎える言葉が途中で止まる。

 なぜなら妻は見知らぬ男に肩を抱かれ、蕩けた表情で立っていたからだ。


「なんだコイツ?」


 ガタイのいい男が俺を睨みつける。

 なんだはこっちのセリフだ。


「ダンナよ、一応は」


「コイツが?

 話に聞いた通り、貧弱な奴だな」


「は?」


 吐き捨てる妻の言葉が理解出来ない。

 一体どうなってるんだ。


「なんで家に居るの?

 今日も工房に泊まってると思ってたのに」


「な…」


 心底ウンザリした妻の言葉。

 唖然とする俺の横を二人は通り過ぎる。


「待て!」


「…何よ」


「一体なんだ、それにその男は誰なんだ?」


「この人は剣士のマンフよ、私のパートナーだから」


「はあ?」


 意味が分からない。

 パートナーって、何の事だ?


「おい、パートナーって今回の依頼でだろ」


「良いのよ、このまま依頼更新だから」


「そっか、それはありがたい」


 二人の会話が続く。

 それにしても酒臭い、かなり飲んでいるみたいだ。


「そういう訳だから、あんたとはお別れ、とっとと出て行って」


「ち、ちょっと待て!」


 後ろから妻の肩を掴む、次の瞬間俺の身体は宙を舞っていた。


「ぐぅ…」


 床に打ち付けられる。

 さすがは勇者と言ったところか、全身に走る痛みに意識が朦朧になった。


「何をする…」


「…何って」


 天井を見上げている俺の視界に酒に酔った妻の顔が映る。


「気安く触らないで!

 クズヒモのクセに!!」


「お…おい」


 妻は何を言ってるのだ?


「私は勇者よ?

 この家だって、家具も生活に必要な物全部私の稼ぎじゃない!」


「ハハハ、確かにコイツはクズヒモだな」


 二人の嘲る声。

 屈辱とはこの事だ…


「…何よその顔」


 妻の顔が醜く歪む。

 言いたい事は山程ある、言葉が出て来ない。


「この役立たずが」


「ブァ!」


 激しい衝撃に顔面が揺れる。

 馬乗りになった妻から降り注ぐビンタ。

 視界が激しく左右する。


「その辺にしとけよ、死んじまうぞ」


 ようやく暴力が止まる。

 男が妻の腕を掴んだみたいだ。


「手加減してるから大丈夫よ、本気なら最初の一回で死んでるわ」


「そっか?殺す気に見えたぜ」


「信じてないのね、そんなに酔ってないわ」


「なら証明して貰おうか」


「良いわ…ベッドでね」


「「ん…」


 瞼が腫れて殆ど二人が見えない。

 しかし、耳から聞こえる音は間違いなく激しい口づけのそれだった。


「早く出て行って、もうアンタとは終わりだから」


「そうだ、お前の居場所はもう無いからな」


 頬から僅かに感じる感触、酒臭い水滴。

 唾を吐きかけられたのを感じる。

 身体が動かないのは脳震盪か、やがて寝室から聞こえる妻の喘ぎ声と男の叫びに似た嬌声。

 意識が遠退いていった。


「…ッツ!」


 どれくらい時間が経ったのか、ようやく意識を取り戻した俺はゆっくりと立ち上がる。

 寝室から聞こえるのは二人の鼾。

 もう確かめる間でもない。


「クソ…」


 全身の痛みを堪え家を出る。

 足はマトモに動かないし、視界も僅かだ。

 しかしもうこの家には居られない、いや居たくない。


「アバヨ…」


 外はまだ漆黒の闇、夜は明けてない。

 最後にもう一度振り返る。

 立派な家、妻の稼ぎで建てた豪邸か…


 石畳の道を歩く事、1時間。

 ようやく辿り着いたのは俺が働く鍛冶工房、いつもなら10分も掛からない距離なのに。


「どなたですか?」


 工房の裏口を叩くと聞こえる1人の声。

 鍛冶場の窓から光が漏れていたから誰か居ると思っていたけど参ったな、よりによって居たのがアンナとは…


 踵を返し工房を離れようとするが、その前に裏口の扉が開いた。


「どなた…ッて、どうされたのですか!」


 ボロボロの俺を見たアンナが叫ぶ。

 そりゃ血を滴らせた男が立ってたら誰だって驚くよな。


「まさか…アレックスなの?」


「……」


 なんとかその場を離れようとするが、アンナに回り込まれてしまった。


「何があったの?

 今日はミッシェルが帰って来るからって、先に上がったでしょ!」


「なんでもない…その転んだんだ」


「嘘!

 その傷は殴られたんでしょ!!」


 やはり無理があったか…


「大丈夫だ、ちょっと街のゴロツキと喧嘩をな…」


「あのね、そんな訳…」


 アンナは呆れた声。

 勇者ミッシェルを妻に持つ俺をやっかむ奴は多い。

 大抵は下級冒険者や街のゴロツキだ。

 そんな連中から見たら俺はヒモしか見えないだろう。


「衛兵に届けて来る」


「止めろ…」


 アンナの腕を掴もうとするが、力は入らない。


「まずいな…」


 走り去るアンナの後ろ姿に再び意識は遠退いって行った。


「う…」


「気がついた?」


 意識を取り戻した視線の先に見えるアンナの顔。

 どうやらベッドの上か。


「良かった…あれから2日も目を覚まさないから」


「な…何!?」


 涙ぐむアンナの言葉に慌てて身体を起こそうとするが、首から下の身体は全く動かす事が出来ない。


「悪いな、全身を動かせない麻痺の薬を使わせて貰った。

 早く怪我を治してくれないと、こちらも困るのでな」


「で…殿下」


 次に視界に映ったのはこの国の第一王子にして、英雄ナバロ殿下だった。


「随分と派手にやられたみたいだなアレックス」


「も…申し訳ありません」


「なに、注文の剣なら心配いらぬ。

 出立を延期したからな」


「は…はい」


 俺の勤める工房に依頼されていたナバロ殿下の剣。

 これを使い、来月邪竜討伐に向かう予定だった。


「まあ、剣が無くては出立出来ぬ。

 他の隊員が使う剣は工房主や、他の鍛冶職人に任せているが、俺の使うのは、そういう訳にもいかないからな。

 医者はお前の怪我が治るのに…どう言ってたかな?」


「1ヶ月です、兄上」


「そうか、それから俺の剣の続きを作るとして、完成は…」


「更に1ヵ月は見て貰わないと」


 ナバロ殿下とアンナの会話が続く。

 アンナはナバロ殿下の異母兄妹。

 平民の母から生まれたアンナは庶子で、子供の居なかった王国専属鍛冶屋の養子に迎えられていた。


「そ…その」


「なんだアレックス」


「つ…妻ミッシェルは?」


 心配なのは妻のその後だ。


「あぁ…屑女ね」


「ア…アンナ」


 瞳の光を失ったアンナが吐き捨てる。


「お前を保護した後で捕らえた」


「よく衛兵で捕まえられましたね」


 ミッシェルは勇者。

 神の神託によって授けられるのは圧倒的な力。

 怪力に特化したミッシェルなら、衛兵なんか問題じゃない。


「私が直接出向いたからな」


「え?」


 どうして殿下が?

 しかしそれならミッシェルが捕まったのは納得出来る。

 英雄ナバロ殿下の強さは神から授かった物ではない。

 天性の素質と、日々の努力。

 力任せの攻撃しか出来ないミッシェルは殿下の相手にならない。

 赤子の手を捻るように捕まった事だろう。


「アレックスにそこまでの怪我を負わせられるのは、兄上か勇者くらい。

 だから王城の衛兵詰所から兄上に連絡を頼んだの」


「そうか…」


 そう言って胸を張るアンナ。

 美丈夫の殿下に引けを取らない美人だから二人は絵になる。

 あのバカ二人の姿が脳裏に浮かんだ。


「男は…抵抗したから首が折れ…その捕まえ…たが、女…勇者の方も抵抗してな、止むを得ぬから両腕を切り捨てさせて貰った」


「ミッシェルの腕を?」


「仕方あるまい、私に剣を向けたのだぞ?」


「それは…確かに」


 ミッシェルがここまでアホだなんて。

 勇者の力に溺れていたにしても、王族に剣を向けたら無事に済む訳が無い。


「アレックスに怪我をさせたのだから、この報いは当然です。

 寧ろ、なんで兄上は首を跳ねなかったの」


「お…おい」


 なんて事をアンナ。


「こちらも名乗った訳では無いからな。

 知らなかったと言う事で罪一等を減じたまでだ」


「はあ…それで、その妻…」

「咎人ミッシェルでしょ?」


「は…ない、そのミッシェルは」


「怪我が治り次第、辺境に追放とした」


「つ、追放ですか」


「義手を作るらしいから、まだ働けるでしょう」


「そうですか…義手を」


 義手はかなり高価だ。

 しかし二度と物を掴んだりは出来ないだろう。


「義手の代金はあの屋敷を売る金で賄う」


「売るんですか?」


「ああ、義手を作りたいと言ったのは勇者だからな」


 あの屋敷を売るのか。

 大きな家に住むのがアイツの夢だった。

『ここに子供部屋、ここは寝室。

 それで歳を重ねたら、ここには安楽椅子を二つ並べるの』って言ってたのに。


「…バカだな」


「そうね、確かに大バカね。

 今更謝っても遅いのに」


「謝った?」


「ええ、アレックスごめんってね」


「そうか…」


 今更だけど、悲しみは余り湧いてこない。

 浮気に以前から気付いていたのもある。

 浮気の原因は勇者務めの重圧からか、いや俺に愛想が尽きた…

 どちらでもいい、終わった事。


「そういう訳だ、早く怪我を治せ」


「はい、色々とありがとうございました」


 殿下には世話になりっぱなしだ。


「可愛い妹の為だ。

 アレックス、妹を頼む」


「は?」


「ちょっと兄上!」


 今のはどういう意味だ?

 アンナもなぜ顔が赤い?


「もう…兄上ったら」


 見上げる視線には真っ赤な顔をしたアンナ。

 そんな気持ちでアンナを見た事は無かった。

 彼女とは15年の付き合いで、俺の勤める工房主の養女で、途中から妹弟子になって…あと王族の血を受け継ぐ高貴な…


「アレックス覚悟してよ」


「は…?」


「もう奪われたりしない。

 私の方があの女より先に好きになったんだから…」


 そう言って近づくアンナの顔。

 ミッシェルより長い付き合いなのは確かだ。

 ギルドを通じて受けた勇者の剣を作る依頼で知り合って、ミッシェルからのアプローチに押し負けての結婚だった。

 そういえば、アンナ泣いてたっけ…



 俺が工房を引き継いだのは、それから2年後の事。

 隣には1年前に妻となったアンナと、俺達の娘が笑っていた。

次はミッシェル視点!

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お久しぶりです。 新作アップ感謝です。 まあいつもの間男君に行った彼女(勇者)ですが、旦那が自分より稼ぎ悪いかもしれませんが、王侯貴族とも繋がってると知らんかった訳でも無かろうに。
あらすじに誤字がありましたので確認して下さい。 いつも工期前には工房に泊まるアレックス。 しかし今日は特別、なぜなら妻である勇者ミッシェルが帰っ(て)来る
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