屋根裏部屋の魔女とぼく
ばあちゃんの家の屋根裏部屋には魔女がいる。
だけど、誰も信じてくれない。
ぼくだけが見える、ひみつの友達。
そんな風に思っていた。
とんたんとん。
屋根裏部屋へ続く階段には、扉がついていて、魔女はいつもその一番てっぺんの階段に腰掛けている。
「コータは今日も来たのか?」
魔女はいつも嫌な顔をして、ぼくを屋根裏に案内する。
「だって、つまんないし」
「わたしは忙しい」
そんなことを魔女は言うけれど、魔女はいつも暇そうに、階段の最上段で座っているだけ。忙しい姿なんて見たことない。
魔女の住んでいる屋根裏部屋の真ん中にはおおきなツボがあって、木の蓋がしてあって、鍋のように使われていた。
そのツボを覗き込もうとすると、魔女はいつも怒鳴りつける。
「やめなっ」
「ごめん……」
だって、気になるんだもの。魔女が大切にしている、そのツボが。
だけど、ぼくは素直に謝るんだ。
だって、ここに来ちゃいけないって言われたくないし。
「こっちに来て座ればいい」
魔女が招き入れるのは、屋根裏部屋にたったひとつある、三角窓の下。そこには、小さなテーブルと、小さな椅子があって、ぼくと魔女にはちょうどいい大きさだった。
小さなテーブルには、いつもぼくが好きなおやつが置いてある。
「これ、作ったの?」
「くるりと回せば、簡単に出てくる」
魔女はやっぱり魔女なのだ。
黒いスカートのポッケから、すっと木の棒を出すと、偉そうに宙に円を描く。
「出てこないじゃん」
「それは、お前が何もいらないと思ってるから」
そんな風に言い訳をする魔女は、少しだけ好きだった。だけど、テーブルにある今日のおやつは確かにぼくが大好きなクッキー。欲しかったものは、ここにある。
「クッキーは好きだろう?」
「うん」
小麦粉とたまご、そして、牛乳を入れて作ったものが好き。
「こねてのばしてかたぬいて」
魔女は無表情で節を回す。
どこか調子の外れたその歌を聞くと、へたくそ、と言いたくなるけど、言わない。
だって、泣いちゃったら可哀そうだから。
丸いクッキーをぼりぼり食べた。
※
夏のある日、ぼくは、ばあちゃんちに預けられた。
お父さんも、お母さんも、忙しいから。
きっと、こっちにいる方が、いいって言って。
夏休みの宿題をリュックに入れて、大切なパトカーのミニカーとお気に入りのハリキリンジャーのタオルとパンツも入れて。
お父さんが、頑張れるようにって買ってくれた大好きなワンパトの靴を履いて。
歩くとかかとがぴかぴか光る奴。
しばらく、お願いしますって。お父さんとバスに乗って、やってきた。
しばらくって、いつまでだろう。
「ねぇ、ばあちゃん、しばらくって?」
「そうね、落ち着いたら。こうちゃんは、ばあちゃんちが好きだったよね」
ばあちゃんの家は、広いし、二階建てだし、お庭があるし。
家の前の道路で遊んでいても、怒られないし。
「うん」
食べたくないものは食べなくても、いいし。
※
とんたんとん。
今日も魔女はそこにいる。
「また来た」
「あれ? きょうは、蓋が開いてるの?」
「たまにはフタを開けないと」
そう言った魔女は慌てて蓋を閉めに行く。
中身は何か、教えてくれない。だけど、ぼくは、魔女が好きだから、「うん」だけしか言わない。
ぼくらは、やっぱり三角窓の下へいく。
今日のおやつは、おにぎりだった。
「中身はウインナー」
「ぼくの好きなの」
ご飯のところをぱくりと食べると、赤いウインナーが飛び出した。
※
ばあちゃんの家で朝ごはんを食べる。クリームパンと牛乳。
「こうちゃん、牛乳、飲めるようになったの?」
「うん。大きくならなくちゃならないからね」
牛乳を飲むと大きくなるんだ。だって……。
「えらいね。こうちゃんが食べられるもの、もっとたくさん増やしていこうね」
お兄ちゃんになって、もっと強くなるんだ。
ハリキリンジャーみたいな。
背が高くて、いつも正義の味方の。必殺技のキリンネッカーを使って、悪いやつをやっつけるんだ。
※
とんたんとん。
あれ、今日の魔女は座っていない。
「また来たのか」
「うん……もうすぐお家に帰るから」
魔女は何も言わない。そして、火にかけたツボを覗き込みながら、大きなしゃもじで中身をクルクル回している。
覗いてもいいのかな?
そっと近づき、そっと魔女の横に立っても、魔女は怒らない。
中身はむらさきとみどり、それから、きいろ。
赤色っぽいのも。
そんなとろとろが混じったものが、しゃもじにからまるようにして、くるくるかき混ぜられ、ぷくぷくの泡が何度もはじけて、消える。
「変な色」
「くくく」
魔女が魔女みたいに笑った。
ちょっと怖い。
「かきまぜ続けていると、いつか綺麗な色になるんだよ」
よく分からないけれど、魔女はやっぱり魔女なんだ、と思った。
※
夏休みが終わって、お父さんが日曜日に迎えに来る。
「こうちゃん、もう帰る準備は出来ている?」
「うん……」
本当は帰りたくない。魔女に会えなくなるから。
それに、お家に帰ってもきっと、つまらない。
「だいじょうぶ。学校でたくさん友達とあそべば元気になる」
ばあちゃんがぼくの頭を包んで撫でた。
※
とんたんととん。
あれ? 誰か降りてくる。
「コータ」
眠っていたぼくの頭のところに、魔女が座っていた。
「あ、魔女」
魔女が指で「しーっ」とすると、隣で眠るばあちゃんが寝返りをうっていた。
「あした帰るんだったな」
「うん」
「おみやげをあげよう」
魔女が黒いスカートから銀色のフタの付いた瓶を出した。
瓶をもらったぼくは、その瓶をカラカラ鳴らす。
瓶の中はとてもきれいな丸がたくさん。
赤に緑、黄色に水色。
ピンクに、青色。
黒いのも茶色もある。
「絶対になくならないキャンディーだ。色んな味を入れておいたよ」
「うん」
「好きだと思う色から食べるといい」
魔女がぼくの持つ瓶を指さしながら、説明をした。
「舐めてて辛くなったら、フタをきつく締めればいい。食べたくなるまでぎゅっと、な」
「なくなったら?」
魔女は「くくく」と笑い、下手くそなウインクをした。
「言ったろ、絶対になくならない。だけど、なくなったように見えたのならば、それは、コータがハリキリンジャーになったってことだ」
※
もう、とんたんとん、は聞こえない。
あの日、ぼくはキャンディーの瓶をポッケに入れて、たぶん、しばらく好きな色のキャンディーを食べていた。
バスに乗って、ワンパトのくつをぴかぴか光らせて。
小学生になって、母さんと一緒に新しいランドセルを背負って登校していた春のある日。車がぼくらに突っ込んできた。
ぼくを庇った母さんは病院で亡くなって、一ヶ月経って目が覚めたぼく。
リハビリをして、歩けるようになったぼくは、泣きながら母さんを探して歩くようになっていた。
母さんがいないと分かると、今度は手を引かないとまったく動かなくなったらしい。じっと座ったまま、まるで、母さんなんて初めからいなかったかのようになったり、いない母さんと話をしたりするようになったそうだ。
しばらくは、父さんも会社を休んでくれていたけれど、学校も休みになって、どうにもいかなくなったらしい。
祖母の家に、屋根裏部屋はなかった。
屋根裏へ続く扉付きの階段も、もちろん。
キャンディーの瓶は、なくならないって言っていたのに、中学生になった頃にはもうほとんどなくなっていた。今のぼくには、キャンディーの瓶を探すことも、それがないから歩けないと言うこともない。
魔女が言っていたようにぼくはきっと、ハリキリンジャーになったんだ。だから、キャンディーが見えなくなったんだろう。
だけど、忘れちゃったわけじゃない。色んな味もちゃんと覚えている。
ワンパトの靴も、もうないけれど、ぴかぴか光る車に乗ることはある。
だけど、ぼくは今「やっつける仕事」じゃなくて、「守る仕事」を、している。時にサイレンを鳴らす赤いぴかぴかを走らせて。
もちろん、ミニカーでもなく。
「おはようございまーす」
「おはよう。気をつけていってらっしゃい」
通学の子ども達に手を振っているぼくは、よそ見をしないように、子ども達を見守っているんだ。