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第7話 玉塚邸①




 あれは遥か昔の出来事でした。

 ここより東。大赤桜のおわす首都にて、突如あの黒い木が現れたのです。


 深く地の底から現れたあの木は大赤桜に纏わりつき、美しい花弁や幹を真っ黒に染めてしまいました。


 そしてそこから、国中にあの黒い木は広がっていきました。

 地下から現れるあれは獣に、人に憑りつきそれらをあの異形へと姿を変えてしまったのです。


 人々はそれらを樹者と呼びました。

 黒い木に憑りつかれ他者を無差別に襲う。

 それは恐ろしい化け物でした。


 この国は周囲を自然に守られ、決して何物にも侵されることはありませんでした。

 でもあの樹者は内側から突如現れ、この国の者たちを次々と取り込んでいったのです。

 恐らくこの国の歴史でも初めての事だったのでしょう。

 多くの勇士たちが戦い、散っていきました。


 国主様も、接ぎ木の衛士様たちも必死に戦い抜きましたが、領土を奪還することはついぞ叶わず、我々はゆっくりと果てへ果てへと追いやられたのです。

 生き残った僅かな者たちは、この果ての地――玉塚邸に身を寄せ合い、戦い続けました。


 土塁を築き、柵を立て、武器を集めて、我々は迫りくる樹者たちを追い払い続けたのです。

 接ぎ木の衛士様の力もあり、一時は穏やかな時間を過ごすこともできました。

 このまま戦っていけばもしやと、私も希望を抱いたものです。


 ……ですが、あの樹者たちはそう甘くはありませんでした。

 この玉塚家を始め、国主様に仕え国を守りぬいてきた5つの家系――桜下五家には、大赤桜の子孫となる樹が植えられているのです。

 もし大赤桜に万が一のことがあった際に、次なる大赤桜となるように。


 その子孫樹――五家桜が我らに力を与えてくれていたのですが、その樹も時間が経つにつれ黒く染まり、呪われてしまったのです。

 呼応するように沢山の強力な樹者が現れるようになり、遂には防衛地点も突破され、この玉塚邸に押し入られてしまいました。


 そうなれば、私のような非戦闘員はひとたまりもありませんでした。

 この家の者は全滅。私もなんとか逃げたのですが、ここで……。


 何故私が、私だけがこうなったのかは分かりません。

 ですが、この国はあの日間違いなく滅びました。それだけは、確かなことでしょう。



***


 

 葉月と名乗った魂が語ったこの国の最期を、坊とキュウは軽く掃除した四阿の椅子に腰かけて聞いていた。

 ちょうどよく坊の休憩にもなるからと気楽に聞き始めた話は、想像以上に重く、そして重要なものであった。

 分かっていたことだが、この国はやはり、どうしようもなくはっきりと滅んでしまっているようである。


『なるほどねえ。つまりここは、アンタらの最終防衛地点だったってわけか』

『……はい。ただ他の場所で何が起きていたのかは分からないので、もしかしたら生き残りがいたのかもしれませんが……』


 それがただの願望に過ぎないことは、この場にいる全員が理解していた。

 そしてこの国に一体何が起きたのかも、キュウは理解することができた。


『つまり、この国はあの異形――樹者っつったか。あれに滅ぼされちまったってことだな』

『はい。奴らはどんどんと数を増し、何度倒しても立ち上がり襲ってきたのです。……接ぎ木の衛士様たちでも追い返すことが精一杯でした』

『……なあ、その接ぎ木の衛士ってのは一体何なんだ?』


 キュウとしてはそこが一番気になるところであった。

 あの巨人から受け継いだ枝について、彼は『接ぎ木』と言っていた。

 間違いなくあれの事だろうが、一体何なのか。


 葉月はまさかそんなことを聞かれるとは、と目をぱちくりとさせてから、それでもしっかりと答えてくれた。


『接ぎ木の衛士様は国主様より赤桜の枝を分け与えられ、特別な力を得た方々です。国主様の近衛の方々や名家の当主様たちに与えられ、その力で国の守護を担っていたのです』

『なるほどな。……ちなみにその力って奴なんだが。例えば巨大になったりとかするか?』

『はい?』


 キュウの問いに再び困惑しながら、葉月は首を傾げた。


『ええと、どのようなことを巨大というか、でしょうけれど……。例えばこの玉塚の家に与えられた接ぎ木の力は「緋太刀(ひだち)」と呼ばれておりまして。赤く大きな刀でこう……ズバッと斬ってしまう力でございました』


 両の手を重ねて振り下ろしながら彼女は言った。

 先ほどからやけに身振り手振りが多い。そういう性格なのか、半透明だから見えにくいとでも思っているのか。

 どちらにせよ大体わかったのでキュウは頷きを返した。


『剣がデカくなる……ってことか』

『そんな感じです、はい』


 キュウは坊を――より正確には彼の左腕を見た。

 先ほど彼が発動させた巨大な拳。あれがきっと、接ぎ木の力だったのだろう。坊もわかっているのか、自身の手を見つめている。


「氷魚の手と一緒だね」

『ひお? なんだそりゃ?』

「さっきのおっきい人。氷魚って言うんだって」


 あの巨人の事だろう。名前を聞いていたらしい。

 一体いつの間に?と思うが、きっと彼らが触れあっている時に何かがあったのだろう。

 

『氷魚様。近衛のお方ですね。あの方もこの玉塚の家にて戦われておりましたが……どうしてそれを?』

『……ああ、ええっと、なんて説明すりゃいいのか』


 まさかの知り合いだった。いや、数少ない生き残りがこの家に集まっていたというのだから当然か。

 だが、しまったなとキュウは頬を掻く。仲間の最期を話さなきゃいけないのか。

 いくらこの国が崩壊し、自身が魂になったことを自覚しても、仲間の最期を――それも敵だった樹者として堕ちてしまったことを伝えるのは酷なのだろうか。

 もしかしたら黙っていた方が良かったのかもしれないが、もう名前を出してしまった以上は仕方ない。


 ――絶望して樹者になる……なんてことはないよな? 流石に。


 これ以上厄介にならないことを祈りつつ、キュウはこれまでの出来事を葉月に語って聞かせるのであった。



『――という訳でな。俺と坊は大赤桜を治すために首都を目指してるってわけだ』

『……』


 簡単にではあるが、キュウが封印されていた坊を見つけ、目覚めてから何をしてきたのかを説明して聞かせた。

 道中で樹者と出会い倒したことや、そして氷魚――巨人と戦い、殺したこともしっかりと伝えた。


 最初は『まあ!?』とか『そんな!?』とか色々と声を上げて話を聞いていた葉月だったが、途中から驚くように口元を抑えて押し黙り、今、その視線はじっと坊に注がれている。

 その瞳はこちらから見てもわかるほどに揺れており、半透明でなかったらきっと青ざめていたことだろう。


『おい、大丈夫か?』


 明らかな負の感情に、慌ててキュウが問いかける。

 だが、葉月は応えることなく坊の事を見つめ続けていた。


『おい、葉月!』

『……っ』


 もう一度声をかけて、ようやくハッと我に返ったらしい彼女に近づくと、彼女はキュウに向かって掌を差し向けてその動きを止めた。

 その明らかな拒絶の動きにキュウが驚き空中で立ち止まる。


『な、なんだ……?』


 困惑するキュウを余所に、葉月は坊へ向き直ると――勢いよく頭を下げた。


『お願いがあります! どうか、藤緒様をお助けください!』

「――うん、いいよ」


 突如告げられたお願いに、坊はあっさりと頷いた。


『本当ですか……!? ありがとうございます!』

『いや、待て待て待て!』

「? どうしたの?」

『どうしたのじゃねえ! んな気軽に受けるんじゃねえよ。そもそも藤緒って奴が誰かもわかんねえんだぞ』


 いや、大体想像はついているのだけれど。

 だからこそ気軽に頷かれては困るのだ。


「でも葉月困ってる」

『そりゃそうだけどよ……』

『そうですよ、コソど――キュウさん。坊様がいいと言ったらいいのです!』

『おい、コソ泥って言ったか今』


 しかも自分(キュウ)だけ「さん」呼びだし。

 聞き捨てならない言葉を耳にして、今度は素早くキュウが葉月へ振り返る。


『ええ。言いましたとも。呪物殿に忍び込んで魔剣に囚われた、情けないコソ泥のキュウさん』

『おまっ……』


 そういえば、彼女からすればキュウは大事な呪物殿に盗みに入った泥棒なのであった。

 すっかり忘れて自分の間抜けな経歴を語ってしまった。

 これではキュウは盗みを働いた家にのこのこやってきた、アホな泥棒ではないか。


『いやそうだけどよ、もうそんな状態じゃねえんだからいいだろ?』

『よくありません! よりにもよってこの家の大事なお役目たる呪物殿から物を盗もうなどと……!!』

『盗んでねえよ! 盗む前に死んだわ! てか盗んだっつうなら俺じゃなくて坊の方だろ』

『何を言うのですか。坊様はどう見ても赤桜のお方。余所者のコソ泥とはわけが――』

「葉月」


 葉月の言葉を、坊が柏手を打って止めた。

 同時に魔剣が一度青く瞬き、キュウは魔剣の中に引き戻されてしまった。

 一瞬で言い争っていた男が消えたことに呆然としている葉月へと、坊がゆっくりと向き直る。


『は、はい』

「キュウは友達。だから、大丈夫」

『……はあ』


 何が大丈夫なのかは全くわからないし、なんで友達と呼ばれてるのかもわからないが、坊の一言で葉月は落ち着いた。


 ――てか、どうやって剣に戻されたんだ、今? なんで長年封印されてた俺より使いこなしてるんだこいつ……。


 原理は全くもって不明だが、坊のやることだからと諦めてキュウが再び剣から姿を現す。


『んで、藤緒って言ったか。そいつは誰なんだ?』

『……はい。この玉塚家の当主様です。接ぎ木の衛士の1人として、この地で最後まで戦い抜いておりました。私が死んだ後も、きっと』

『そいつが今も生きてるんだな?』

『はい。……うろ覚えではありますが、時折、あの人の声が聞こえてくるのです。だから私は未練がましくここに残っていたのだと思います』


 氷魚という巨人と同じく、接ぎ木の衛士はこの時代まで生き残っているらしい。

 ……あれを『生きている』と呼んでいいのかはわからないけれど。少なくとも彼らの持つ接ぎ木の灯は絶えずに光り続けているようだ。


「……倒していいの?」

『はい。氷魚様と同じく、藤緒様も解放してあげてください』

『解放、ねぇ……』


 氷魚は接ぎ木を坊へと託し、消えていった。

 その最後の言葉は、どこか安堵しているように聞こえた。

 もしかしたら彼らを倒すことが救済になっているのだろうか。


「……わかった」


 坊は少しの間考えた後、こくりと頷いた。


「かわりに1つ、お願い」

『はい、なんでしょう。私にできることなら、なんでも……!!』


 勢いよく頷いた葉月に対して、坊は情けない顔で自身のお腹を擦った。


「おなかすいた……食べるもの、知らない?」

『……まあ! そうですよね。坊様は生きたお方。食べないと死んでしまいますね。でも、困りました。ここに食べ物なんて……そうだ!』


 手を叩いて葉月が言った。


『お屋敷の地下の冷暗所に、長期籠城に備えて備蓄を作ったのです。そこにあるものでしたら、もしかしたら』

『……大丈夫なのか? それ』

『うーん、お米や蜂蜜は長い時間持つと聞きますから、恐らくは、ですが』


 軒並み腐ってまともに食べられるものはなさそうだが……残念ながら他に当てもない。


「行ってみよう」

『どうする? 先にそっち行くか?』

「……ううん。藤緒が先」


 首を横に振って、坊ははっきりとそう言った。


『大丈夫か? 腹減ってんだろ?』

「まだ大丈夫」

『……そうか。ならさっさと終わらせようぜ』

「うん!」


 笑みを浮かべて、坊は頷いた。

 巨人との連戦になるから疲れているだろうに……疲れてるよな?

 彼の超人的な身体能力のせいでその辺が曖昧になるがそう信じたいキュウであった。


『坊様……どうか、よろしくお願いいたします』

「任せて。……藤緒はどこ?」

『私が案内いたします!』


 そう言って、葉月が笑みを浮かべて動こうとして――できなかった。

空中でばたばたと手や足を動かしているが、一歩も動いていない。


『……あら?』

『そういやお前、どうやって魂になってたんだ?』


 キュウが恐る恐る、坊の足元にある赤い枝を指さした。

 恐らく、否、ほぼ間違いなくその『どうやって』の理由であろう枝を。


『ひょっとしてお前、動けないんじゃねえか?』

『……あらら?』


 なんとも言えない間抜けな事態に全員が顔を見合わせるのだった。


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