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第6話 灰の古道




 呪物殿を無事に脱した2人は、一路東へ――都へ向けて歩き出した。

 いくら秘境の狭い国とはいえ、都まではそれなりの距離があるだろう。

 少なくともちょこっと歩けば辿り着ける距離ではなさそうだ。

 

『まずは休めるところを見つけねえとな。流石に坊も疲れただろ?』

「うーん、多分?」

『なんで首傾げてんだよ……しばらくは平気ってことだな』


 この少年なら不眠不休でも戦えそうだから恐ろしい。


 とはいえこの分厚い曇天模様。街灯もなければ月明かりも期待できそうもない。

 夜になれば碌に手元すら見えない真っ暗闇になるだろう。いくら少しは夜目が効くといっても危険なことには変わりない。

 休憩場所は早めに見つけておきたい。


 黒い木々に挟まれた道はかつての街道跡らしい。

 敷き詰められた石畳の残骸のお陰で木々が薄く、道と呼べるかは怪しい隙間が奥へと続いている。

 この軌跡を辿っていけば、少なくとも人里までは辿り着くだろう。


 だが、その道程は一筋縄ではいかない。

 この唯一といえる街道には奴らも――異形たちも彷徨いているのだ。

 しかも今度現れたのは人型ではなく、獣の姿をした連中だった。


 狼に兎に鳥。

 木々の間から突如として現れる奴らは死角の外から襲いかかる。

 まあいるとわかればキュウが飛んで警戒できるし、単体ならば坊の剣で問題なく倒せる。


 野生動物たちも身体から枝葉を生やし、樹の殻に覆われているとなると、この国にはもうまともな生物は残っていないということが嫌でも理解できてしまう。

 大赤桜とやらを治してもこの状況が好転するとはどうにも思えないキュウであった。


 ただ、いい変化もあった。

 それは狼たちとの戦闘中に突如起きた。


「……むう?」


 飛び込んできた狼を両断した坊が、不意に首を傾げた。

 怪我でもしたのかと焦ったが、次の瞬間、彼の左腕が赤く光を帯びたのだ。


 そのまま剣から手を放すと、上空から飛来していた烏の異形に拳を振ってみせた。

 坊の細腕では大した威力にはならない拳撃だった筈だが――赤い光と共に彼の腕から樹が湧きあがり、巨大な樹の拳へと変わったのだ。


『――はあ!?』

「おお!?」


 坊の胴体程の太さはあるだろうその拳は樹の殻を纏っており、飛び込んできた烏を一撃で潰してみせた。


 飛び散る樹の殻と羽を2人して呆然と眺める。

 他の獣たちがすぐさま襲ってきたので慌てて応戦して、その群れは撃破することができた……が。

 そんなことより、慌てて剣からキュウが飛び出して坊に声を掛ける。


『おい坊、なんだ今のは?』

「……多分、接ぎ木」


 元に戻った自身の手を眺めながら、坊が呟いた。

 

『それって、あの巨人が言ってたやつか?』

「うん。貰ったんだ」


 つまり、あの巨人から坊に受け継がれたあの赤い枝の力ということなのだろうか。

 だって、たった今彼が放ったあの腕は巨人のそれにそっくりであった。

 彼は黒い樹に吞まれたからあの巨体になったのではなく、彼自身が有していた接ぎ木の力でああなっていたのかもしれない。


 キュウはこの国の事をあまりよく知らないが、ここの連中は皆あんなとんでもない力を持っていたのだろうか。


『身体は平気なのか?』

「ちょっとだけ疲れるけど……平気」

『……そうか、なら使うのはヤバいと思った時だけにしとけよ』

「うん、そうする」


 驚きと混乱はあったが、戦力的には大幅増なので有難い限りである。

 ただ、巨人と戦っても元気そうだった少年が「疲れた」というのなら、それなりの負担があるのだろう。

 さっさと休む場所を見つけなければと、キュウは密かにそう思うのであった。

 気を紛らわせるためにキュウたちは会話をし続けながら進んでいく。


『なあ坊、お前何も覚えてねえんだろ? その剣の使い方はどうしたんだ?』

「えっと……なんか身体が動いたから」

『すげえなお前……』

「キュウは?」

『あ?』


 浮かびながら器用に寝転ぶキュウに、坊が視線を向けた。


「盗賊の技、どこで覚えたの?」

『へっ、そいつはお前みたいなお子様にゃ教えられねえな』

「えー?」

『まあ焦んな。代わりに俺の格好いい活躍の数々を教えてやる。あれは白波の国っつう南の国に行った時の話だ。そこにはさっきの巨人なんて目じゃねえほどの巨大な鯨がいてな? 俺はそいつの体内にあるっていうお宝を盗みに向かったんだ――』

「……おお!」


 そのまま無駄話をしながら進んでいき――半日が経った頃。道の両脇から木々が消え、坊は開けた場所へと出た。

 微かに続く石畳の先に現れたのは、見上げるほどの巨大な建造物であった。

 周囲の木々に並んで行く手を塞ぐ石壁の向こうに、朱色の外壁の建物が覗いている。

 

『ありゃあ、屋敷か』

「おっきい」


 高さだけでなく横幅も広いようで、2人が立っている場所からは端までは見通せない。

 玄関口の類もないので、どうやら裏側に出たようだ。


 随分と豪勢なお屋敷だが、所々打ち破られた壁からはあの黒い木々が顔をのぞかせている。

 外側は無事な様だが、中は悲惨なことになっているだろう。


 とはいえ、ようやく屋根のある建物が見つかった。

 恐らく中にいるだろう異形連中を排除できれば、夜を過ごせそうだ。

 

『ちょうどいい。中を調べて休めそうなとこ探そうぜ』

「うん……うん?」


 頷いたかと思ったら、今度は首を傾げる。


『どうした?』

「……なにか、聞こえる」

『ああ?』


 試しに耳を澄ませてみたが、キュウには何も聞こえなかった。

 坊の身体能力のお陰か、目もよければ耳もいいらしい。


「あっち、行こう!」

『おい、坊!? ……こういう時は不便だよな、この身体』


 そう言って坊は走り出してしまった。

 止めることもできないので、仕方なくキュウは剣の中へと戻っていった。


 少し進むと裏門だったのだろう鉄格子の門扉がひしゃげて鎮座しているのが見えてきた。覗き込むとその向こうには庭園が広がっている。

 かつては美しかっただろうこの庭園も、今は涸れた噴水や四阿(あずまや)までもが草木に覆われ、自然の一部へと帰りつつある。


 近くに異形たちは見えない。

 代わりに、四阿の傍に浮かび上がる赤い光が1つ漂っており、坊はそれに向かって進んでいる様であった。


 危ないとは思うが、キュウに坊は止められない。

 そのまま坊が光の前に立つと、その赤い球体から声が聞こえてきた。

 

『ああ、どうしましょう……』


 高い音域の、恐らくは女の声。

 そしてこの国で初めて聞く人の声だ。

 坊が聞いたのはこの声らしいが、その姿はどう見ても人間ではない。


 ――なんだ、こりゃ……。


 よく見れば光の下に仄かに赤い光を帯びた枝が灰の中から顔を覗かせている。

 先ほど見た接ぎ木に似てはいるが、それよりも小さく、今にも消えそうな淡い光である。

 何より、その上には光る玉が浮かんでいるのだ。


「どうしたの?」


 またもや理解不能の光景に困惑しているキュウを余所に、坊が屈み込んで浮遊する光に声をかけた。

 途端に、譫言のように同じ言葉を繰り返していた光がぴたりと動きを止めた。

 球体には光の濃淡が僅かにあり、その濃い部分がぐるりとこちらに向けられる。

 

『……?』

「君、大丈夫?」

『わ、私のことですか? 私に話しかけていますか?』

「うん」

 

 坊の返答をはっきりと確認して、再び光がぴたりと止まる。

 しばらくの静止ののち、いきなり勢いよく上下に動き始めた。


『……良かった! まだ生きていられる方がいたのですね……!!』


 感極まった様にそう言うと、今度はさめざめと泣き始めてしまった。


『ああ、でも、どうしてこんなことに……』

「……!?」


 流石の坊も、いきなり泣き出されてはどうしようもないらしい。

 あわあわと首を振って助けを――具体的にはキュウを求め始めた。


 ……身体がなくても、泣けるんだなぁ。

 なんてことを考えながら、仕方なくキュウが坊の真横に飛び出して、かわりに声をかける。


『おい、アンタ大丈夫か?』

『ひぃ……!? お化け……!?』

『いや、アンタもだろうが。てか俺よりそれっぽいぞ、その姿』

『……私が、ですか?』


 ――なんでそこで疑問形なんだ?


 驚いたが、直ぐに気が付く。

 彼女は自分の身に何が起きたのか理解をしていないのだ。

 そりゃ、自我があって(恐らく)目も耳も正常に稼働している状態で、まさか自分が死んでいるなんて誰も思わない。


 キュウは先に封印されていたおっさんがいたから良かったが、この女にはそう言った相手はいなかったのだろう。

 もしかしたら数百年ずっと、この場所で半死半生の状態で漂っていたのかもしれない。


 ――本当は危ないもんに近づきたくはねえんだが……。


 キュウとしては自由になることが願いなので、坊に死なれては困る。

 ただ少なくとも、この光る珠は意思疎通もできるし、なにより無害そうだ。


 仕方なく、キュウは自分たちが見てきたこの国の有様を伝えて聞かせた。

 この国は恐らく、とっくの昔に滅んでいるだろう、と。


『――そうですか。私、やっぱり死んでしまったんですね……』


 話を聞き終え、更に少しの間をおいてから、その光は言った。

 その反応に特別驚きはしなかった。

 キュウ自身もそうだったが、不思議と自身の境遇をあっさりと理解ができるのだ。


 それくらい、生きていた時とは身体の感覚がまるで違う。

 だから自我が――認識がはっきりと定まるだけで、過去の記憶との違いが嫌でも自分が生きていないと教えてくれる。


 彼女もまた、キュウの話を聞いて受け入れることができたのだろう。

 

『そういうことだ。残念なことだがな』

「……大丈夫?」

『……ええ。お二人の話を聞いて、色々と思い出してきました』


 そう告げると、光が膨張し始め、人型へと輪郭が変化した。

 黒いお仕着せ姿に、色素の薄い頭髪――これは半透明なせいだろうが。

 齢は恐らく10代後半。まだ成熟しきる前の、幼さの残る表情がこちらへと向けられている。

 眉をハの字に曲げて困惑していた彼女だったが、自身の変化に気づき、お仕着せの裾を摘まんで礼をする。


『私は葉月(はづき)と申します。この玉塚(たまつか)の家に仕えておりました家令です』

『玉塚ってのはこの家の名か』

『はい。玉塚家は代々、あなた方がいた呪物殿の管理を任されていました。この国の安全を守る、大切な役割を担っておりました』


 祈るように胸の前で手を握り合わせ、葉月と名乗った女はそう言った。

 なるほど、呪物殿の管理人。ならばここに屋敷を構えているのも納得である。

 というか、おじさんがそんなことを言っていた気がする……とキュウは曖昧になった記憶を掘り起こそうとして諦める。

 数百年の記憶を掘り起こすより聞いた方が早い。


『その家がどうしてこんな有様になったんだ? あの様子じゃ、この国全体がこんな状況だろ?』

『……はい。私も詳しく分かっている訳ではないのですが、ある日突然、あの黒い木々と怪物が現れたんです』


 そうして、葉月は遥か昔に何が起きたのかを話し始めた。


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