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第3話 呪物殿①




 数百年に渡って呪物『吸魂の魔剣』に封印されていた(キュウ)は、突如として目覚めた赤髪の少年――(ぼう)と共に旅立つことを決めた。

 

 ……実際は無理やり引き抜かれたのでついていくしかないだけなのだが、心持ちは大事である。


『よし、坊。まずは外に出るぞ』

「うん」

 

 坊の目的は、この国の中枢にあるという巨木・大赤桜の修復。

 遥か昔に崩壊しただろうこの国でそんなことは不可能に思えるが、長い事封印されていたキュウとしても外がどうなっているかは分からない。

 まずはこの呪物殿から出て、外で何が起きているのかを知らなければならない。


『ただその前に、(そいつ)を持ち運べるようにしないとな』

「……? 持てるよ?」

『ずっとそうやって持ってる気か? ……背負うか。腰に差すんじゃ余計邪魔そうだ』


 吸魂の魔剣は両手での使用を想定した特大剣(ツヴァイヘンダー)。その全長は坊の背丈よりも長い。

 何故だか苦も無く持っているようだが、そのままこの国を旅するとなると流石に無理があるだろう。

 

『鞘とかねえのか? ……この有様じゃぶっ壊れてるか』


 周囲一帯は真っ黒に染まった、樹の幹か根か分からない何かで埋め尽くされている。

 魔剣も半ばまで埋まっており、長大な刀身のお陰で未だ埋もれずに済んでいた程だ。

 元々は専用の鞘なんてものがあったかもしれないが、とっくの昔に破壊されて根の下だろう。


『仕方ねえ。その辺の蔦もいで来い。そうそう、それでいい。そしたらこうして――』


 魔剣から飛び出してきた半透明の男――遥か昔に死に、魔剣に吸収されたという元泥棒のキュウが身振り手振りでやり方を教え、柄と刃の根元(リカッソ)に蔦の紐を縛って剣を背中に括りつける。


「……長い」

『そりゃお前よりデケェからな。斜めにしとけ』

「うん」


 これで準備はできた。

 今度こそ、まずは呪物殿の入口へと目指して歩き出す。


 重く、澱んだ静寂の中を光を頼りに進む。

 長い時間経過の結果か、呪物殿の中は灯りが途絶え、入口や岩の隙間から僅かに差し込む光だけが辛うじて周囲を照らしている。

 魂の身となったキュウは暗闇だろうが構わず見通す眼を得たが、どうやら坊もある程度の暗い場所なら見通すことができるようだ。


 その上、吸魂の魔剣は仄かに青い光を帯びている。

 夜以外は火の心配が要らないのは有難い。


『もう昔過ぎてここの構造はなんも覚えてねえ。手当たり次第進んでいくしかねえな』 

「わかった」


 ふんふんと頷いて、坊は一際高く盛り上がった木の根を乗り越え、回廊へと飛び出した。

 途端に視界は開け、驚くほどに広大な景色が2人を出迎える。


「……広い」

『俺も忍び込んだ時は驚いたもんだ。どこぞの城より広いぜ、ここ』


 この呪物殿は深い谷の奥、山をくり貫いて作られている。

 分厚い岩盤を削って階段状の回廊を作り上げ、その壁面に呪物を安置する小部屋を無数に掘っているのだ。

 どうやったらこんな量の岩を掘ることができるのか、規模があまりにも大きすぎて想像もつかない。


 魔剣が封じられていたのは回廊の第3階層目。

 廊下を渡り縁から外を見下ろすと、下層は殆どが樹の中に埋もれてしまっているようだった。

 坊も魔剣(キュウ)も、運と場所が悪ければ二度と出られなくなっていたかもしれない。


『はあー、すげえなこれ。一体何が起きたんだ?』


 光すら沈殿しそうな広大な空洞は、端まで見通せない程に続いている。


 ――こんな広い場所を作らないといけないくらい呪物があったのか? 


 改めてとんでもない国に忍び込んでしまったと、そんなことを呆然と考えていると、坊に声をかけられた。


「キュウ」

『ん? どうした?』

「見て。細くなってる」

『……んん?』


 縁から身を乗り出して指さした先を見てみれば、なるほど、確かに黒い樹の一部は片方へと進むうちに細くなり途切れているようだ。しかもそれらは全て同じ方向に伸びている。


『なるほどな。樹に流れがあんのか』


 その根元へと辿っていけば、入口には出られそうだ。


『よし、あっちだな。行こうぜ』

「うん」


 坊は縁から飛び降りると真っ黒の樹の地面へと着地した。


『……お前、足は平気なのか?』

「……? うん」

『そうか、ならいい』


 いくら樹で埋まっているとはいえ、2階分くらいの高さは優にあったと思うのだが。

 何事もなく坊が歩き出したので、黙って剣へと戻るキュウであった。


 

 そのまま木の根を飛び越え潜りながら進んでいくと、唐突に彼が足を止め、木の根の陰に身を寄せた。


『あん? 坊、どうした』

「……あそこ、誰かいる」

『本当か?』


 囁く声に尋ねると、こくりと頷きが返ってくる。

 剣から飛び出して覗き込んでみると、確かにそこには人影があり、ゆっくりと動いている様だった。


 ――まさか、まだ誰か生きてたのか?


 驚きに誘われ、そのまま浮かび上がって近づいたのをキュウはすぐさま後悔する。

 そこにいたのは人ではなく、全身真っ黒な人型の異形だったのだ。

 

『……っ!?』


 叫び声を上げそうになったのを咄嗟に堪えた。

 そんな彼の耳に聞こえてきたのは、ざらざらと鳴る葉擦れの音。

 捻じれた樹が人の輪郭を成し、顔付近に開いた空隙から漏れる灰色の光が不気味に揺れている。


 しかもよく見たら衣服を身に纏っており、それはキュウが来なくなって久しいと嘆いていたこの呪物殿の管理者と同じものであった。

 わざわざ服を着る樹はいまい。どうやらあれは、かつて人だった何からしい。


『――――』


 ざらざらと音を鳴らして、ぎこちない挙動で異形は徘徊を続けている。

 その手には、錆びつき所々刃こぼれした剣が握られている。

 ……あれで斬られたら痛そうだ。


 幸い、異形はキュウには気づいていないようだった。これほど魂でよかったと思ったことはない。

 大慌てで坊の所まで戻り、今見たものを教える。


『何かはわからねえが、ありゃあ相当なバケモンだぞ』

「……」

『このまま様子を見て、いなくなるのを待って――おい、坊!』


 話の途中で坊は身を翻すと、根の向こうへと躍り出た。

 背に担いだ紐を外し魔剣を握り――身体を回転させて一気に逆袈裟に振りあげた。


 豪、と放たれた一閃は、無防備に歩いていた異形の胸部を半ばまで切り裂き、灰色の光が吹き上がる。

 

 ――血、じゃねぇな? なんだあれ。


 いやそれよりも驚くべきは坊の方だ。あの馬鹿でかい剣をああも見事に振り回すなんて、なんて凄まじい身体能力なのか。


 坊は勢いそのままにもう一度ぐるりと回転し、今度は真横に剣を振りぬいた。

 その刃は正確に先ほどの断面に吸い込まれ、異形の胴を両断して見せたのだった。


『……』

「できた!」


 いや、できたじゃないが。

 あの巨大な剣を持てるだけで凄いというのに、見事に扱って異形を僅か2撃で仕留めてみせた。10歳かそこらにしか見えない子供にできることではない。


『坊、お前、強いんだな……』

「……? うん」


 あの巨大剣も気軽に持っていたし、高い所から平気で飛び降りていたし、身体能力がとんでもなく高いのだろう。

 驚くキュウに比べてそれくらい当然だとでもいうように、坊は地面を指をさした。


「キュウ、見て」

『あん?』


 剣から飛び出して見てみると、今両断された異形の身体が崩れ始めたではないか。

 しばらくすればそこには灰の山が出来上がり、さらさらと流れ落ちていった。


『こりゃあ……なんだ?』


 こんな生物見たことがない。

 普通死んだらそこには死骸が残るものだ。

 死んで直ぐ灰になるなんて、一体どんな身体をしていたらそうなるというのか。

 

「キュウも知らない?」

『ああ。俺はこの国の生まれじゃねえが……それでもこんな生き物、聞いたこともねえな』

「そっか。……?」


 坊が言葉を止めた。

 何かと思ったら、灰の中から小さな赤い光が浮かび上がり――坊の身体の中に入り込んだのだ。


『おい、坊!? 大丈夫か?』

「……うん、平気」


 自分の身体を見回しながら首を傾げている。

 どうやらなんともないらしく、むん、と何やらポーズをとっている。


「なんか、元気になった?」

『なんだそりゃ。まあ大丈夫ならいいけどよ……』


 坊に異形にこの状況……駄目だ、分からないことだらけだ。


『……考えてもわかるわけねえか』


 ともかくここにいても何もわからないと、キュウは一旦考えるのをやめることにした。


 再び入口に向かって進んでいくと、すぐさま別の異形に遭遇した。

 同じように錆びた剣片手に通路を行ったり来たりを繰り返している。

 どうやら、この辺りはあの化け物の縄張りになっているらしい。


『よし、一先ずお前なら大丈夫そうだな。そのまま外まで行こうぜ。偵察が必要なら言ってくれ』

「わかった!」


 青く光る剣を握ったまま、坊と魔剣は入口へと向かって駆け出していくのであった。


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