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第2話 坊と魔剣




 数百年前に突如として崩壊した最果ての王国・赤桜の国。

 その更に果てに位置する呪物殿にて、1人の少年と1本の魔剣が出会った。


「……誰?」


 棺で眠っていた少年が、赤く煌めく瞳でこちらを覗き込む男を見つめる。

 彼は少年が知るこの国の人間ではないように思えた。

 布で頭髪を覆った髭面の男。深い皺はあるが精悍な顔つきは、齢30の頃といったところだろうか。

 肌は青白い――というよりは半透明。


 しかもこちらを見下ろす位置はやけに高い。

 まるで浮かんでいるようにこちらを覗き込んでいた男はしばらく呆然としてから、驚いたように声を上げた。


『……お前……子供か? てか、俺の姿が見えるのか!?』

「……」


 こくり、と少年が頷いた。

 何故見えることに驚いているのだろうと思いながら。


 でも、確かに彼の言葉は不自然に響いて聞こえた。

 耳ではなく、そのさらに奥で聞いている様な不思議な感覚。

 どうやら普通の人ではないらしいということは少年にも理解ができた。


「……幽霊?」

『違ぇっ……でもまあ、それでいい!』


 それでいいらしい。

 幽霊というものはついぞ見たことはないが、どうやら話ができる相手のようだと、ぼんやりとした意識でそう思った。

 それは相手も同じだったようで。


 空中に浮かんだままの男は、胡坐をかいて()()()()()()()と、こちらへと話しかけてくる。


『お前、名前は?』

「……名前?」


 尋ねられ、少年は記憶を呼び起こす。

 だが長いこと経っても、赤髪の彼は何も言わなかった。


『もしかして名前、覚えてねえのか?』

「……」


 こくり、と再び少年が頷く。長い眠りのせいなのか、彼は自分の名前や出自といった、己が何者なのかという情報を全て失っているようである。


『んなまさか……待て、他に覚えてることは? お前、なんでこん中で寝てたんだ?』

「……」


 こてり、と今度は首が横に倒れた。

 それから歳を聞いても生まれを聞いても、何も出てきはしなかった。


『……嘘だろ。折角脱出の機会が来たと思ったのに!』

「脱出?」

『ああ。俺は幽霊じゃなくてな。向こうにある魔剣に封じられてるんだ』


 幽霊じゃない、と、強調して伝えてみたが、少年に響いている様子はない。

 まあ、そこはもういい。

 この少年が何者かは分からないが、話は通じるし、今のところ危険もなさそうだと魂の男は判断した。


『魔剣?』

『おう、吸魂の魔剣つってな――』


 何より、彼からすれば久しぶりの話し相手だった。

 自然と口調が早まるのを感じながら、男は少年に、自分の境遇を話していくのだった。



***



『――というわけでな、お前があの魔剣を引っこ抜いて外へ連れてってくれることを期待したってわけよ』

「……」


 男が自身の境遇を話し終えるまで、少年は寝ぼけてるのかぼおっとした表情のままだった。

 ……聞いてるのか? と疑問に思いつつも、なにせ久しぶりの話し相手。それも生きている相手だ。

 知らず知らずのうちに高揚し、一気に捲し立ててしまっていた。


 ――随分と大人しく聞いてたが、大丈夫なのか、こいつ。


 一通り話し終えたことで冷静になった男は、自分たちの置かれている状況を再確認する。


 ここは赤桜の国の果てにある呪物殿。

 男も少年もこの中で封じられていた。しかも少年は棺に入れられた状態で、だ。

 それがどうして今目覚めたのかは全くわからないが、並みの事情ではないのだろう。


 ――てか、そうか。こいつは生きてるんだ。俺と違って飯も食うし喉も乾くか。


 このまま水も食料もないこの場所にいてはそれこそ死んでしまう筈だ。

 その時はあの魔剣で仲良く魂生活を送ればいいが、それをするにはまだまだ早い。

 なにせこの少年は数百年待ってようやく現れた、救世主なのだから。


『ただ、今は俺よりお前のことをなんとかしねぇとなあ。何も覚えてないんだろ?』

「うん。……?」


 ふと、少年が自身の頬に触れた。

 ほんの一瞬、赤い光が現れた事には、彼も男も気が付かなかったけれど。

 少年の視界に、ふと浮かぶ光景があった。

 誰かに頬を触れられ、何かを言われた。それは、確か――。


「……ひとつ、思い出した」

『お? 名前でも思い出したか?』


 尋ねた言葉にはふるふると首を横に振って、彼は遠くを――恐らく呪物殿の入口の方を指さした。


『……外か? それがどうした?』

「やること。大赤桜を治して……って、頼まれた」

『はあ? 何言ってんだ? 頼まれた? 誰にだよ』

「わからない。でもお願いって」

『わからないだあ?』


 困惑する男に構わずに、少年は立ち上がり棺桶から降りると、入口へ向かってすたすたと歩き出す。

 それに慌ててついていきながら、男は早口で捲し立てる。


『待て待て。大赤桜ってあれか。この国に生えてたっつうすげえ樹だろ? そんなもん治してどうするんだ?』

「……!! 知ってるの?」


 今度はいきなり立ち止まり、振り返って男の方を見た。


 ――なんなんだこいつは。頼むからもっとちゃんと喋ってくれ!!

 

 会話の難しさに辟易としながら男は首を慌てて横に振った。


『知らねえよ。言ったろ! 俺はこの国の人間じゃねえんだ。それに、この国は多分もうずっと昔に滅んでる! 今更どうするっていうんだよ?』

「……わかんない。でも、治さなきゃ」

『……はぁ』


 ――まずいな。こいつ、本気だ。


 どうする、と男は1人焦る。

 この樹の雪崩の様子からして、国なんてものがまともに残ってるなんて思えない。外の樹海に生息している獣たちの楽園になっていることだろう。

 そんなところにこんな子供が1人手ぶらで行ってどうなる? 直ぐに死ぬに決まってる。

  

 一応、武器ならある。男が封印された魔剣だ。

 もしかしたら他にも武器があるかもしれないが、ここは呪物殿。あったとしても同じくらい曰くつきの何かだろう。


 だが、よくよく考えてみればあの巨大な剣を小柄な少年が持てる訳もない。

 そして、よく考えなくてもあれは触れたら死ぬ魔剣だった。


 そもそもの計画が破綻していることに、男はようやく気が付いた。

 持ったら死ぬ魔剣を持たせるわけにもいかないが、かといって手ぶらで外に行かせるわけにもいかない。どうしたものか。

 そんなことをうだうだと考えていたら、気付けば少年の姿が視界から消えていた。


 ――しまった。もう行っちまったか!


 慌てて最大高度まで浮かび上がって周囲を探してみたら、少年はいつの間にか魔剣の前に立っていて。


「……これ?」


 今まさに、その柄を手にしようとしていた。


『待て待て待て待て!!!!』


 全速力で空を駆け、声を張り上げて止めようとするが、実体のない男に少年を止められるはずもなく、彼は剣をつかみ取り――。


 そのまま、引っこ抜いてしまった。


『……はあ?』

「抜けた!」


 しかも、身の丈以上もある筈のその剣を気軽にぶんぶんと振り回している。

 流石に遠心力に負けて身体が持っていかれそうにはなっているが、それ以外は何の苦もなさそうである。

 とんでもない身体能力だ。いや、そんなことより……。


『なんでだ? なんでお前はぶっ倒れないんだ……?』

「……?」

『いや、なんで首傾げんだよ。さっき言っただろ、これは触れたらこうなる魔剣だって』

「なんか、持てた」


 なんかじゃねえよ!と男の叫び声が空しく響き渡った。


「……大丈夫?」

『はっ……はっ……ああ、大丈夫だ』


 荒げた呼吸を落ち着けながら応える。

 そうだ、冷静に考えればこれは好機(チャンス)なのだ。

 少年が魔剣を持てるのならば、最大の問題だった剣の持ち運びが解決したということではないか。


 これで外に出ることができるし、少年も武器を手に入れることができた。

 何百年も待ってやっと訪れた機会だ。これを逃す手はない。


 彼には旅の途中でもっといい剣を見つけてろもらって、魔剣はどこぞの商人にでも売ってもらえばいい。街に行ければ、魂生活でも少しは退屈も紛れるだろう。

 それまではこの少年が死なないように手伝ってやらねばと、そう魔剣の男は決意するのであった。


『よし、決めた! こうなりゃ俺はお前についていくぜ。よろしくな、(ぼう)

「……坊?」

『おう。お前、名前がないんだろ? じゃあ坊だ』

「僕、坊。……君は?」

『あ? 俺か? ……俺も自分の名前は憶えてねえんだよな。どうすっか』

「じゃあ、キュウ!」

『……それ、吸魂の「キュウ」か?』


 呆れた男の問いにはこくこくと頷きが返ってきた。あまりにも安直な呼び名である。

 ただ、名前なんて呼びやすければなんでもいいだろう。半透明の男――キュウは仕方なしと頷いた。


『わかったよ、坊。これからよろしく頼むよ』

「うん、キュウ、よろしく」


 こうして、坊と魔剣の、崩壊した王国での冒険が始まるのであった。


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