第1話 とにかく魔剣は暇である
暇だ。
あまりにも、暇だ。
こんな状況になってから、一体何年が経ったのだろう。
何十年? いや何百年?
もう長すぎて全くわからん。最初は律義に1日1日――時計なんて気の利いたもんもないから勘で数えていたが、それも直ぐに飽きた。
後はただただぼーっとしてるだけ。だって、動けねえんだもん。
ああ、くそ。本当に暇なんだ。
唯一の退屈しのぎだったこの呪物殿の管理人も姿を見せなくなって久しい。
なんならだいぶ前に起きた樹の雪崩で部屋の入口と壁が吹き飛んで、あたり一面真っ黒な樹だらけになってからも相当な時間が経っている。
入口、開いてるんだけどなー。
今なら逃げられるんだけど。
まあ俺、剣だから、無理なんだけど。
いや、正確には俺は剣じゃない。
俺はこの呪物殿っつう場所に安置されていた『吸魂の魔剣』という呪物を盗もうとして迂闊にも魂を食われちまったアホな泥棒だ。
かれこれ数十年? 数百年? こうして剣に閉じ込められちまってる。
この魔剣、見た目は豪華な宝玉のついた、いかにも金になりそうな特大剣なんだが、うっかり触れちまうと魂を縛られて身動きが取れなくなるんだ。
そうなったら最後、剣に魂を吸収されて、こうして魔剣に取り込まれちまう。
触れたら死ぬなんて、まさに魔剣だろ。
なんで死んだときのことをそんな詳細に知ってるのかと云えば、俺より先に吸収されたっつうおっさんが教えてくれた。
そいつは俺みたいな泥棒じゃなくて、この呪物殿の管理人一族の小間使いだったそうだ。
宴会かなんかで飲みすぎて、二日酔いで見回りしてたら本来入っちゃいけない魔剣の間に入って、あっさり死んじまったらしい。
俺より間抜けな死に方の奴がいて救われたね。
おっさんには随分と歓迎された。
今ならその気持ちがよくわかる。この退屈な生活では話し相手ってのはどんなお宝より貴重なんだ。
おかげで色々と教えてもらったよ。
ここが、赤桜の国の長い歴史で見つかったり生まれたりした危険な呪物を放り込んでおく封印所で、管理者の一族以外は獣の一匹も近づかない呪われた場所なんだと。
なんだそりゃ。早く言ってくれよ。
警備が殆どいないから、この国の連中は随分平和ボケした間抜けなんだなって、意気揚々と盗みに入っちまったよ。
おっさんは優しく慰めてくれた。いい奴だった。
そしてこの樹の雪崩は、赤桜が王国の管理から外れ、おかしくなっちまった結果らしい。
もう随分と誰も来ねえし、多分王国は滅びたんだろうとおっさんは言っていた。
そん時は2人してわんわん泣いたね。いや、涙は出ねぇけどな。悲しいもんは悲しいんだ。
だって、国が滅んだってことは、もう誰もここには来ねえってことだろ?
元の身体に戻れるなんて期待はしねえが、このままずっとってのもあんまりじゃねえか。
だが、もうそんなことどうでも良くなるくらいに、長い時間が経った。
おっさんも大分前に消えちまった。
俺より随分前から捕まっていたらしいから、魔剣に魂を吸われきっちまったんだろう。
いつか俺もそうなる時が来る。
というか来てくれていいんだけどな。暇だし。
魔剣の能力なのか、こんだけ長いことひとりぼっちでも気がおかしくならねえんだ。
それがとんでもなく苦痛なんだよ。
あー、頼むから何か起こらねえかな!
――なんて思っていたんだが。
変化は唐突に起きた。
呪物殿の奥の方から、すげえ光が立ち昇ったんだ。
樹が雪崩れ込んできたおかげで、だいぶ前に魔剣を囲っていた壁は取っ払われてな。色んな部屋が繋がっているから、それらのどれかに眠ってる呪物がなんか反応したんだろう。
まあ理由はなんでもいい!
こんなすげえ変化が起きるのは久しぶりだ。何があったか確かめねえと。
長い魂生活で解ったことだが、俺みたいな吸われた魂は、魔剣から一定範囲内を自由に移動できるんだ。
壁なんかも通り抜けられるんだぜ? これで剣が持てたら良かったんだがな。
魔剣から飛び出して現れるのは死んじまった時の、生前の俺の姿だ。
……こんな恰好だったか? 最近はずっと剣に籠もってたからなぁ。まあいい。今は光が最優先だ。
浮かび上がって黒い樹だらけの上を飛び越して光の下へと向かってみると、真っ黒な樹に囲まれた、でっかい金属の箱があった。
光っていたのはこいつだったらしい。
なんだこりゃ? 棺か?
いやいや、ここは呪物殿の筈だろ?
そんな場所にある棺が、まともな物の筈はねえよな。
しかもこれ、中で何かが動いてやがる。マジか、開くぞこれ。
なんだよ、魔剣よりやべえ何かが出てくるのか!?
いつ消えてもいいなんて言っていたが、いざ目の前に危険が迫るとビビっちまう。
情けねえ限りだが、魂だから何も出来ねえし……って慌ててる間に、遂に棺が開いちまって――。
『……ああ?』
……だが、そこからは化け物も、恐ろしい魔法も飛び出しては来なかった。
『なんだよ、なんもなしか。ビビらせやがって――うぉぉっ!?』
なんにも起きねぇと安心して覗き込んでみたら、更に仰天したね。
真っ黒な、呪物そのものみてえな棺の中には、光に包まれた真っ赤な髪の少年が眠っていたんだから。
『……人間、か?』
嘘だろ?
何百年も放置されてた棺だぞ?
干からびた死体が入ってるなら分かるが、そこにいたのは見た限り血の通った、生きた人間だ。
だって、胸が浅く上下に動いているし、何より寝息を立てている。
そんなことあり得るのか? 何百年寝てんだよ。
……いや、それを言えば今の俺の状態もわけわかんねえんだが……。
呆然と、少年の顔を覗き込んでいたんだ。
そしたらその顔が僅かに動いた。動いたんだよ。
「……?」
そりゃ、あんだけでかい光が出て、こうして棺が開いたんだ。
目覚めるに決まってるよな。
ゆっくりと瞼が開くと、綺麗な赤い瞳が現れた。
宝石みたいな2つのそいつが、動き出した。
「……誰?」
そして、何度か目を瞬いてから、その少年がそう言ったんだ。
はっきりと俺を見据えてよ。
『……は、はは……』
何か起きりゃいいなんて、思っていたが。
まさか、こんなことが起きるなんて想像もしていなかった。
数百年の魂生活の末。
どうやら待ち望んでいた、変化の時がやってきたらしい。
それもとびきり特大の、ヤベえやつが。
終わっちまった国の果てで出会った、魔剣に封じられた俺と、眠っていたガキが1人。
この出会いが一体何をもたらすのか、俺もこいつも、まだ何もわからなかったんだ。