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プロローグ とある王国の終焉



「奥方様! 正門が打ち破られました!」


 駆け込んできた従者の悲痛な声を、鮮やかな赤の装束を身に纏った妙齢の女は辛うじて聞き取った。

 恐らく腹の底から捻り出しただろうその声は、しかし途切れ途切れにしか聞こえない。

 それ程までに、周囲には逃げ惑う人々の悲鳴と、建物の打ち砕かれる轟音が響き渡っていた。


 狭い室内に緊張と恐怖が広がるのを感じる。

 彼らを追い、こちらへと迫る()()()()()が、皆の焦る心を更に掻き立てているのだ。

 何かきっかけ一つで、この場にいる者たちの心も総崩れになるだろう。それ程の瀬戸際であった。


「奥方様!」

「……聞こえています」

「ではどうぞお逃げを! このままではここにも直ぐに奴らがやってきます!」


 逃げる? 一体どこへ?

 そう問いかけるのを堪えながら、女は肺に溜まって冷え切った息を、周囲には気付かれぬ様に吐き出した。


 この赤桜の国に咲き誇る我らが神木・大赤桜が澱みに侵されてから、僅か数日。

 たった数日で、数百年の歴史を持つ我が国は、滅びの間際に追いやられた。


 地下より突如現れた澱んだ黒い樹々が大赤桜にとりつき、その力を根こそぎ奪い取った。

 それだけに飽き足らず、黒い樹々は近づいたあらゆる生命を取り込み、自分たちの眷属としたのだ。

 身体を澱みに浸食された者たちは瞬く間に増殖し、この国の全てを呑み込みつつあった。


 昨日までともに戦っていた仲間が、明日には異形として襲い掛かってくる。

 その有様に、多くの者たちが身体より先に心を砕かれ崩れ落ち、そして樹に呑まれていった。


 我々も、間もなくそうなるだろう。

 ここは西の果て。

 もう逃げる場所などないのだから。


「玉塚」

「ここに」

「後は任せます。私は、呪物殿に」

「……お任せください」


 そう応えて頭を垂れたのは、この西の果てを任された玉塚家の当主。

 若くして父親を亡くし、先だって家を継いだばかりの青年である。

 見目も良く、武芸にも長じた秀才だと聞く。

 

 その証左に、この命の瀬戸際でも役目を放棄することなく仕えてくれている。

 このまま経験を積めば、この国を長く支えてくれた忠臣となったであろうに。

 

 いくらでも、望む限りの褒美を渡したかったが、今手元にはなにもない。

 せめてこの非常時にできる最大限の礼を――抱擁を交わした。


「……ここを、皆を頼みます」

「はい。奥方様も。この国の未来を、よろしくお頼み申します」


 その言葉に頷きを返して、女は従者を伴い屋敷を裏口から飛び出した。

 数多くいた従者たちも、残ったのは僅か数名。

 恐らく我らがこの国の最後の生き残りとなるだろう。


 この国は今日、滅びる。

 だが終わりではない。


 この手に抱いた我が子が、この国の――我が一族の血を繋げてくれる。

 いつになるかは分からないが、きっと彼があの美しい景色を取り戻してくれることだろう。


 だから今、女は自分のみならず付き従う部下たちの命を使い果たしてでも、事を成し遂げなければならなかった。


「愛しき我が子。あなたに全てを託す愚かな母をどうか許して」


 追いすがる異形たちから何とか逃げ延び、国土の西の果ての果て、呪物殿へと飛び込む。

 巨大な回廊を通り抜け、目的の部屋へと辿り着いた。


 そこにあるのは真っ黒な棺。

 奴らのせいで黒という色を見ただけで身体が震えたのを感じ、我ながらなんと情けないと、女は自嘲した。

 震える手でその蓋を開くと、眠ったままの我が子をその中に寝かせて、未だ暖かな頬に触れる。


「よく聞いて。あなたが目覚めたら、大赤桜を目指し、それを治すのです。それが、あなたを、この国を救ってくれます」

「奥方様、お急ぎを……!!」

「赤桜の力が、あなたを必ず導いてくれます。だから、どうか、生きて……」


 そう告げると同時に、棺の蓋が閉じられた。

 ただ閉じるだけでは駄目だ。

 長い時を超えられるように、封をしなければならない。


氷魚(ひお)。どうか、この子を頼みます」

「はい。この命に変えても」


 これで、未来は繋がった。

 後はこの子を奴らから守るために、入口を塞ぐだけ。


 ――ああ、愛しき我が子。

   どうか、あなたに良き目覚めが訪れんことを、祈ります。 


 最後にもう一度だけ棺の蓋に触れて、女は皆を見回した。


「……皆、最後まで諦めずに戦うのです。我らが赤桜の力、見せてあげましょう」

「――応!」


 


 それは、今より遥か昔。

 大陸の西の果て、赤桜の国の終焉についての一幕である。


 これより僅かの後、数百年の栄華を誇った赤桜の国は滅び、歴史からその姿を消した。

 彼の地は恐ろしき異形の怪物たちが蠢く魔境に変わり、それ以降、何人たりとも近づくことは叶わなかったという。

 赤桜の国は伝承の中にのみ名を残し、長い時の中で人々の記憶から失われつつあった――筈だったのだが。


「……誰?」

『……お前……子供、か?』


 それから更に数百年の時が経った、今この瞬間。

 王国の西の果て。呪物殿と呼ばれた場所にて、物語は唐突に動き出すことになる。



 



ホロウナイトとかENDER LILIESとかのメトロイドヴァニア作品が好きなので、その要素を詰め込んでみた小説を書いてみました。

こんなゲームやりたい……。

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