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クローズドベータの悪役令嬢 ~悪役令嬢を演じてたのに、正ヒロインが女装男子でした~【読み切り版】

作者: 宰田

なろう初投稿! 読み切り版です。

【クラウディアSide】


 転生に気付いた時、私は決意した。

 この「大好きな作品」を、ハッピーエンドに導くと――。


 ☨    ☨    ☨


 私が乙女ゲーム『薄明のギムナジウム』の悪役令嬢、クラウディア=キルケに転生してから、はや十年。

 ようやく今日から、本編が始まる。


 舞台となるのは、トワイライト魔法学園。

 世界でもトップクラスの魔法士候補だけが入学を許される、全寮制で格式高い名門校だ。


 私がこの学園の高等科に進学した日。平民だったニーナもひょんなことから転入してくる。


 そんな大事な本編1日目――入学式イベントの後。私はなぜか、対立すべき主人公ニーナに呼び出された。


 しかも呼び出し先は、校舎裏。

 ……本編外で、タイマンでも張るイベントとかあるのだろうか。裏設定?

 たしかにバトル要素のある乙女ゲームだったけれど……。


 とにかく、なにがあっても受けて立つ。売られた喧嘩は買う。

 それが私――クラウディア=キルケだ。

 私は彼女に立ちはだかる壁。戦うならギッタギタのメッタメタにするのが私の役目なのだから。


 いつでも杖を取り出せるようにし、ニーナを睨みつけながら彼女に近づいた。


「この私を呼び出すとは、常識知らずにもほどがあってよ!」

「そう言いながらも、来てくださったこと、お礼申し上げます」


 ニーナは嫌味をスルーし、満面の笑みを浮かべた。


 サラサラと風になびく、ニーナの長くて艶やかな黒髪。光によって青にも赤にも紫にも見える水晶のような瞳。それらを引き立てる白い肌。


 やっぱり……主人公なだけあって……可愛いなぁ。

 ……………………………………おっと、マズい。見とれていた。


 私はクラウディア=キルケ。悪役令嬢。主人公をこれでもかと貶めるのが私の役目だ。

 高圧的に見えるよう、私は自分の金髪を見せつけるように手で払った。もちろんその後、への字口と腕組みも忘れない。この十年でずいぶんと様になるようになったものだ。


「ふん。まさか、屋敷のメイドだったあなたが学園に入るなんてね」

「はい、夢みたいです!」


 そう言って、ニーナは――ぽっと頬を赤らめた。


「実は私――クラウディアさまをお慕いしています」


 ん?

 ……どうやら、私は緊張しているらしい。おかしな幻聴が聞こえた気がする。


「……もう一度、言ってくださる?」

「はい、クラウディアさま。私は貴女をお慕いしているのです」


 おさらいしよう。

 私、クラウディア=キルケ。見た目は十五歳。中身は【ピー】歳。

 乙女ゲームの悪役令嬢。


 いびり続けていた正ヒロインに――告白、されました……???


 頭が追い付かず、何度でも聞き返してしまう。


「え、えっと、あの?」

「なんでもお伝えしますよ。クラウディアさまのことが好きです。十年前のお屋敷で名前を呼んでくださったとき、私は世界に自分の居場所ができたと思いました」

「そう。えっと……好きって、それは……失礼ですが、ライクじゃなくてラブ?」

「ラブのほうです」

「ええ?」


 おかしいな。

 私が転生したのは、乙女ゲームじゃなくて、百合ゲームの世界だっけ?

 頭が真っ白になってきた。

 しかしお構いなしにニーナは話し続ける。


「奉公先のお屋敷でクラウディアさまに出会った時、運命だと思いました」

「え、と」

「奥様が私をぶった日から、クラウディアさまも同じようにされましたよね。ですが手加減されていたのに気付いて、一層好きになりました」

「……えっと」

「それに、クラウディアさまが作られた毒入りのお菓子も大好きです。解毒すればとっても美味しいので」

「え、え?」

「こ、混乱させてしまってすみません。ちなみに私たち、魔法界での婚約もできるんですよ。()は、男なので」

「え、ええ?」


 混乱が、混乱を呼んでいる。


透過せよ(ウェプナルータ)……ほらこの通り、実は私、女装男子だったんですよ」


 透過魔法で消された、ニーナのシャツ。現れた彼女の肉体――いや、彼の肉体は細マッチョだった。

 どう見たって、ヒロインの体つきではないだろう、これは。ヒロインがシックスパックとかおかしいよ。


 改めて目の前の情報を整理しよう。

 ニーナの顔は中性的でとびきり整っている。さらさらな黒髪ロングが似合っていて。

 それで――シックスパックとか、どういうことなのか説明してほしい開発者~。


 ――夢?

 ――夢だよ、ね?


 ――乙女ゲームの主人公が男とか。

 ――どういう、こと?


「私、クラウディアさまに追いつこうと思って、色々頑張ったんです。魔法も一通り使えるようになりましたよ」


 焦る私を華麗にスルーし、ニーナは杖を振る。なんと無詠唱で全二十二の属性の魔法を見せてくれた。しかも校舎に傷が付かないように、結界魔法を張りながら。


「えっと……その……かなり高度だと思うわ……」

「そうですか? ありがとうございます!」


 マズい、口から本音が漏れ出ていたらしい。私は慌てて鼻を鳴らした。もう一回髪を払う。


「ふ、ふん! いい気にならないでちょうだい。それにその体も幻術か何かでしょう。私に取り入ろうとしても無駄よ」

「と、取り入ろうだなんて……」


 ニーナは震えている。なんだ、図星だったのか。

 びっくりした。本編外でこんな戦略で来られたら、いくら心臓があっても足りない。

 私が胸をなでおろしたときだった。


 ニーナは瞬間移動のように、私の前に移動してきた。

 やけに熱っぽい目でこちらを見つめ、気付けば私の顎を持ち上げている。


 ――え、ナニソレ。


 そういうの、ニーナと攻略キャラクターのスチルであるやつじゃないの?

 なんで私と?

 バグ?


 目線を上げると、ニーナの長いまつ毛がハッキリ見えた。やっぱり綺麗な顔だ。しかもふわりと、花のような甘い匂いがした。背徳的過ぎてクラクラする。


「クラウディアさまに取り入ろうなんて……そんな姑息な愛ではありません。私――いいえ、僕は、クラウディアさまを手に入れたい。貴女だけを見て、貴女にだけ見つめられ、二人だけで愛し愛されたいのです」

「え……」


 今、とんでもないヤンデレ発言が聞こえたような? 背中に冷や汗が流れるのを感じながら、私は唇を引き結んだ。


「ば、馬鹿なこと言わないで。私はクラウディア=キルケ。名家出身の私が、平民上がりのあなたとつりあうとでも?」

「はい。ですからこうして、魔法も勉学も全力で頑張ってきました。これからも追いつけるよう頑張りますので、よろしくお願いします、クラウディアさま!」


 なんか語尾に、ハートマークが見えた気がした。




 拝啓、乙女ゲーム『薄明のギムナジウム』の開発者様。

 私こと悪役令嬢クラウディアは――




「どういうことよーーーーーーーーーーーーーーーーっ⁉」




 怒涛の展開により、キャラ崩壊しました。


 あまりの怒涛の展開に、限界がきたのか。私は目の前が真っ暗になるのを感じた。




 ☨    ☨    ☨




「――お目覚めですか?」

「ハッ⁉」


 上から降ってきた声に、慌てて目を開ける。視界いっぱいに心配そうな顔のニーナが映った。


「ヒェッ⁉」


 慌てて上体を起こすと、そこは慣れ親しんだ女子寮の自室だった。


「クラウディアさま、本日よりお世話になります」


 ニーナはぺこりと一礼した。よく見ると彼女――いや、彼の後ろには段ボールがたくさん積まれている。


「なにその大荷物……しかもなんで? ここ私の部屋……?」

「理事長さま――いいえ、お父さまからお聞きになっていないのですか?」

「……特には」

「ええと、僕は今日からこちらに住みます。クラウディアさまとはルームメイトです」

「はア⁉」


 思わず声が裏返ってしまう。


「なっ、なんで私と……」

「僕の性別を知っているのは貴女だけだからです。秘密の共有ってドキドキしますよね」

「いっ、嫌な意味でドキドキしてるわよ。さっさと出ていって!」

「というわけで、よろしくお願いしますね」

「だから、よろしくしないわ! 出て行ってちょうだい!」


 思わず近くにあったクッションを引っ掴み、投げ飛ばした。しかしニーナは、造作なくそれを受け止めた。

 余裕そうに笑う顔が――ちょっとカッコよかったなんて言えない。


「危ないですよ、クラウディアさま」

「うるさいうるさい! 今すぐお父様に女装のこと……」


 私が通信魔法を発動するために杖に手を伸ばそうとすると、手首を強い力で掴まれた。


「……クラウディアさま。それだけはおやめください」


 ニーナは真剣な顔でこちらを見つめていた。

 ……ずるいぞ、綺麗な顔でそういう表情するの。ちょっとカッコイイとか思っちゃったでしょ。

 私が無言で目を反らすと、ニーナは手を離し、深々と礼をした。


「無礼なことをしてしまい、申し訳ございません」


 重い空気の中、ニーナは静かに切り出した。


「僕は天涯孤独な身なんです。メイドとして稼ぐためにずっと、女装してきました。女装がバレてメイドをクビになれば、すべて捨てて自国に帰らなければいけません」


 それは困る。絶対に悪手だ。ニーナがいなければ、本編が進まない。

 主人公が学園から去ったとなれば、どんなハッピーエンドも迎えられない可能性が高い。


 私はしぶしぶ頷くと、ニーナを睨みつけた。


「……分かったわ。女装については黙っておいてあげる。でも私の部屋でなくてもいいじゃない。協力者を増やすのも大切でしょう?」

「今年は転入生が多く、女子寮の部屋がいっぱいで……相部屋になっていないのがクラウディアさまの部屋しかなかったのです。ですから部屋替えになると、僕はしばらく野宿になってしまいます」


――野宿なんて言われたら、断れないじゃないか。


「そ、そう……」

「空き部屋ができれば出て行きますので、それまでご容赦いただければと」


 ニーナはぺこりと礼をすると、有無を言わせぬまま荷物を整理しはじめた。


 つまり決定事項だったということか。

 なんでお父様はそんな大事なことを言ってくれなかったのだろう。

 悶々としながら、荷物を整理しているニーナの姿を見た。


 段ボール……五個も一気に持ち上げてる……中身は本って書いてあるのに……。

 しかも……空の段ボール、両手で丸めて潰してる……(良い子のみんなは正しく畳みましょう)


 ヤバい、このままニーナを観察していると、ますます混乱してしまう。


 私はベッドに倒れ込み、目を閉じた。

 思考の海に落ちていく中――ハッと、あることを思い出した。




「――クローズドベータ、版?」




 乙女ゲーム『薄明のギムナジウム』は発売前、一部のユーザーにだけ先行配信された。

 それが、一部ルートのみ遊べる《クローズドベータ版》だ。


 配信時の私はまだこの作品のことを知らず、遊んだことはないけれど。このクローズドベータ版がSNSで批難轟轟だったのは有名だ。

『主人公が女装男子とか、いらないどんでん返しすぎる』

『乙女ゲームを遊んでいたのに、違うジャンルになった』

『こんな作品買わない!』などなど。


 その結果、私が遊んだことがある《製品版》では、女装男子設定は没になっていた。

 ハッキリ覚えてはいないが、ゲームの開発者インタビューでも「女装男子設定は無くした」と言っていた気がする。


 目を開けて、ニーナの様子を改めて見る。

 相変わらず、ニーナは「ふんっ!」と言って大きな段ボールを一瞬で丸めていた。



 ――やっぱり、この世界は《製品版》じゃない。

 ――《クローズドベータ版》、だと思う。



 やっとゲームの本編が始まったというのに。

 今まで十年積み上げてきた「本編通りに世界を動かし、ハッピーエンドにする計画」が崩れる音が聞こえる。なんだか泣きたくなった。


 主人公ニーナの性別が違う。あまりにも大問題すぎる。

 それに、悪役令嬢と対立するどころか、謎の重い愛を向けられている。これも大問題だ。

 さらにニーナが女装を告白してきたことで、秘密を私も守らないといけなくなった。嘘を隠していたなんてバレたらお父様に顔向けできないし、女装がバレたらニーナが学園から去ってしまう可能性もあるし――。


 先行きが不安すぎる。暗い心のまま遠くを見つめていると、どこからかいい香りが漂ってきた。


「クラウディアさま。入居のご挨拶と言ってはなんですが、お茶をしませんか?」


 その声のほうを見ると、いつの間にかニーナがロングのメイド服を着て立っていた。


「な……なによその服」

「お屋敷から持ってきたのですが……変でしょうか?」


 変と言うか……めっちゃ可愛いです。女装男子とか関係なく、似合いまくりです。

 私がこの寮に入っていなければ毎日見られたのかと思うと、ちょっと後悔するくらいには似合ってます。

 えっ、ベータ版ってこんななの? こんな差分があったのに没になったの?

 どういうことですか、開発者様。

 私はこの差分を製品版にも欲しかっ――。


「ごほんごほん」


 私は首を振り、よこしまな感情を振り払う。そして、クラウディアらしく口を開き――


「食べる」(誰があなたの作ったものを食べるとでも?)


 ああ~逆~カッコの形が逆ですわ高校~。

 クラウディア、心の声がストレートに出てしまいましたわ――。


 顔から血の気が引くのを感じる。しかしニーナは花が咲くように笑って、袖をまくった。


「分かりました! いきますよ」


 ニーナはどこからともなく杖を取り出すと、指揮をするようにリズミカルに振った。


お菓子屋さん(クーキスミッタ)


 同時にポポポン! と可愛らしい音が鳴る。空中に、たくさんのお菓子が生み出された。


 す、すご。

 何その魔法、初めて見た。可愛すぎる。絵本みたいだ。


 空中に浮かぶのは、クッキー、ドーナツ、タルトにカップケーキ。それぞれのお菓子は丁寧に作り込まれている。

 これほどの魔力操作、中級――いや上級に近い魔法だろう。

 さすが乙女ゲームの主人公。どんなイベントもこなせるくらいの魔法の才能があるらしい。


「お茶も入れましたので、ぜひ」


 ニーナはまるで執事のように、完璧なサーブをしてくれる。

 差し出されたティーカップには、湯気の立つ蜂蜜色の紅茶がたっぷりと入っていた。


「ふ、ふん! 食べ物を粗末にするなんて、キルケ家の教育方針に背いてしまうわ。だから今回だけよ!」


 口を尖らせながら、私は空中に浮いたクッキーを指でつまんだ。

 わざと一度ため息を吐いたあと――口に運ぶ。

 何度か咀嚼して、目を見開いてしまった。


「おいし……くない⁉」


 吐き出しそうになり、慌てて飲み込んだ。


「な、なにこれ⁉ めちゃくちゃしょっぱいじゃない! それに食感もグニョグニョしてるし……」

「見た目は良い感じなんですが、味がなかなか……」

「そんなもの食べさせるんじゃないわよ!」


 私は近くに浮いているカップケーキと棒付きキャンディーを手に取った。


 行儀は悪いが指でつつくと……ぐにゃりと確かな弾力があった。恐る恐る一口分だけちぎって食べると、やっぱりグミみたいな食感だ。

 味もしょっぱく、後から苦みが追いかけてくる。さらにちょっとだけゴムっぽい香りもする。


 ――サルミアッキ?


 前世で友人たちと面白がって食べた、凶悪なガムの味を思い出した。それから友人たちと映画に行って、別れた帰りに車に轢かれて――。

 噛んでいるうちに、前世の嫌な記憶が戻ってくる。

 なんとかゴクリと飲み込むと、ニーナは心配そうな顔でこちらを見ていた。


「申し訳ございません。お顔が真っ青に……」

「だ、大丈夫よ。このお菓子のせいではないから、たぶん」

「本当に申し訳ございません。クラウディアさまが喜んでいらっしゃったので……つい……」

「あれは魔法が珍しいなって思ってたからよ。それにケーキの形も、有名店のに似ていたから。学園の近所にあるんだけど、予約が取れなくて――」


 有名店、と言われてニーナは首を傾げた。


「そのお店、どちらでしょう?」

「ええと、名前は――」

「キャアアアアアアア!」


 突然の叫び声が外から響き、会話を遮った。私とニーナは思わず目を見合わせる。

 互いに頷き合うと、私たちは窓から身を乗り出した。

 寮の部屋は六階だ。

 窓から見下ろすと、騒ぎの全貌が見えた。


 寮と校舎の間の道に人だかりができており――その中心で、黒髪の男子生徒が一人倒れている。

 男子生徒は、何かの攻撃を受けたのだろう。魔力庫でもある『髪』をバッサリと切られており、あたりに散らばっていた。


 そして黒髪の生徒の近くには、オレンジ色の髪をなびかせた男子生徒が立っていた。

 魔力を暴走させているのだろう、開かれた目は虚ろだ。しかもあたりには、真っ黒なエフェクトが広がっている。


 エフェクトをよく観察すると――バチバチとノイズのようなものが発生している。

 それを見た瞬間、ピンと閃いた。


 これは――バグ(・・)じゃないかと。


 キャラの表示がおかしくなったり、文字化けしたり、音楽が止まったりする、ゲームに不具合を起こす、あのバグ(・・)だ。

 ここが『開発途中のクローズドベータ版の世界』なら、バグが発生しやすいのも頷ける。


 しかし魔力の暴走は――本当ならストーリー中盤で発生する事象。

 今発生するのは、明らかにおかしい。


 ――主要キャラに影響が出る前に倒さないと、本編にも影響が出るかもしれない!


 そう気づいた私の行動は早かった。近くに置いていた杖を引っ掴み、窓枠に足を掛ける。


「あなたはここで待っていなさい」

「え?」

「いいわね。絶対よ!」


 斜め後ろからニーナの驚く声が聞こえるが、スルー。私はためらうことなく、窓から飛び降りた。


「クラウディアさま⁉ ここ六階ですけど‼」


 上から降ってくる声を無視し、空中に魔方陣を展開した。

 それを足場にし、飛び跳ねるように地上へと降りる。地上の野次馬たちが、おおーっと歓声を上げた。

 見てるだけなら手伝いなさいよと思いつつ、私は目の前にいる敵を睨んだ。


 このオレンジ色のウルフヘア――見覚えがある。

 攻略キャラクターのレオ=スレイマンだ。

 私やニーナと同学年で、陽気で憎めない。さらにはニーナにとって『初めて声を掛けてくれるキャラクター』でもある。


 彼がここで自滅したり下手に被害を出せば、舞台(学園)から離脱してしまう可能性がある。

 そうすればストーリーに影響が出て、ハッピーエンドに向かうルートから外れてしまう可能性も。


 先制攻撃で、さっさと片付けよう。

 杖を振りながら、私は得意な毒属性魔法を唱えた。


毒の小瓶(ギフ・フラスカ)!」


 レオの頭上に、小瓶がポコン! と生まれる。

 同時に小瓶の栓が開き、紫の液体がどろりと降り注いだ。


「う、あああああああああ!」


 レオはもろに食らったのだろう。うめき声を上げた。

 しかも行動不能(スタン状態)になったのか、こちらに攻撃はしてこなかった。


「じゃあ私のターンね。もう一本食らいなさい。毒の小瓶(ギフ・フラスカ)!」


 再び同じ技を繰り出す。次は緑色の液体を降り注がせた。

 先ほどの液体と混ざることで、より強毒性を持つ液体だ。化学反応で生まれた白い煙がレオを包んでいく。


「……雷の盾(ブリクスト・スケルダ)!」


 レオは煙の中、叫ぶように詠唱をした。


「な、に、……っ⁉」


 瞬間、ドゴン! と衝撃波が伝う。煙は吹き飛び、あたりには雷鳴のようなエフェクトが広がった。


「相打ち……ね。じゃあこれはどうかしら、毒の豪雨(ギフ・ハグル)!」


 間髪入れずに杖を振り、詠唱をした。

 レオのいる場所の上空に、紫の魔方陣が広がる。そして滝のように、毒の雨が勢いよく降り注いだ。


「縺??√≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺!」


 レオは奇妙な咆哮を上げた。

 ここまですれば、ほとんどの人間は立つことさえもままならない。

 さすがに終わったかと、煙が晴れるのを待った。


「……っ、どうして……⁉」


 ――晴れた視界に現れたのは、仁王立ちしたままのレオだった。


 しかも上級魔法らしきものを発動しかけている。ずいぶんと詠唱が長い。その内容はノイズが掛かって聞き取れず、どんな技が出るか分からない。

 でも上空に広がっていく魔法陣の大きさからして、かなりのパワーがありそうだ。


「――仕方ないわね」


 私は袖をまくると、杖を構えなおした。


「こんな時も受けて立つ。それでこそ名家の令嬢、クラウディア=キルケよ」


 目を閉じ、毒属性の最上位魔法を発動させる。


「さっさと倒れなさい! 毒の手よ、襲えアギス・ギフ・マナグライピス! 」


 再び巨大な魔方陣が、次はレオの立つ地面に生まれる。間髪入れずに地面がひび割れ、その間から紫色の無数の手が生えた。

 レオは毒の手(・・・)に捕らえられ、引きずり降ろされるように膝をついた。


「最後の仕上げよ」


 私は急いでレオに駆け寄ると、彼の持っていた杖を足で蹴り飛ばした。

 そのまま勢いを殺さず、オレンジ色の頭にかかと落としを食らわせた。


 さすがに物理攻撃が来ると思っていなかったのだろう。レオは目を回し、地面に倒れ込んだ。

 少し遠くから歓声や拍手が聞こえる。


「……ふん。私の勝ちね」


 レオ目を回している。毒状態だから、しばらくは立ち上がれないだろう。私は手をはたくと、後ろで倒れている生徒を見下ろした。


「――やっぱりそうだわ」


 攻略キャラクターは、暴走していたオレンジ髪のレオだけじゃない。

 少し遠くで倒れていた黒髪の生徒。

 彼も、ゲーム『薄明のギムナジウム』の攻略キャラクター、ユリウス=ファウストだ。


 ユリウスは私やニーナより二つ上の、高等科三年生。

 そのミステリアスかつクールな見た目と、どこか天然さのある性格、そして大き目に編まれた美しい黒髪の三つ編みで大人気だった。キャラの人気投票ではいつも一位を取っていた記憶もある。


 しかし今、特徴的な三つ編みは切り取られている。後ろ姿だけではユリウスと判別できなさそうだ。


「でも……こっちのほうがかっこいいかもね」


 二次創作で短髪のユリウスを描いてる人もいたし。

 これくらいならまだ、ストーリーに大きな影響は出ないだろう。

 そう思い込み、一人頷いた。


「たしか霊魂を操る術の名家だったかしらね。そんなあなたが無様に負けるなんて。まあ……本編前からこんな強さを見せつけられたら、負けるのも無理はないか」


 とにかく彼らを医務室に連れて行かなければ。

 まずはレオを、と思い、ユリウスに背を向けた時だった。


「……縺ェ繧√k縺ェ……霊魂の槍よ、襲えアギス・ガースト・スペイラ

「うそ、でしょ」


 後ろから、低い声の詠唱が聞こえてくる。技名だけがかろうじて聞き取れた。

 急いで振り返ると、さっきまで倒れていた黒髪の男子生徒――ユリウスが、杖を持って立っていた。彼の目は真っ黒で、焦点も定まっていない。


 ――もしかして。

 先に倒したレオは、バグったユリウスの術に操られていた?


「こっちが本命だったの⁉」


 私は慌てて防御魔法を連続で展開する。五枚の魔方陣が盾のように広がっていく。

 しかしその間にも、彼の杖から黒い閃光のようなものが向かってくる。


 ユリウスは死や魂を操る技を操る家系。

 当たったら何が起こるか分からない。

 怖くなり、急いで追加で防御魔法を重ね掛けするが――


「か、はっ⁉」


 慌てて脇腹を押さえると、ぬるりとした感触があった。


「う、そ…………ど、んな威力、してるのよ……」


 目線を落とすと、十枚ほど重ねた魔方陣の盾を突き破り、黒い閃光が脇腹を抉っていた。

 取り落としかけた杖を握り直し、なんとかユリウスのほうへ向けた。


「……毒よ進め(ギフ・フラム)……!」


 なんとか、毒属性の中級魔法を発動した。紫色の閃光がユリウス目掛けて飛んでいく。

 しかしユリウスは小さく杖を振り、その魔法をかき消した。


「……毒よ(ギフ)……進め(フラム)…………ッ…………毒よ(ギフ)進め(フラム)……!」


 それから連続で魔法を発動するが、次々とかき消されていく。

 その間も、見えないはずの自分のHPバーがぐんぐんと減っていくような感覚が襲う。

 視界が揺らぎ、全身が脱力していく。


 踏ん張ろうとするが、徐々に重力に引きずられていく。


 だめ。

 ここで、死んじゃだめ!


 私は生きて(・・・)追放されて(・・・・・)事故死しなきゃ(・・・・・・・)

 そうしないと、この世界はハッピーエンドにならない、のに――!


 次第に襲ってきた眠気に抗えなくなり、私の意識は遠のいていった。




 ☨    ☨    ☨




【ニーナSide】


 上級魔法で圧倒していたクラウディアさまが――体勢を崩した。


「クラウディアさま⁉」


 慌ててメイド服から着替え、僕は六階から飛行魔法で飛び降りる。

 超高速で地上に降り立ち、倒れかけたクラウディアさまを受け止めた。


 クラウディアさまは詠唱の途中で、意識を失ってしまったらしい。紫色の光がふわりと消えて行った。

 しかも上からは見えなかったが、どうやら傷を負っているようだ。血の噴き出す脇腹に手を当て、小さく呟く。


「……治れ(ヘルヤリ)


 緑色の光が弾ける。簡単なヒール魔法だが、傷を塞げたようだ。


 大好きなクラウディアさまのカッコイイ戦闘に、つい見惚れてしまったのがいけなかった。

 彼女に痛い思いをさせた自分に怒りを覚えつつも、その元凶となる相手にまっすぐに杖を向けた。


「……よくもクラウディアさまを傷つけたな」


 あたり一体に魔法陣を展開していく。


「クラウディアさまの美しい肌に傷を残すなど、言語道断」


 僕は臆することなく杖を振った。


反射せよ(スペグラ)


 黒髪の上級生が出しかけていた黒い閃光が跳ね返り、本人へ向かう。

 あたりに轟音が響き、土埃が勢いよく舞う。

 しかし――奴はふらつきながらも立っていた。


「ハッ……まだ倒れないか。さっさと終わらせよう。地に伏せろ(エリスガルディ)!」


 次の瞬間、黒髪の上級生は、地面に吸い付けられるように倒れ込んだ。


「しばらく磔にでもされてろ」


 低い声で言い放ち、僕はクラウディアさまをお姫様抱っこの体勢で抱え上げた。

 愛おしい彼女は羽のように軽い。それに枝のように細かった。


「いつだって前を行くクラウディアさまの背中……あれほど大きかったのに。本当は……こんなに小さい身体だったんですね」


 クラウディアさまの白い頬に付いた、砂ぼこりを払う。


「大変申し訳ございません。二度とこんな傷は負わせないと誓いましょう」


 クラウディアさまの美しい金髪をひと撫でした。


「何があっても僕が貴女を守り、愛します。学園のどんな男にも気を取られないくらいにね」


 僕は地に倒れた生徒たちを睨みつけると、足早にその場を去った。




 ☨    ☨    ☨




【クラウディアSide】


 薬品の香り。背中に感じる硬いベッドの感触。

 ここは……寮の医務室だろうか。

 恐る恐る目を開けると、まぶしい朝日とドアップのニーナが出迎えた。


「ようやくお目覚めになったのですね」

「う、ひゃああ」


 私は飛び起き、ベッドの隅へと縮こまった。


「お、驚かせないでちょうだい! 心臓が止まるかと思ったわ!」

「心臓が止まるかと思った――それはこちらのセリフです」


 ニーナの両手が、私の肩を強く掴んだ。


「どうしてあんな無茶をしたんですか」


 静かに、でも確実に責め立てる声音だった。


「どうしてって言われても……あなたを巻き込みたくなかったからよ」


 嘘は言っていない。

 本編に影響が出るから(・・・・・・・・・・)、のオマケつきだが。


 しかしニーナは納得できないのか、にじり寄ってきた。


「もしかして……僕が不甲斐ないからでしょうか?」


 私は慌てて、ニーナの肩を押しのけた。


「ち、違う! 違うの。私は……」


 言うな。言っちゃだめだ。

 ルートが変わってしまうかもしれない。

 私は「破滅が待っていてもこの世界をハッピーエンドに導く」と決めただろう!


 ――そう分かっているのに。


 寝起きだからか。久々に死への恐怖を感じたからか。

 それとも久々に、自分に向き合ってくれる人に出会ったからか。

 涙と一緒に、言葉がぽろぽろと零れ落ちていく。


「私はそうしなきゃいけない、から」


 一度こぼれたあとは、堰を切ったように溢れ出した。


「私は未来を知ってるの。この世界が幸せになる方法も、不幸になる方法も」

「それ、は――魔法による予言や神託のようなものでしょうか」


 私は頷いた。


「そう捉えてもらっていいわ。とにかく……未来を知ってる私が、自由なんか求めちゃいけないのよ」


 涙を必死に拭いながら、ベッドシーツに目線を落とした。


「私はこの世界がハッピーエンドになるように、十年間『悪役令嬢』を演じてきた。その責任を取るためにも――最期は追放されて、事故死する予定よ」


 ニーナが息を呑む音だけが響く。彼の顔を見る勇気がなく、私はずっと俯いていた。


「事故死って――」

「詳しくは言えないわ。でもそれが私の末路なの。世界を幸せにするなら、必ずこのルートをたどらないといけない。今さら戻れないわ」

「……どうして事故のその先を、ハッピーエンドと言うんです?」


 ニーナの声は、ひどく冷たかった。思わず体がすくむが、なんとか口を開いた。


「ハッピーエンドよ。あなたたち全員が無事に卒業し、夢を叶え、幸せな未来を生きる。それはハッピーエンドでしょう!」

「いいえ。貴女は追放されて事故死する。そんな自己犠牲のどこがハッピーエンドなのか聞いているんです」

「そ、れは……」


 私――クラウディアを含んだ大団円ルートが、実装されていないから。

 そんなメタ的な答えしか出てこない。だから言葉が紡げなくなってしまう。


 そろりと顔を上げると、紫水晶のような瞳が私を捉えた。

 重い沈黙の中、先に口を開いたのはニーナだった。


「たとえ……何億人が幸せになろうとも、貴女の変わりはいませんよ」


 ニーナは私の手を掴むと、ゆっくりと手の甲を撫でる。落ち着かせるような動きだった。


誰かが犠牲になって(・・・・・・・・・)迎えるエンド(・・・・・・)が、本当に幸せだと思いますか。貴女と僕の立場が逆だったら、どう思いますか?」


 ……私は、何も答えられなかった。


「僕は、貴女が事故死する未来なんて見たくない。未来を覆して、貴女も幸せになれる世界を作りたい」

「……でも私は、あなたを散々おとしめてきた」

「奥様の命だったこと、存じていますよ」

「……それ以外にも、あなたに毒を盛ったり」

「おかげで解毒魔法が得意になりましたよ」

「……それに、失礼なことだってたくさん」

「ええ」


 ニーナはにこり、と笑った。


「それらもすべて、僕にとっては貴女との思い出(・・・・・・・)だ。僕にとって貴女は、誰でもない。貴女が目指している誰かじゃない。ここにいる貴女こそが、本物のクラウディア=キルケなんです」


 その言葉に、涙が頬を伝うのを感じた。

 撫でていたニーナの手が離れ、零れ落ちた涙をすくってくれた。


「そのすぐ泣くところも。本当は自信のないところも。全部貴女だ」


 初めて、クラウディアではない『自分』に話しかけられた気がした。

 そして初めて――自分の人生(ルート)が解放された気がした。


 しかし同時に、過去の『演技』が私の胸を締め付けた。


「それでも……私は私を許せない。暴言だけじゃない。手を上げたことだってある。私は十年間の愚行を、きっと許せないわ……」

「ふふ、クラウディアさまは頑固ですね。ではこうしましょう」


 ニーナは空いているほうの手を差し出した。


「これは贖罪です。貴女が演じた、悪行の罪滅ぼしです」

「罪、滅ぼし……」

「貴女の言葉を借りるのなら――責任を取ってもらいましょう。愚行を反省し、貴女を含めた全員がハッピーエンドになるよう努力する。それが貴女の責任です。それで、どうです?」


 ニーナはずいぶんと聡明な人間に育ったらしい。完全に言い負かされてしまった。


「……それなら、仕方ないわ」


 差し出されたニーナの手に、私は自分の手を重ねた。


「改めて、私はクラウディア=キルケ。この世界をハッピーエンドにしたい女よ」

「僕はニノ=アンブローズです。よろしくお願いします、クラウディアさま」


 え、と私は声を漏らしてしまった。


「ニノ? あなたのファーストネーム、ニーナじゃなくてニノなの?」

「えぇ。あの頃の奉公先にはメイドが多かったので。昔から女性名のニーナと名乗っていますが、本当の名はニノと言います」

「じゃあ本名はニノ=アンブローズなのね。……なんだかそっちのほうが似合うわ」

「ふふ、ありがとうございます」


 ニーナ――もといニノは、嬉しそうにはにかんだ。



 ☨    ☨    ☨




 こうして悪役令嬢を演じていた私は、正ヒロイン――もとい女装男子のニノと一緒に、新しいエンドを目指した。

 本当はニノが主役のはずのシナリオで、多くのバグと立ち向かった。


 そして数年が経ち――学園を卒業した後。

 私たちは教会で、白い衣装に身を包んでいた。もちろん私はドレス、ニノはタキシード。

 ニノは私の被っているヴェールを持ち上げると、優しく微笑んだ。


「クラウディアさま。ゲームの本編は、これで終わりでしょうか?」

「……ええ。これがハッピーエンドのエピローグよ。本当は――攻略対象とニーナの結婚式なのだけれどね」

「じゃあこれからは――僕に攻略されてくださいね?」


 ニノの言葉に、私は顔に熱が集まるのを感じながらも、笑顔で頷いた。


「よろこんで」


 二人のシルエットが、重なる。

 こうしてたった今――私たちの新たな人生(ルート)が始まった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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※6/27追記

皆さまの応援のおかげで、連載版はじめました! よろしくお願いします✨

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