7
桐生碧の言葉が終わらないうちに、小松倫が声を上げた。
「早い話、僕には天才的な頭脳もなければ、人がうらやむ超能力もない。前世の記憶が戻ったと言っても、思い出すのは、苦悩の日々だけ。一番分からないのは、あれほど成仏を願って、この世から旅立ったはずの僕が、どうして生まれ変わって、ここにいるのか、ということさ」
すると、そこで悲鳴のような声を上げたのが、倫の妹・柴原凛だ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは自分のことを悪く言わないで。お兄ちゃんがいなければ、凛は生きていなかったと思う。お兄ちゃんがいたからこそ、凛は今、ここにいるの」
「凛・・・」
突然の真剣な兄妹の雰囲気に、一同は声を失った。しばらくの沈黙の後、声を出したのが、足立塁の監視員・戸田大翔だった。
「まあ、倫君も凛ちゃんも、何かの縁で、こうして知り合ったんだから、これからも塁と仲良くしてあげてほしい。陽葵ちゃんも、いいかい?今日は遅くなるから、この辺でお開き、ということで」
その言葉に、まだ何か言いたげな夏井陽葵が、何かを吹っ切るように立ち上がると、他も皆、立ち上がり、外へと向かった。伝票を戸田が回収し、彼も、出口の手前にある、会計へと向かったが、その時、誰かが戸田を追い越すように、前に飛び出して来た。それは、戸田と同年代くらいの男で、戸田は不意に、その男と以前に出会ったような気がした。
戸田は、男の顔を見たが、男はその視線を避けるように、顔をそらし、前へと歩を進める。その時だ。ちょうど、お店の外に出たばかりの、凛が、
「あ、お兄ちゃん、助けて!」
といきなり声を上げた。その言葉に、そこにいた全員が立ち止まると、何と、後ろから速足で凛に近づいた男が、そのまま両手で凛を抱え、抱えたまま走ると、通りにドアを開け、止まっていたワゴン車に凛と共に飛び乗ると、ワゴン車が急加速で走り出したのだ。
あまりの突然の出来事に、茫然と立ちすくむ、倫や塁の横から、倫の監視員・桐生碧と、凛の監視員・江戸川詩が飛び出して車を追いかけたが、車は猛烈なスピードで、その場から離れていった。
しばらくして、茫然としていた小松倫が、桐生に話しかけた。
「桐生さん、どうして、どうして凛は連れて行かれたんでしょう。僕は、どうすればいいんでしょう?」
桐生も青ざめた顔だった。
「とにかく警察に行きますか。僕らには、どうしようもない」
桐生がそう言うと、そこに入って来たのが、戸田だった。
「いや、警察を呼んだりしたら、懍ちゃんに危害が及ぶかもしれない。まずは一度、倫君の家に行きましょう。僕には少し気になることがあるんです」