9、初めてのレベルアップと人形の作成
最弱の名を冠するだけあって、1層のスライムを倒すのは、俺でも問題なくできた。
その後も張り切って探索を再開したが、石畳の段差に躓いて転んだり、地図を描いていたのに道に迷ったり、小部屋で一度に複数のスライムを相手にしようとして、スライムに足にくっつかれ、慌てて剝がそうとして、よろけて壁にぶつかったり。
主に自分の鈍さと要領の悪さが原因で、ようやく10匹ほどスライムを倒した頃には、もう結構疲れてしまった。
どこまでも親切設計なダンジョンの内部には、定期的に脱出ポイントになる石柱が設置されていたので、ここらで一度部屋に戻って、トイレや水分補給などで小休止を取る。
その後また、気を取り直して攻略に戻る。地図を描いて内部の構造を確かめながら、スライムを倒して回る。
しばらくすると、今度はスライムを倒した後に、コアクリスタルだけでなく、別のアイテムが残った。
モンスターを倒すと、ランダムで稀にドロップするという、レアアイテムだろう。
「あ、これ家で使った事あるヤツだ」
拾い上げて、見覚えのある入れ物を眺める。手のひらに収まる小さな陶器製の容器にコルクのフタ、それを更にラップで包んだそれは、我が家の常備薬としてよくお世話になる傷薬と同じものだ。
塗り薬タイプのそれは、軟膏を塗って半日程度で、小さな擦り傷や切り傷などが治る、ごく軽い効果のポーションだ。家族がダンジョンで手に入れてきたそれには、俺も何度もお世話になっている。
一番上を包んでいるラップは、普通の地球製ラップではなく、一度開封すると溶けて消えるものだ。これは開封するまでは、時を止めたかのように、中身の品質を保つ謎ラップだ。これが巻かれている状態じゃないと未使用と認められず、売買不可となる。
また、スライムを探して潰す作業に戻る。
そうしているうちにようやく、とあるスライムを倒した直後に、胸のあたりがふわっと暖かくなる感覚がして、レベルアップしたのだとわかった。
「……おお。これがレベルアップの感覚か」
初めてのレベルアップだ。残念ながら、ひとつレベルが上がっただけでは、自覚できるような変化はない。
一応、確かめる為に人形作成のスキルも試してみるが、やはりまだ氣が足りないのか、スキルは発動しなかった。
その時点で持っているコアクリスタルの数を確認してみると、ちょうど30個あった。どうやら、最弱スライムのみを倒してレベルアップするには、30匹分が必要だったようだ。
とはいえ、1から2に上がるのと、2から3に上がるのでは必要経験値は違うはず。次は一体、何匹分の経験値が必要になる事やら。
お昼に食事に戻る頃には、もう全身が疲労でくたくたの状態だった。
(ダンジョンって怪我は治るのに、疲労や筋肉痛は治らないんだな)
これではとても、午後からダンジョンに潜るのは無理だ。とにかく休みたい。
まだ昼間だけどお風呂に湯を張って、一時間くらいゆっくりと湯船に浸かった。体を揉み解しながらお湯に浸かる事で、少しは痛みがマシになる。
お風呂から上がった後は軽くストレッチして、あとはもうベッドで休んだ。
できれば夕方までに起きて、また少しダンジョンに潜れればと目論んでいたのだけど、疲れは思った以上にキツくて、夕飯の時間までぐっすりと熟睡してしまった。
夜は勉強に時間を当てないといけない。昨日始めたばかりなのに、二日目でいきなりサボる訳にはいかない。
その日は結局、午前中しか潜れず、レベルも1上がっただけだった。
夜に、拾ったコアクリスタルの数を数えてみたら、最初にレベルアップした時点の30個分を除くと、30個とちょっと貯まっていた。
次の日も午前中は同じように行動し、午後は3時間ほど休憩にあてたが、夕方にはまた2時間ほどダンジョンに潜れた。
筋肉痛はかなり残ってたけど、ここでゆっくりしてたら、いつまで経ってもレベルが上がらないと自分を奮起して、なんとか頑張った。
幸いスライム相手なら、ぎこちない動きでも戦えた。
コアクリスタル60個目でレベルが上がった。
だが、やはり人形は作成できなかった。
これまでの方式では、レベルアップに必要な数は、最初30個、次は60個と、倍々に増えている。なので、この次はおそらく、90個分が必要なはず。人形を作れるまで、気長に頑張るしかない。
そうしてその後二日間、勉強時間は確保しつつ、その他は時間が許す限りダンジョンに潜った結果、ようやくレベルが4に上がった。スクロール屋の店主の言う通りなら、これで人形が作れるはずだ。
(俺に特別才能がなくて、まだ氣が足りないなんて、ならないといいんだけど)
何をやっても平均以下の人生を送ってきたので、試そうとした段階で不安になるが、考えていても仕方ないと振り切って、人形作成スキルを試す。
「人形作成!」
ダンジョンの床に、光る魔法陣のようなものが現れた。
「!」
初めての反応に、作成スキルが発動したのだと確信する。
(やった! ようやくだ!)
期待を込めて見つめていると、魔法陣の中に30センチほどの大きさの、木目もそのままの、木を素材に作られた人形が現れた。
デッサン人形を幼児くらいの子供体形にデフォルメしなおしたような、球体関節の人形だ。頭部には目も口も鼻も耳も髪もない、ごくシンプルなデザインだった。
(これが、人形使いの人形なんだ)
作成を終えて、足元の魔法陣が消える。
人形は自動で動くと説明にあった通り、ちゃんと自分の足で自立していた。
人形使いのスキルが欲しいと、最初に漠然と想像していた時は、なんとなく、大人の平均と同じくらいの大きさで想像していた。だが、その想像より、だいぶ小さい姿である。これではあまり、頼りにならなさそうだ。
ちょっとがっかりしたが、すぐに気を取り直す。
これからレベルアップしていけば、大きく強く育っていってくれるはずだ。
「えーっと、これからよろしくな」
おずおずと話しかけると、人形はこくりと頷く仕草をした。
幼児のような大きさと体型だからだろうか。どことなく愛嬌があるような気もしてくる。
(おお、意思が通じている)
感慨深く思う。
この人形が、俺の初めての仲間となるのだ。これから一緒に強くなっていければ良いな、と希望を思い浮かべる。
「名前とかつけれるのかな」
試しに、ステータスボードのスキル欄の「人形使い」の部分を押してみると、専用のスキルページに移動した。
人形使い スキルレベル1
所持人形 1体
1、人形1 レベル1
所持スキル 自動修復 レベル1 自律行動 レベル1 学習知能 レベル1
そう記されていた。
(スキルを3つ、最初から持ってるんだな。自動修復は、破損しても時間経過で回復するスキル。自律行動は、使い手の意識がない時でも、人形が自動で行動するスキル、学習知能は、自分で物事を判断する知能……。人形の基礎レベルにあわせて上がっていくのか)
頭の中の説明書で、人形の持つスキルを調べる。
なるほど、もしダンジョン内で寝泊まりする必要がある場合でも、人形に警戒を任せて、使い手は眠れる訳だ。
こちらがいちいちすべての行動を指示しなくても、自分で考えて行動してくれるというのは、かなり便利だし頼もしい機能だ。
名前に関しては、「人形1」の部分がそれで、そこを押せば変更できる仕様のようだ。
ようやく作成できた初めての仲間だ。変な名前はつけたくない。
けれど、具体的にどんな名前をつけようか考えてみても、すぐには思い浮かばなかった。
とりあえず落ち着いて考えようと思い、ダンジョンを出て自分の部屋に戻る事にした。
「ついてきてくれ」
人形に命じると、ギシギシとぎこちないゆっくりとした動作で、俺の後をついて歩き出す。……これは、俺が走ったり速足で歩いたりしたら、人形は追いついてこれなさそうだ。
……スライムよりは移動速度が速いけど、これではレベルを上げるまでは、戦力になりそうになかった。