83、キセラの街の創立祭 その5
アルドさんとシェリンさんが休憩を終えて帰ってきた。みんなへの差し入れに油紙に包まれたスティック状のチーズケーキとフルーツ牛乳を買ってきてくれた。しっとりサクサクのチーズケーキも、新鮮な果物数種類を使ったフルーツ牛乳も美味しかった。
その後、3時過ぎになってようやく、ジジムさんが長めの休憩に入ってくれた。ジジムさんは朝からずっと働きづめだったからほっとする。
休憩終わりにジジムさんも、みんなに差し入れとしてプリンを買ってきてくれた。屋台用の特製プリンなのか、生クリームが上にたっぷり乗った、卵の味が濃い固めのプリンだ。カラメルソースのこんがりした風味が美味しい一品だった。
今日は忙しなく働いている分、カロリーも普段よりかなり大量に摂取してるな。お祭りだから余計。
3時過ぎになってラーメン目当ての行列も、ようやく少し短くなった。それでも完全には人が途切れないのだから、本当に大人気だ。
「鴇矢、頑張ってるみたいね」
「母さん!? 姉さんまで!」
午後4時ごろ、母と姉が屋台に顔を出した。母が姉を連れてわざわざこちらまで様子を見に来るとは思ってなかったので、俺は驚くしかない。
「シェリンさん、ラーメンの売り上げはどう?」
「来てくれてありがとう、ヒタキさん。とっても好評で忙しすぎるくらいよ。トキヤくんが人形も連れて手伝いに来てくれたおかげで手伝いの手が増えて、とても助かってるの」
母がシェリンさんと挨拶してるのを横目に、姉が俺の方に話しかけてくる。
「鴇矢、屋台は回った? なにか美味しいのがあったなら教えなさいよ」
「あそこの屋台の赤い果物の飴がけがお勧めかな。ルピルっていうダンジョン固有の果物を使ってるんだって。あれ、種がないサクランボみたいな食感で、苺みたいな酸味もあって、果物自体も甘くて美味しかったよ。見た目も綺麗だし、行ってみたら?」
俺は飴がけの屋台を指さして教える。後で家族のみんなにあの飴がけをお土産として買っていこうと思っていたから、迷わずお勧めできた。
「そ。ルピルね。母さん、あそこに行ってみましょうよ」
「待って。先に鴇矢の働いてるラーメンの屋台を食べてからね」
カードで支払いして、母がシェリンさんからラーメンを2杯受け取る。
「父さんと天歌にお土産も買わないとね。父さんは仕事だし、天歌は勉強に集中するからって来れなかったのよ。鴇矢、他にもお勧めはあるかしら?」
母に訊ねられ、今度はちょっと詰まった。他のお勧めか。どの屋台も美味しかったしハズレはなかったけど、改めてお勧めする品ってどれだろう。
「うーん、アヒルの唐揚げとか、生クリームの乗ったプリンは美味しかったよ。でも俺も忙しくて、ゆっくり他の屋台を回ってる暇がなかったから、そんなに詳しく見てないんだ」
休憩時間に近場で比較的空いてる屋台をさっと回っただけだから、距離が離れている大通りの屋台なんかは全然見れてない。プリンもジジムさんが買ってきてくれたものだから、どこの屋台に売っているのかも知らないし。なのでそれを正直に伝えるしかない。
「そうなの。じゃあ離れた場所にある屋台で良さそうなのがあったら、鴇矢の分も買っておく?」
「え、うーん。今日は夜遅くまで手伝いでこっちに残る予定だから、夕飯も屋台で食べる事になるし、俺の分は買わなくていいよ。姉さんと母さんが食べる分以外は、父さんと兄さんのお土産だけ買ってってあげて」
今日一日、間食も含めれば、屋台の食べ物は既に結構食べている。更に夕飯も屋台のものを食べるのが決定しているのだ。これで夜食まで更にとなれば、いくら若くても胃が凭れそうだ。
かといって屋台の食べ物を次の日に回すと味が落ちてしまう。こういうのはその日のうちに食べるのが一番だ。なのでせっかくの気遣いだけど、遠慮しておく。
「そう、じゃあそうするわね」
「鳴神くんのお母さんとお姉さんなの? はじめまして、俺は更科 鶫ですっ! 鳴神くんの同級生で友人です、よろしくお願いしますっ」
「あらあら、初めまして。鴇矢と友達になってくれてありがとう。これからも息子をよろしくね」
初めて俺の友達と顔を合わせるという事で、母は満面の笑顔で嬉しそうだ。更科くんが明るく人懐っこいタイプなのも、母にとっては安心材料なのかも。
「あたしは鴇矢の姉の瑠璃葉よ。よろしくね、更科くん」
一方の姉は、ちょっとツンとした余所行きの澄まし顔だ。姉として弟の友達には、クールなところを見せたいようだ。
更科くんと挨拶を交わした後は、母と姉は隣に設置されたテーブルでラーメンを食べて、その後は俺に手を振って、他の屋台へ買い物に繰り出していった。俺が忙しそうにしているのもあって、あまり長話して邪魔するのも良くないと気遣ってくれたのか。
二人がいなくなってから、更科くんがこそっと、「鳴神くんのお母さんとお姉さん、どっちも美人だねっ」と耳打ちしてきた。
「更科くんの場合、美人は見慣れてるかと思ってた」
母と姉が美人なのは、特に否定しない。客観的に見て美人の範疇だろうなと思うので。俺自身は父に似て平凡顔だけど。
それはそれとして、更科くんが人の容姿を殊更に褒めるのはなんだか意外だった。なんせ本人も目立つ美形の上に、パーティメンバーがエルフ達なので。
「えー? そりゃあ一緒にいる事が多ければ慣れるけど、それで審美眼が曇る訳じゃないでしょ」
「そういうものかな」
時刻は夕方を過ぎて、次第に暗くなってくる。茜色から藍色が濃く変化してきた夜空を、街外れで上げた花火が鮮やかに彩った。
お祭りは夜が本番とばかりに、お客さんの数が一気に増えて、ラーメンの屋台も昼食時以上の混雑ぶりとなった。おかげで花火をゆっくりと見上げる暇もなかったけれど、視界の端に映る彩と花火独特のあの音が、否が応でも祭り気分を盛り上げてくれた。
(今のところ、あの老紳士の人は来てないな)
もし夜にまたラーメンを食べにきたらと思って密かに心配していたのだ。お客さんだから購入するのを止められはしないのだけど、一日3食ラーメンばかりは、流石に健康に悪い。なので姿が見えない事にこっそりと安堵する。
暗くなってきた頃から始まった花火は、2時間近く続いた。随分と豪勢だ。もしかしたら普通の花火とは違って、魔道具でも使用してるのだろうか。それとも年に一度のお祭りだから、街でも潤沢に予算を確保して派手にやっているのかな。
花火が終わって少しすると、今度は街役場の前の特設ステージで楽団が音楽を披露する。屋台の立地のおかげで場所取りするまでもなく、働きながら重厚な音楽をたっぷり堪能できた。
演奏されたのは知らない曲ばかりだ。多分こちらの伝統的な音楽とかなのだろう。
40分程度の演奏が終わる頃には、もう祭りは終わりの時間が迫っており、最後にキセラ代表から閉会宣言があって、本日のお祭りは終了した。
「今日はありがとう。みんなが手伝ってくれて、本当に助かったわ」
「疲れただろう。みな、休んで夕飯にしてくれ」
シェリンさんとジジムさんの挨拶に、ようやく長い祭りの一日が終わったのだと実感した。みんな忙しく働いたので、無事に終わった事にほっとした表情をしている。
閉会式が終わると、その後は屋台の片づけ及び、夕飯を兼ねた屋台関係者のみでの打ち上げの時間になると聞いている。
一般客が、街役場の人達にスピーカーの魔道具で退去を促されている。祭りの余韻でもっと騒ぎたい人もいるだろうけど、決まりを守らないと功罪欄や備考欄に記載されてしまうので、お客さん達は誘導に従って、素直に帰っていった。
お客さんの波が引くのを待ってから、余った食べ物を持ち寄って、屋台関係者の人達がテンション高くに中央公園内にどんどん集まってくる。
シェリンさんとジジムさんも屋台を片付けるどころか、余った材料を全部つぎ込む勢いでラーメンを茹でて、やってくる人々に次々に提供している。どうやら屋台関係者の人達の間ではカードでの支払いもなく、お互いに食べ物を提供しあって、それぞれの屋台の食べ比べを行うようだ。
うちの屋台でラーメンを受け取った人達が、逆にうちのテーブルの上に色んな食べ物を置いていっている。テーブルの上はたちまち色んな料理で溢れかえった。
(これ、最初から打ち上げで食べる分も見込んで、大量発注してるヤツだ……)
明らかに、余りものと言える些細な量じゃない。屋台をやっている人達にとっては、むしろこれからが祭りの本番とでもいうような気配すら感じる。
「みんな、今日はお疲れ様! さあ、遠慮なく食べて食べて!」
シェリンさんが俺達手伝い組の面子を椅子に座らせて、その前に手早くラーメンを置いていく。そうこうしているうちにも、他からの差し入れの食べ物が更に増えていき、いくつかのテーブルの上に、山と積み重なっていく。
どうやら祭りはここから更に、盛大な打ち上げへと移行するようだ。




