80、キセラの街の創立祭 その2
「おーい、ジジムさん、シェリンさん。差し入れ置いてくよー」
明るい声の男の人が、屋台の内部で色々と準備していたジジムさんとシェリンさんに声をかけた。
「ユヅルか」
「あら、ユヅルさん。あなた達も屋台に参加してたのね」
どうも二人の知り合いのようだ。
「うん、屋台がお隣の配置になった誼で、今日はよろしくねー。これ、差し入れのおにぎり。うちの今年の屋台の商品だよー。他の屋台が串ものとかのおかず系や、主食系でも味が濃いめが多いだろうから、奇を衒って、単なる具無しの塩むすびっ! その分、原料は新潟産コシヒカリと拘ってる上に、お値段も安い一品さ!」
どうやら隣に配置された屋台の人らしい。差し入れに、ラップに包まれた小さめのおにぎりを大量に持って挨拶に来たようだ。
(おにぎりが屋台の商品って、日本人が関わってるっぽい? 名前も「ユヅル」だし、日本人の人かな)
見た目は20代前半くらいで黒髪黒目の持ち主だ。やたら明るい笑顔と高いテンションの人だな、と思う。
「うちのラーメンは、後で手隙の時に食べるのに向いてないから、代わりに煮卵と煮豚を持っていってちょうだい。おにぎりに合うでしょ」
シェリンさんは使い捨ての器に煮卵と煮豚をいっぱい盛り付けて、ラップをかけてからその人に渡した。おにぎりの差し入れに対するお返しのようだ。
(おにぎりは、既にダンジョン街に浸透してるのかな? シェリンさんも食べた事ありそうな口ぶりだ)
「サンキュー! おにぎりにめっちゃ合うわ、このラインナップ。ってか、シェリンさんとこ、今年は日本式の醤油ラーメンなのね」
準備中の屋台の中身や屋台の前面に張られた絵などから、こちらの屋台で出す商品に気づいて、その人が感心している。
「アルドの熱烈な要望で、今度から食堂でラーメンを出す事になってね。ラーメンの知名度を高める為に、今年の屋台で出してみる事にしたの」
ここでシェリンさんがわざわざアルドさんの名前を出すって事は、この人はアルドさんとも知り合いなのかな? どういう関係の人なんだろう。
「ほほー、こっちでも出来立て熱々のラーメンが食べられるようになるとは、感慨深いねー」
「エンデンさんは今日、こちらに来てるのよね? くれぐれも無理はさせないようにね」
ふとシェリンさんが心配そうな顔になって、彼に注意を促した。
「ああ、エンデンさんは屋台の責任者として、裏の天幕で指示出しだけしてもらってるよ。無理させないように、時雨がずっと傍についてるから、まあだいじょーぶでしょ。あいつにとっても待望の第一子な訳だし。絶対に無理なんかさせないって」
言われた方も明るい笑顔で太鼓判を押している。
「それならいいわ」
漏れ聞く会話から、どうやら隣の屋台の責任者の「エンデンさん」という人が、妊娠中であるらしいと知る。確かに妊娠中では、祭りの人混みに来るだけでも大変そうだ。シェリンさんが気遣ったのもそのせいだろう。だが旦那さんらしき人が傍でフォローについてるから、心配はいらないようだ。
そんなこんなと話をして、「それじゃこれで」と挨拶しかかったところで、その人の視線がこちらに向いた。
「あっれー、ツグ刺しじゃん」
彼の意外そうな視線は、更科くんに向いている。どうやらその人は、更科くんの知り合いでもあるらしい。更科くんは交流関係が広いから、こちらに知り合いがいる事自体は不思議ではないけど……。
(ん? 「ツグ刺し」って確か、更科くんのブログや動画での、Vtuberとしてのハンドルネームだっけ?)
途中で俺は思い当たった。
更科くんはネット上では、ほんわかとデフォルメされた鳥のツグミが、その雰囲気とは裏腹に、肉っぽいものを串刺しにして持っているイラストの2Dで活動している。そのハンドルネームが「ツグ刺し」だったはずだ。
ネットの繋がらないこちら側で更科くんをその呼び名で呼ぶって事は、彼はやっぱり日本人なのだろう。
「もうっ、俺をその名前で呼ぶの、止めてくださいってばっ。お返しに俺も渡辺さんの事、キッズメンタルおにいさんって呼んじゃいますよっ」
更科くんは自分が呼びかけられるより先に、その人に気づいてたみたいだ。ただシェリンさんと話中だったから声をかけなかったみたい。呼びかけられてすぐ、大仰に嫌がる感じを出しながらその人に答えている。でも本気で嫌がってる感じじゃないし、単なるポーズかな?
(っていうか、キッズメンタルおにいさんって名前、どこかで覚えがあるような?)
どこで見たのか覚えていないけど、多分ネット上で見かけたのだと思う。俺が内心で首を傾げていると、更科くんが俺に話題を振ってきた。
「鳴神くん、ダンジョン攻略サイトの「ゴーイングアウェイ」って知ってる? 結構有名な攻略サイトだけど」
「あ、うん。見に行った事あるよ。……あ、そこのサイトの管理人さんの名前が、確か「キッズメンタルおにいさん」だったっけ」
そこまでヒントを言われて、俺はようやく既視感に思い至った。そうか、ダンジョン情報でお世話になってる、攻略サイトの管理人さんのハンドルネームだ。サイト名がゴーイングアウェイなので、「我が道を行く」じゃなくて、アウェイ? 敵地に行くの? と不思議に思ったサイトだ。
「そう! この人がその管理人さんなんだよっ」
更科くんが暴露する。彼もハンドルネームを暴露されたから、そのお返しだろうか。単に有名人を紹介しただけかもしれない。
「あの、はじめまして。鳴神 鴇矢といいます。更科くんの同級生で友達です。よくそちらのサイトを拝見してます。お世話になっています」
俺は頭を下げて自己紹介した。サイトを作成したり運営したり更新したりするのだって、それなりの手間だと思う。そういう人がいるおかげで、俺は無料でダンジョンの情報を集められるのだ。感謝しないと。
俺がそのサイトを見つけたのは、5層過ぎあたりだったかな? それ以来、今もお世話になっている。正直、モンスターとの戦闘部分は適当すぎて参考にならない部分も多いんだけど、出現モンスターの種類やドロップアイテム、お勧めスキルがシンプルに纏められているので、そちら目当てでサイトを見ている。……これは本人には言えないけど。
「おお、わざわざどうもーっ。ツグミンのお友達なんだー。オレは渡辺 結弦っていうのー。よろしくねー」
やっぱりテンションが高い。そして更科くんの呼び方が、ツグ刺しとかツグミンとか、呼ぶ度に変わっていて安定しない。本当にノリの軽い人だな。
「ユヅルー! そろそろ戻れや、まだ屋台の準備終わってねーぞ!」
隣の屋台から男の人の呼び声がした。確かに、これから忙しくなるのだ。お互い、いつまでも話をしている暇はない。
「あー、はいはい。今戻るー。それじゃまたな、ツグミっちっ」
「はーい、それじゃまたーっ」
更科くんと軽い挨拶を交わして、軽快な動きで隣の屋台へ戻っていく渡辺さん。
「渡辺さんって、更科くんの知り合いなんだよね?」
テーブルを並べたり椅子を並べたりといった作業をしながら、更科くんに質問する。渡辺さんとは随分親しいみたいだったけど、一体どういう知り合いなんだろうか。
「そうだよ。元々はネット上での知り合いだったんだけど、前にダンジョン街に遊びに来た時に改めて、お互い素顔で知り合ったんだ。渡辺さんは元々日本暮らしだったんだけど、今はこのキセラの街から離れた森を開拓して住んでるんだって。ダンジョン内に引っ越した日本人だから、俺の目標の先達って事になるから俺の質問に詳しく答えてくれた。
そういえば更科くんの目標って、「ダンジョン街と地球の二重生活」だったな。なるほど、あの人が既にダンジョン内に住んでいるのなら、確かに更科くんの先達だ。
「そっか、日本からダンジョンに移住してきた人なんだ」
あの攻略サイトの更新が今も続いているって事は、彼も日本とダンジョン内部で、二重生活してるって事だろうか。それともネット更新の為に、ネットカフェとか行ってるのかな? パソコンやスマホさえあればサイトの更新もできるだろうから、あちらでのネット回線さえ何とかなれば、居住地がこちらでもサイト運営はどうとでもできるのだろう。
どちらにせよ、更科くんの夢と近い生活をしている人な訳だし、話してて参考になる事も多そうだ。それにどっちも人懐っこい感じの性格のようなので、ノリも合いそうだし。
「ユヅルさんの集落はキセラの街から遠いから、人集めも難航しているのよ。街役場のエンデンさんが代表として屋台を出しているのも、集落の人集めの一環でしょうね。移住希望者がある程度の数にならないと、街作りの計画も進まないでしょうから」
シェリンさんが忙しく動き回りながら、俺達の会話に参加する。
(街作り? 日本人が主体となって? さっきの渡辺さんって、新しい街を作ろうとしてる人だったのか)
ここ、富山の特殊ダンジョンには、これまではキセラの街しか街がなかった訳だけど、もうすぐ新たな街ができるのだろうか。
「あれ? この街の近くに村があって、そこもいずれ街にする計画だって聞きましたけど。そこは渡辺さんのところとは、また別ですよね? 二か所同時進行で、街作りの計画が進んでるんですか?」
更科くんがちょっと怪訝そうにシェリンさんに質問する。ここの近くの村が街作りするって計画を、あらかじめ知っていたらしく、その上で渡辺さんが街作りを進めているって話を初めて聞いて戸惑っている様子。知っている事と知らない事を同時に聞いて混乱しているのかも。
(キセラの街の近くには村があるんだ。俺はそれも初めて知ったな)
まだまだ知らない事が多いな。俺はそもそも、キセラの街の外壁から外に出てみた事も、一度もないんだっけ。いつも決まった店に行くから街中でも知らない場所の方が多いし、もう少し活動範囲を広げた方がいいのかな。
(でも今度、他の街の斥候ギルドにも行ってみないといけないんだし、活動範囲も段々広がっていくかな)
やる事がいっぱいあって結構忙しいし、ここで無理に焦らなくても、そのうち自然と活動範囲も広がっていくはずと、自分を納得させる。
「ええ、同時進行で計画が進んでいるの。近くの村の方は順調に人が増えているらしくて、住人が200人を超えたそうよ。けど、ユヅルさんの方はまだ、村の規模にも届かず苦戦しているらしいわ」
シェリンさんがそう説明してくれるけど、村と集落の違いがわからない。
「そもそも「街」や「村」や「集落」って、どれだけ人が集まったら、そう定義されるんですか?」
俺もシェリンさんに質問してみる。それぞれの違いはなんだろう。
「街の場合は、10層を超えた居住権のある住人の数が1000人以上。それとシステムが街に不可欠と定める店舗が一通り、揃っている事が条件ね。村の方は100人以上の住人に加えて、どんな種類でもいいから、店舗がひとつ以上あるのが条件。それ以下のところは集落って定義になるわ」
準備の手を止めぬまま、シェリンさんが答えてくれる。その内容に驚いた。
「……順調に進んでいる方の村でも、まだ200人を超えたところって。つまり渡辺さんの方は、それよりも更に人数が少ないって事ですか?」
そんな少人数で計画を立てても、いずれはひとつの街として、無事に成立させられるものなのかな? とても無理じゃない? と、俺と更科くんは目配せしあう。
無条件に人を増やすだけならすぐにでも増やせるだろうけど、ワールドラビリンス10層到達って条件があると、途端にハードルが高くなるな。中級のダンジョンを攻略できるくらいの実力ないと、そこまで到達できないって話だから。
居住資格を持っていて尚且つ、既に完成してる街に住むんじゃなくて、あえて作成途中の不便な場所に住んでくれる人となると、住人探しもかなり苦労しそうな気がする。
「でもユヅルさんのところは、まだ街作りの計画の話が立ち上がってから数年だもの。今後数十年はかけて、ゆっくり人を集めていくんじゃないかしら?」
シェリンさんが小首を傾げてそう言った。そこで俺達とシェリンさん(というか、ダンジョン街の住人達)との、認識の齟齬に気づく。
「それはまた、随分と気の長い話だね?」
「……本当に」
街ってもっと短期間で作れるものかと思っていたんだけど、思ったよりずっと、街作成のスパンが長い。住人集めに数十年もかける予定の計画なのか。……長寿ならではの、ゆったりとした時間感覚なのかもしれない。
俺と更科くんは、顔を見合わせ苦笑しあった。