47、マラソンのススメと五度目のスクロールドロップ
数日前から、俺と早渡海くんが所属しているクラスに、更科くんが雪之崎くんを連れて訪れるようになっていた。
目的は昼食に、お弁当やパンなどを一緒に食べる事だ。
雪之崎くんは最初のうちは、早渡海くんの迫力のある雰囲気とぶっきらぼうな喋り方を怖がってたみたいだけど、数回一緒にお昼を食べるうちに、段々と慣れてきたみたいだ。
(正直、俺と早渡海くんだけだと会話が持たないから、二人が来てくれて助かる……)
始業式の日に更科くんの紹介で早渡海くんと知り合って、その日に一緒にダンジョン街へ行って。
その翌日二人で一緒にご飯を食べる事にしたのだけど、俺も彼もどちらも口下手で、頻繁に気まずい沈黙が訪れていた。
その更に翌日からは、更科くん達がこちらのクラスまでわざわざ来てくれて、一緒にご飯を食べるようになった。正直とても助かった。
多分、更科くんがこちらの現状に気づいて、気遣ってくれたのだろう。ありがたい。
「早渡海くんは随分筋肉があるけど、何か部活とか武術の習い事とかしてる?」
そんな質問が雪之崎くんから出るくらいには、彼も早渡海くんと打ち解けてきたようだ。
「幼少の頃から、剣道と柔道をやっているな」
早渡海くん、ふたつも習い事をしているのか。やっぱり自衛隊に入るのを意識してだろうか。それとも単に親の方針とか?
俺の両親は、習い事とか一切勧めてこなかったな。
勧められたのはダンジョンに潜ったらどうかって事くらい。それも強制ではなかったし。
「そっか、やっぱり武術とかやった方が、体力つけるのにいいのかな。ダンジョン攻略にも有利そうだし」
雪之崎くん、親にダンジョン攻略を認められて以来、熱心に強さを求めるようになったみたいだ。
そういえば彼は人形とかの間接的な戦力は使わないで、自分自身が強くなっていくのを実感できるスキルや魔法が欲しいって言ってたっけ。
まあインベントリスキルとかがない場合、人形はこっちじゃ連れ歩けないもんな。幻獣なんかの場合だと尚更だ。飼う場所にも注意がいる。
その点で、いざという時に頼りになるのは自分自身って考えなのかも?
「……体力をつけたいなら、マラソンから始めると良い。俺も毎朝1時間ほど早く起きて、走り込みをしている」
雪之崎くんの疑問に、早渡海くんがアドバイスを返した。
「なるほど、マラソンか」
「スキルで身体強化を取得するだけより、マラソンもやった方が効果あるかな?」
俺も気になったので話題に参加する。
パーティで体力があるのが俺一人なのだ。下手すると俺だけが足手纏いになりかねない。
体力をつけるのに、スキル取得以外にも努力をした方が良いだろうか。
「体の基礎がしっかりできていた方が、スキルの効果も上がる」
「そっか、僕も早朝マラソンやってみようかな」
「俺も明日から頑張ってみる」
雪之崎くんと二人で頷き合う。明日からは早朝マラソンを日課にしよう。
マラソンなら武術を習うより手軽に始められるし。
「えーっ、みんなすごい熱心だね。僕なんて朝弱くって、学校に間に合うように起きるのも一苦労だよ~っ」
更科くんが微妙に顔を顰めて愚痴を零した。彼は朝に弱いらしい。
「ツグミは動画編集などで、夜更けまで起きているのが悪い」
幼馴染だけあって、早渡海くんは更科くんの生活形態に詳しいらしく、ズバッと原因を断定した。
「う、それを言われると言い返せないっ」
(そういえば、更科くんのブログを偶に覗いてみると、更新時間は深夜が多いもんな)
URLを教えてもらってからは、偶に彼のブログを見るようになった。まとまった時間が取れると、ついダンジョン攻略に費やす事もあって、動画の方はあまり見れてないけど。
「あんまり若いうちから無理をすると、歳をとってから体にガタが来るよ?」
つい、余計なお世話的な発言が零れてしまった。うーん、心配でつい口に出してしまったけど、普段から彼に気遣ってもらっている俺がこんな事言うのって、生意気かな。
「今はポーションあるから平気でしょっ」
「ツグミ、人の体も心も、そう単純にはできていない」
更科くんに軽く躱されそうになったところ、早渡海くんが釘を刺すように重々しく告げた。
(……彼が言うと、説得力が違うな)
「ポーションも回復魔法も、便利だけど万能じゃないっていうしね。それに、一度体を壊すと癖になって、度々体調を崩しやすくなるっていうから。更科くん、もう少し健康に気を付けた方が良いと思うよ」
雪之崎くんまでがまじめな表情で加わった事で、更科くんはバツが悪くなったのか、肩を竦めて、「今度から、もうちょっと気を付けるね」と小さく付け加えた。
「石躁召喚、落とし穴、いつもので頼む。炎珠召喚、ファイヤーアロー!」
現在、ヒツジ5匹を相手に戦闘中だ。
ここまでの進捗。
一度雷撃魔法を撃ったヒツジは、その戦闘中にはもう魔法を撃ってこないようだと判明した。なので、魔法を撃った個体とそうでない個体を分けて注意するようになった。
あとは俺の立ち位置だな。これまで前衛だった影響でちょいちょい前に出すぎてしまうのを、後衛としての立ち位置に矯正したり。
人形達はみんな絶好調だ。特に紅なんか開幕の短槍投げで、いきなり1匹を重傷に追い込む事もある。
俺ももっとクロスボウの命中率を上げられるように頑張らないとな。紫苑の弓より明らかに外す回数が多いから。
紫苑が使ってるのは普通の洋弓だから、俺のクロスボウよりも、命中させるのは難しいはずなのに。
「黒檀、中衛から下がって、俺の護衛を頼む!」
後衛に敵をどう通さないかも課題だな。イヌより数の調整がしやすいけど、羊毛のフワフワ部分が思いのほか大きくて、攻撃を当てたと思ったら毛だけすり抜けて、本体は後ろに走り抜けてしまったり、なんて出来事もあったし。
特に俺が直接接触すると、羊毛に溜め込まれた静電気で身動きが取れなくなる。できるだけ人形にフォローしてもらいつつ、遠距離武器だけで対処したいところだ。
「良し、全部倒せたな」
気配察知や俯瞰スキルでも、周囲に他の敵影はない。
「落ちてるアイテム集めるぞー」
みんなに声をかけて、俺も草原の草を掻き分けて、ドロップアイテム探しを開始する。
ここのフィールドの草は足首までの短い草丈なんだけど、それでもコアクリスタルのような小さいアイテムは、紛れると探しにくいのだ。
不意に山吹がぴょこぴょこ飛び跳ねた。その手にはスクロールを持っている。
「おお! やったな山吹! スクロールあったのか!」
俺がスクロールがドロップする度に特に喜んでいるせいか、人形達にもスクロールが特に良いものだと伝わっているらしい。
みんな、良かったといわんばかりに、それぞれで喜びを表現している。万歳したり飛び跳ねたり、拍手のジェスチャーをしたり。(拍手は人形の金属質になった手だと、カンカンって甲高い金属音になるので、仕草だけで、実際には手を叩き合わせなくなった)
「何のスクロールだろうな。高く売れるのだと良いな」
数日後、買い取り窓口に持って行って鑑定してもらうと、そのスクロールは、聖属性の怪我を回復させる「ヒール」という魔法だとわかった。
緑属性の魔法より有名な、一般的に良く知られている回復魔法である。俺としても、前世で読んだファンタジーものに良くでてくる有名魔法に、ちょっとテンションが上がった。
更に、なんと売値は30万円もした。俺がドロップしたスクロールの中では、過去最高の値がついた。
(おおーー!!!)
これを売れば、既に貯まっている金額と合わせて70万円を超える。もうすぐ目標としたインベントリスキルの80万円まで届きそうだ。
今のところ聖属性の精霊はいないし、もし今後聖属性の精霊をカスタマイズするとしても、スクロールを改めて買えば良いだけだ。なので俺は喜んで、スクロールを窓口に売った。
ちなみに、ヒールの魔法スクロールのダンジョン街での売値は、日本円で6万円だった。こちらの世界では随分と、ヒールは人気が高いようだ。
地球ではポーションを使う以外では、魔法を使わないと怪我が治らないから、病院などでの需要が高いのかもしれない。