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第一話 自動車、スマホ、マジック

閲覧ありがとうございます。はじめまして、あずき玄米です。初投稿ですが、よろしくお願いします。

「ここは……一体どこなのでしょう……」

私は隣を歩く女の顔を見ながらそんなことを考えていた。ここは私、アイリス・ハンターの知っている世界ではないことはもはや明白だった。ここが私の住んでいる街ではないのは最初から分かっていたが、おそらくここは私の住んでいる世界とは別の世界だと結論付けるしかないだろう。私の世界でここまでの技術を持った国など聞いたことがない。この国が私の世界になくて心底ホッとする。もしこんな技術のある国が私の世界に存在すればきっと私の国は滅んでいただろうから。

確かに、私の住んでいる世界には「魔法」と呼ばれる力があり、それで火や風を起こしたり土を動かしたり動物を操ったりして人間の生活を向上させたり、作業の効率を上げたりしている。しかし、私の世界では情報の伝達は伝書鳩が主だったし、遠方への交通手段は馬車だ。物体を瞬間移動させることができる道具はあるが生物の転移はできない。高速で音声を伝達するシステム、馬もなしに動く鉄の塊、消える鳩……ここが私の知らない世界であると認めるには十分すぎた。しかし、どうしてこんなところに来てしまったのだろうか?思い出さないと……。




お父様がいなくなった部屋で、私――アイリス・ハンターは一人魔術具とにらめっこしていた。今日はお父様による教育の最終課題として新しい魔術具を組み立てなければならないのだが、これが今までの課題とは比べ物にならないほど難しい。魔術具は便利な代物だ。無詠唱で魔法が使えるし、魔力さえあればイメージしなくても決まった魔法を発動させることが出来る。しかし、魔術具を動かす回路を作るのは普通に魔法を詠唱したり詠唱つきで使う魔法陣を描いたりするより何倍も難しい。回路の書き方を少し間違えるだけでそよ風は暴風となり、こぶしほどの火は家を飲み込む紅蓮となることもあるような繊細なものなので、扱いには細心の注意が必要となる。しかも今までにないような魔術具となると、柔軟な発想力も求められる。今できているのはあたり一帯を焼き尽くす自爆用の魔術具と箱からおもちゃが飛び出す魔術具だ。前者を提出したらきっとお父様に心配される。後者は論外だ。魔力を使う価値が見いだせない。完全に詰まってしまった私は自爆用の魔術具を放り出し、ソファに寝そべった。

「どうしてこんな難しいことを11歳の子供がやらなくてはいけないのかしら」

ぼやかずにはいられない。私たちの住むウィンザー王国は魔力によって成り立っており、無詠唱で魔法が使える魔術具は一大産業となっている。そして私たちハンター家はその魔術具の発明によって貴族としての地位を確立している。ハンター家の一人娘である私が魔術具を扱えるようにならなければならないのはわかる。私も将来は王都で魔術を学ぶつもりだった。しかし、魔術具の回路は貴族の子供が地方学園で魔法の基礎を9年学んだ後、物好きな貴族の子息子女が王都で15歳から学ぶものだ。だというのに私は5歳から4年で魔法の基礎を詰め込まれたのち、2年前から父による魔術具の授業が始まった。おかげで基礎の授業はほぼ寝ていても試験はパスしたが、いくらなんでも早すぎる。もう少し遊べる時間があってもよかったのではないか。

だがぼやいていても始まらない。少し外に出て気分転換することにしよう。

「そういえば庭師が新しい花の話をしていたわね」

そう言って1階に繋がる階段に足をかけた所で私の記憶は途切れている。




気が付くと、私は知らない街のベンチで横になっていた。

「いたたた……」

頭が痛い。最初に考えたことはそんな他愛のないものだった。しかし、目の前の景色によって頭痛なんて些末なことは思考から排斥された。

「ここは一体……」

私は家の庭にいこうとしただけだ。それなのに目の前に広がる世界はどうだろう。馬もいないのに鉄の塊がたくさん走っている。火の魔術具が大量に動いてあたりを照らしている。魔力を供給している人間が見えないが、術者はきっと地中だろう。かわいそうに。みんな同じような輝く風変わりな魔術具をのぞき込んでいる。少なくとも私の住む街ではない。これが噂の王都だろうか。

向こうで誰かが話をしているが、相手はどこだろう。耳にさっきの石板を当てているだけで周りには誰もいない。石板の精霊と話をしているのか?最初はそう思っていた。しかし、石板の精霊を見ようとしばらく見いていると話は明日の待ち合わせ場所になった。自分の所有物と待ち合わせ場所など決めるものか。毎日が現地集合だ。明らかにあの石板の向こうに誰か人間がいる。だがやはり話の相手が見当たらない。あの石板、まさか音声を遠隔で伝達する魔術具か?あんなものがあったら戦いもだいぶ楽になるはずなのだが、伝書鳩の話しか聞いたことがない。それに、お父様の古今東西最新魔術具コレクションにあんな魔術具はなかった。何かがおかしい。父の情報は10年以上遅れているのではないか。帰ったら問い詰めなければ。いや、そもそもここは私の住んでいる世界なのだろうか?そんな疑念がふつふつと浮かんでくる。そう考えざるを得ないほど目の前に広がる光景は私の日常からかけ離れていた。しかし、私のやるべきことは見物ではない。

「とにかく家に帰らなくては」

そう言ってしばらく街の中を進んでいると、不意に後ろから声をかけられた。

「お嬢さん、今からいいものを見せて差し上げますよ」

誰だろう、この女は。鳩を肩に乗せているし妙な仮面までつけている。怪しすぎる……がそれはそれとして「いいもの」なんて言われたら気になる。これが研究を生業としてきたハンター家の宿命だ。どんな状況でも好奇心には勝てないのだ。

「いいもの?何でしょうか?」

私がそう聞くと、女は嬉しそうに口を曲げた。

「世紀の大魔術です!さあ、お立会いの皆様!私は今からこの鳩を消してごらんに入れましょう!この帽子には種も仕掛けもありません!」

女はそう高らかに宣言すると、鳩を帽子の中に入れた。はて、鳩を消す?転移の魔法陣か?だが生物の転移は高名な魔術師がいくら考えてもできない夢の魔法だ。こんな路地で披露するような魔法ではない。きっとハッタリだろうと思い私の興味は薄れかけていたが、どうやら女は本気らしい。面白い。見せてもらおうじゃないか。

「それでは行きますよ!ワン、ツー、スリー!!」

……妙な声とともに女は本当に鳩を消してしまった。きっと今鳩は別の空間に転移してしまったのだ。このような魔法どう考えても私の住んでいる国でできる事ではない。仮にできたとしても、こんな目立つところで見せるわけがない。悪用して国の実権を握ったり不正に財産を取得するか、王族に技術を提供して恩を売るかのどちらかで、普通の思考能力があればこんな魔術を公開するようなこと絶対にしない。それに周りの人間は驚いたような顔はしているが、常識が壊されたような顔はしていない。まるで見慣れた劇を見ているような顔で拍手をしている。どう考えても私の常識とはかけ離れている。「今まで住んでいる世界とは別の世界に飛ばされてしまったのではないだろうか?」という疑念はこの瞬間確信に変わった。叫びたくなるとかそういった次元を超えた衝撃を受けた私の意識は飛びかけていた。

「――おーい、マジックははじめてかい?こんなに驚いてくれた子は君が初めてだよ」

どのくらいそうしていたかはわからないが、女の声で現実に引き戻された。いつの間にか見物客はいなくなっていたし、女は仮面を外していた。こんな所で突っ立っているわけにもいかない。とにかく情報を集めて脱出方法を探さなくては……!!

「ここはどこですか!?私、気が付いたらここにいて……マジックってなんですか!?鳩を消すなんて見たことがありません!!」

私が恥も外聞も忘れて女に質問すると、今度は女が驚いた顔を浮かべつつも親切に教えてくれた。

「へっ!?ここはトーキョーって街だよ。てっきり君はコスプレしに来たガイコクジンだと思っていたんだけどな……マジックっていうのは私がさっき見せたような不思議な見世物のことだよ。やり方を教えるわけにはいかないけどね」

トーキョー?聞いたこともない。それにしても、やはりやり方は秘密か。だが今はやり方よりも帰ることが先決だ。だが、見たこともない土地からどうやって帰ればよいのだろう。今は雨と風がしのげる場所を探さないといけないかもしれないな。今度は女が難しい顔をしている。なんだろうか。

「君、もしかして記憶喪失なの?うーん、これも何かの縁ね。記憶が戻って帰れるようになるまで泊めてあげてもいいよ」

「へ?」

急に何を言っているのだろう。確かに泊めてもらえるのはありがたいが、見ず知らずの少女を保護するなんて怪しすぎる。いったい何を考えて――

「怪しいだなんてひどいなあ。君、途中から全部口に出ていたよ?」

女は頬を膨らませながらそう言った。口に出ていた?とんでもない失態だ。

「うっ、申し訳ございません。どこから出ていましたか?」

「確か、鳩を消した時から何かつぶやいていたよ。はっきり聞こえるようになったのは君が矢継ぎ早に質問した時からだけどね」

なら、私が別の世界からやってきたことは多分バレていない。まだ大丈夫。「私はさっきまで別の世界にいて気が付いたらここにいました」なんて到底信じてもらえるとは思えない。隠しておいた方が無難だろう。私だってそんなこと言われたら自分の耳を疑うし、次にそんなことを言った人間の頭を疑う。ここで記憶喪失ではなく精神を病んだ少女だと思われてしまった瞬間詰みだ。そんなことを考えていると、女がこちらをのぞき込んでいた。

「それで、どうするの?うちに来るの?来ないの?」

こんなおいしい話疑うべきだが、頼るしかない。騙されたときはその時だ。確か最終課題用に作ったおもちゃが飛び出す魔術具があったはずだ。そいつで女をひるませてその隙に逃げよう。私は頭を下げた。

「お願いします。泊めてください」

女はニッと笑った。

「よろしくね、お嬢さん。それと私は女じゃなくて、天野雪だよ。ユキって呼んでね。自分の名前はわかる?」

女――いや、ユキはこちらの返答を待つようにじっとこちらを見ている。私は今日から記憶喪失の少女だ。名前だけ憶えているなんて不自然なことを言う必要もない。そう思った私は頬に手を当てた。

「名前も覚えていませんの。困りました」

ユキは少し考えこむと、私の瞳をじっと見つめるとこう言った。

「それなら、君はエメラルドちゃんでいいかい?君の瞳はきれいな緑色をしているからね」

私、アイリス・ハンターはこうして女——いや、ユキの家でエメラルドとして居候することになった。何もわからない状況だが、行き先は鳩を消せる女の家だ。きっと楽しいことが待っているに違いない。私はそう確信した。

「エメラルドちゃん、家事全般は頼んだよ」

「……ええ、お任せください」

なるほど、だから家に招いたのか。この世界の家事事情はどうなっているのか一抹の不安を覚えたが、私は胸をたたいた。

ミステリは第二章以降の予定です。期待してた人はごめんなさい。

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