二人の殿下
「殿下がた……」
男はテラスのテーブルで向かい合わせに座り、仲良くお茶をしている兄妹に呆れた声で言った。
「どちらのこと?」
見目麗しい男女二人の殿下が同時に呼びかけた男の方を向いた。
声を出したのは王女の方である。
呼びかけた男は一度ため息をつくと、大きく息を吸って強い口調で言った。
「お二人のことです!ワタクシ複数系で申し上げましたよね?」
すると王女は悪びれる様子もなく口を尖らせた。
「もー。すぐに怒るんだから。それでなぁに?お話があるのでしょう?」
首を傾けて、目をパチパチする様子は愛らしいが大変あざとい。
しかし、これが彼女の計算された仕草であることをこの男は昔から知っている。
「王女殿下、それが私に効果のないことはわかっていらっしゃいますよね?いい加減、お二人とも婚約者候補を決めてください。候補者の方々との交流も始めていただかなくてはなりません」
二人の殿下は婚約の話が出るとそっと体の向きを変え、男に背を向けた。
この男、彼らに仕える執事グイードは、王子の執事という役割だけではなく、国王からこの二人の教育係に任命される有能な男である。
「そんなのそのうち勝手に決まるだろ?向こうが何か言ってきたら、こちらに話が来る前にお前たちが吟味するんだ。私たちが動く必要はないだろう」
王女との様子をおとなしく見守っていた王子が口を開いた。
グイードは、自分に背を向けて庭を眺めながら優雅にお茶を口にした王子にもやはり呆れた声しか返せない。
「王子殿下。あなたはそういう言い訳をして、社交を避けているだけではありませんか」
この王子、ぎらぎらとした目で自分を狙ってくる令嬢への対応が面倒くさいという理由で、公式行事以外にはめったに姿を現さない。
そして公式行事に姿を現しても基本的に王族として用意された席に座っているだけである。
「私には妹がいれば充分だからな」
「まあ、お兄様ったら。ふふっ」
麗しき兄弟愛、兄に至ってはシスコンのような発言だが、彼も単にこの話を早く切り上げたいだけである。
そのためならこの程度のことは公の場でも平気で言いだす確信犯である。
あまりにも何度も発言するので、一部では本当にシスコンなのではないかと噂されるほどだ。
そもそも、この兄妹はバカではない。
全てわかっていて、その上でこの場をやり過ごそうとしているだけである。
「仲が良いのは大変結構でございますが、お二人は結婚できませんからね。あなた方は未来のこの国を背負っていかれるのですから、その覚悟をそろそろ示していただかなくてはなりません」
グイードは教育係らしく彼らに自覚するよう促した。
「相変わらず、かたっくるしいな」
苦笑いを浮かべた王子が、再びお茶に手をつけながら答える。
彼らがこちらを見ずに背を向けたままなのは、正面向かって話したらグイードに敵わないとわかっているからだ。
グイードが彼らの正面に回り込んでしまおうか考えていると、持っていたカップを置いた王女が振り返った。
「ねぇ……私たちに決めてって言ってくるということは、相手は誰でもいいのよね?」
何かを思い付いたように王女殿下が言った。
「そうですね。決めてくださるなら結構ですよ。王女殿下は降嫁されるも他国に嫁ぐもいいでしょう。王子殿下におかれましては、国庫が維持できる限り、一夫多妻制のこの国では将来何人の女性を迎えても構いません」
「そうなの……。わかったわ」
何かの条件を飲み込んだような返事だが、状況は何も変わっていない。
「何をわかったのですか、王女殿下」
グイードが突っ込む。
ここで突っ込んでおかないと、この話はまたうやむやにされてしまうと思ったのだ。
グイードという男も抜かりはないのである。
ところが、彼の予想に反して王女は続けた。
「私、候補者を広く公募するわ。勝ち抜き戦で選考して、最後に残った方と結婚いたします」
「……は?」
グイードは王女の発言に思わず素っ頓狂な声を上げた。
そして一瞬だけ眉間にしわを寄せたが、すぐに能面のような表情に戻す。
「きっと有能な方と婚姻関係を結べるに違いありませんわ」
王女が、ちゃんと考えてますよ、すごいでしょう?と胸を張っている錯覚でもしそうな堂々とした発言である。
「それはおもしろそうだな。婚約しても正妃にするか側妃にするかはすぐに決めなくてもいいのだよね?何人でも娶ることができるんだから、いい人がいたら、全員と婚約すればいい。折角だ。まとめて公募しようじゃないか。準備を頼む」
そこに王子も便乗を申し出た。
王女との話の端までしっかりと聞いて発言しているところはさすがである。
そこまで言われてしまってはグイードも引くことはできない。
一応前向きな発言なのだ。
ここは頑張るしかないとグイードは悟った。
「……いいのですね?」
「ええ。楽しめれば満足よ」
「かしこまりました。準備いたします」
こうしてこの国始まって以来の公募による王子殿下ならびに王女殿下の結婚相手選抜が行われることに決まったのだった。