19-失った人、手に入れた人
「それじゃあ私たちは買い物に行ってくるから。お花は机の上に置いてあるから持っていってね」
「はい、ありがとうございます」
弥恵の実家で迎えた2日目。実奈さんは茂男さんの運転で駅前まで買い出しに。僕たちはこの後父のお墓参りに向かいます。
実奈さんたちを見送ったあと、荷物をしっかり持って弥恵と家を出ます。今日の空模様はあいにくの雨。お墓を掃除する手間は省けましたが、晴れの方が嬉しかったですね。
「これは今日のお祭りは中止になりそうですね」
「ん……残念」
「皆にも会いたかったですからね」
お祭りにはほぼ全ての人が来ると言っても過言ではありません。だから中学のクラスメイトたちに会ういい機会だったんですが。さすがに一人一人訪ねるのは時間的にも厳しいですから。
「……私はかずくんがいればいい」
「何か言いました?」
「な、なんでもない!」
何やら小さな声で弥恵が呟いていましたが、雨音にかき消されてしまいました。まぁ、本人がなんでもないって言っているからなんでもないんでしょう。
それにしても雨だけで助かりました。雷が鳴っていると確実に弥恵が怖がりますからね。正確には雷が落ちる大きな音が鳴ると、ですか。怖がっている弥恵も可愛いんですが、精神的に色々と大変だから遠慮したい所ですね。
そんな他愛もない雑談をして歩いていると村唯一の墓地に着きました。たくさんの墓石がある中、僕たちは父のお墓の前へ。
「雑草すら無いですね」
「たぶん村のみんな」
「ですね。本当にここはいい村です」
夏場にも関わらず父の墓周り、さらに言えばこの墓地全体が雑草1つありません。村人たちがこまめに除草しているんだと思います。
「「……」」
持ってきたお花を供え、手を合わせます。父に報告したいことは色々とありますが、簡潔にまとめておきましょう。
「私は外で待ってるね」
「はい、ありがとうございます」
手を合わせた後、弥恵は一足先に墓地の外へ。僕に気を使っていつもしていることですね。そのことが純粋に嬉しくて胸が暖かくなります。
「最近やっと父さんに追いついてきたよ。まだまだ父さんの方が美味しいけどね」
昔の口調で父の墓石に語りかけながら、紙コップを供えます。中に入っているのは魔法瓶に入れて持ってきた僕の淹れた紅茶です。紅茶は1番大きな父との思い出でもありますから。
僕も同じ紅茶を1口飲みます。自画自賛ではありますが、かなり美味しいです。ただ、僕の記憶の中にある父の紅茶はもっと美味しかったです。美化されてるかもしれませんが、そうだとしてもいつかきっと超えてみせます。
鼻に抜ける紅茶の香りを感じながら父と過ごした日々を思い出します。もちろん僕も幼かったのでつぶさに思い出せばしませんが、それでも漠然と楽しかったことを覚えています。
「……また来ますね」
懐かしい思い出に浸るものの、弥恵を待たせていることを思い出し別れの言葉を告げます。墓地を出ると僕のことに気づいた弥恵が駆け寄ってきました。
「もういいの?」
「はい」
「じゃあ、帰ろ?」
弥恵が差し出す手を取り、2人で帰路につきます。雨で少し冷えた僕の手に対し、弥恵の手はとても暖かいです。
大好きだった父を失ったこと自体は不幸だったと僕自身思います。父には生きていて欲しかったという気持ちはもちろん今でもあります。
ただ、不謹慎かもしれませんが、父を失ったおかげで新たに大切な人が増えました。今一緒に暮らしている弥恵もその1人です。父を失ったからこそ手に入れた弥恵たちとの縁を考えると総合的には幸せだったと言えるのでしょうか。
「かずくん?」
「いえ、行きましょう」
「ん」
少しだけ立ち止まって振り返った僕に不思議そうに弥恵が声をかけてきます。それに首を振ってなんでもないと伝えるとまた前を向いて歩き始めます。
父が生きていた仮想といない現実。どちらがより幸せだったのかは分かりません。それでもこれだけは胸を張って言えます。
父さん。こうして僕の手を握りしめる温もりを感じられる今、僕はとても幸せです。




