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思う、復讐

 ある日突然知らない世界に連れて来られたら、絶対にパニックになるよね。少なくとも、私はそうだった。話している言葉が分からない、通じない。海外とも違うファンタジーの世界なんて、いくらそんな物語が流行っていたって、いざ自分が体験したらたまったもんじゃない。


 だって、結局死んだから。


 見付けて貰えただろうか、私の亡骸は。それとも、存在自体が無くなってるかな。でももし残っていたら、きっとその内とてつもない異臭がする筈だから、嫌でも気付くとは思う。でもね、それがいかに酷たらしくても、惨めたらしくても、関係ない。だって、そのおかげで私は元の世界に戻って来られたから。そう、私は勝ち組なわけ。考えても見てよ、私が二度と行かないファンタジーの世界で、誘拐犯の居る世界で、私の存在がどうなろうと、当の本人が元の、戻りたかった世界に帰って来られた。それってどう考えても勝ったでしょ。


 …誰にって?そんなの、決まってるでしょ。


 誘拐された時、夢かと思った。でも、私はあの世界で少なくとも七日間生きていた。それ以降はもう意識が無かったから、生きていたのか死んでいたのか分からない。けどこっちに戻って来た時、ローカルテレビや新聞に載っていたし、家族は捜索願を、会社にも無断欠勤を丸々一週間して、大変な迷惑と騒ぎになっていた。結局、誰かに連れ去られたけど、気付いたら此処に居たって事で、警察は処理、引き続き犯人を捜す事になった。一生かかっても見つからないと思うと、死んでも口には出来ないから、よろしくお願いしますとだけ告げた。家族はめちゃくちゃ心配して、一人暮らしを止めろと言ってきたけど、何とか説得した。会社も事件に巻き込まれた私を心配してくれて、無断欠勤はチャラにしてくれた。ほらね、どう考えても勝ったでしょ。私は戻って来た。そして、また平凡だけど何にも代えられない日々が始まったんだから。


 一度だけ、同じ時期に行方不明になった子が居ないかネットで調べたら、直ぐに出てきた。都会の高校生だって写真が出ていて、名前も載っていた。彼女の事は全国ネットの放送で大々的に放送されたようで、日本全国の人が心配しているようだ。そうだね、彼女は今、誘拐犯達と一緒に居るから、心配しちゃうよね。でもね、残念ながらきっと彼女は戻って来ないよ。彼女が死んだとき戻ってくるのかもしれないけれど、きっとその頃には彼女を覚えている人が一体どれだけ居るかなって状況じゃないかな。


 だって、直ぐ死ぬとは思えないから。


 誘拐犯は、可愛らしい彼女をとても大切にしている様だった。それが何なのか、ずっと部屋に監禁されていた私が知る筈もない。でも一番最初、一緒に居た彼女は誘拐犯達の言葉を理解し、その言葉を話していたようだった。その事で誘拐犯は泣く彼女を優しく慰め、連れて行った。そう、連れて行ったのだ。その日の夜、遠くから見た彼女は、もう笑っていた。


 彼女の話はそれしか分からない。だから私の話をするけど、正直気分の良いものじゃないからね。


 気付いた時、石畳の上だった。先に起きていた彼女は、立派な格好をした若い男の誘拐犯と話ていて、既に泣いていた。良く分からない状況の中、周りを見回しても違和感しかなくてパニックだった。でも人って咄嗟に動けないもので、その場でただ茫然としていた。そうしている間に、彼女はその若い男の誘拐犯と他に居た数名と一緒に居なくなった。残された私は出て行った方と、床を何度も視線を往復させるだけ。頭が追いついてなかった、その一言に尽きる。どれだけそうしていたかも分からない状態だったけど、その後何とか立って扉を触ったけど、押せども引けどもうんともすんともしなかった。その時、窓も無い、ろうそくの明かりも僅かなこの場所に置いて行かれたと理解した。


 目に入っていた筈なのに、起きた事も知っていた人が居た筈なのに。


 何度も扉を叩いて、大声を出した。パニックが更にパニックを引き起こし、泣き叫んだ。でも、私がそこから出されたのは、叩きすぎて手が麻痺して、声も涙も枯れた頃。何分、何時間経ったかなんて分からない。でも、外に出たのは夜だった。出た時、地下だったのだと知った。


 私を外に連れ出したのは、彼女と一緒に出て行った中に居た金髪の男だった。何か喋っていたけど、何も分からない私は、何となくでついて行った。私より若い彼は時折ため息を吐いていたから、きっと嫌味の一つや二つを言っていたのかもしれない。面倒を掛けて、と。でも、そんな事私の知った事じゃない。勝手に連れてきておいて、閉じ込めてい置いて、ため息を吐かれてもどうしようもない。だから、私はただ、その彼に着いて行った。その時だ、彼女を見たのは。


 立派なファンタジーに出てくるようなお城のバルコニーで、連れて行った筆頭の若い男の誘拐犯と楽しそうに語り合っている様に見えた。でも、私には関係無い事。直ぐに顔を逸らし、金髪の後に続く。本物の馬車に乗り、お城とはいかないものの立派な屋敷に案内された。金髪が執事やメイドの様な格好をしている人間に何か話し、その後私に向かって何か言い、去って行った。


 執事やメイドの格好をした人達が、私に何かを話すが、やっぱり何も分からなかった。私は屋敷から外に出され、敷地の奥に在った小さな小屋の様な場所に連れて来られた。窓は天窓だけの、立派な屋敷には似つかない部屋。そこでまた何かを言われ、扉を閉められた。


 部屋には一応、トイレと思わしきものがあった。後は木の桶に入った水とカチカチのパンだった物が数切れ。それだけ。小屋、部屋、何と言っていいか良く分からないその小さな空間で、私は七日間生きた。その七日間、抜け出せないかと試した事もあった。無駄だったけど。扉を叩いたりした事もあった。誰も来ることは無かったけど。執事やメイドの格好をした人達も、金髪も、彼女も。毎日天窓から差し込む光で朝を知り、日が経つのを知る生活。パンだった物を食べ、限られた水を飲み、腹を下す毎日。生き地獄とはまさにこの事かと、思わずにはいられなかった。


 私は世間一般的には太っている。めちゃくちゃ太っているという訳じゃないけど、決して痩せていない。それに美人でも可愛くも無い。ブスだと言われたことや、他にも容姿で何かを言われたことは今まで無いが、年齢も30を超えている。だから彼女の様に庇護欲をそそる様な愛らしい容姿も、歳でもない。だから何日か食べなくても、図々しく生きて居られると思ったのかもしれない。生憎普通の人間なので、七日が限界だったけれど。寧ろそれだけ持った方が奇跡だと思う。人間、意外としぶといものだ。


 七日目を迎えた日、あ、遂に死ぬんだって思った。漸く地獄から解放される。そう思った時、家族や友人達と楽しく過ごした思い出が走馬灯の様に流れて行った。幸せだった。喧嘩したり、文句言ったり散々したくせに、それでもこんな所と比べようがない程に。


 もし神様が居るのなら、私を元の世界に戻してください。家族を大切にしますから。友人を大切にしますから。会社の人達の文句も控えます。もう少し充実した日を送れるように努力しますから。だからどうか。どうか…


 死に行く時、何度もそれを思っていた。彼女達の事なんか、思っている余裕は無かった。冷たいかもしれないけど。戻ってきて落ち着いて初めて思い出して、此方で必死に探しているご家族達に気の毒に、と心から同情したし、彼女は大丈夫だろうかとも思った。もしかしたらちゃんと戻って来られる方法があるのかもしれないけど、それを聞く人も、やり方も私は知らない。だからあの笑顔を見た時、例え嘘でも笑えるだけの状況が彼女には有ったのだと思っている。そう、思い込んでいる。


 そのくらい思う事は許されるよね。お互い名前もろくに知らないし二度と会う事も無いだろうけど、私も一日本国民として、心配はするよ。幸か不幸か、たった七日間ではあったけど、私も同じ様な場所に居た存在だから、きっと他の人よりは覚えていると思うから。


 私は貴女だけが連れて行かれた時、あの笑顔を見た時、生き地獄を味わった時、()()()()()()()()()()()が消えてなくなればいいのにって思ったんだ。結果として()()()()()のは私だったんだから、そっちとしても万々歳な筈だから、勝ち組だってこっちで勝手に思うくらい、許してくれるでしょう?


 ()()()()はきっと幸せなんだろうから、()()()()()人間の事なんて直ぐに忘れて何も考えなくなる。それでいいよ、そうしなよ。私もその内世間よりは長く覚えて上げた後に忘れるからさ。


 ()()()()()人間の、思う程度の復讐(ザマアミロ)と、忘れる事の復讐(ザマアミロ)なんて、痛くも痒くもないでしょう?

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