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専門家

 鬼を三人が囲う。エート、リュウテツ、ギリタである。

 「こいつがナミリとはなマルバが変装だったのにも驚いたが、こっちもにわかには信じられねぇな」

 「前に手合わせしたしな、挙動に交じる柔剣術の筋がそれだったな」

 「まあ弟子の動きを掴めなんだら師匠失格よ」

 「そんなもんか?」

 「しかし、これは鬼であって鬼ではないな」

 「そもそも鬼つーのはなんなんだよ」

 

鬼は呪い。鬼は怨み。鬼は毒。鬼は自然。古来変わらずそう伝えられる。喩えであると。

 しかし違う。呪いは漂い怨みを喰らう。怨みを喰らえば毒になる。毒を喰らえば鬼になる。鬼は人が呪詛を生み出した頃よりの現象である。人は己の邪を抑えられず剰え人の敵を作り出す。それは自然的現象であるとそう伝えているのである。性であると。

 

 「呪術家滅べ。なんだそれ迷惑にも程があるだろ」

 「まあそれはそれとしてこいつはちと違う」

 エートがそう言うとリュウテツは訥々と話し始めた。

 「鬼の種と呼ばれる毒を、人為的に生み出す実験が二ツ木で行われているという話があってな。俺はそれを調べる任で来たんだ。が、その途中で見つけた久々の愛弟子が盗賊なんぞやってるしよ、寄り道気分で見てたんだがな...」

 「良くも悪くも大当たりだったわけだ」

 「ご愁傷様です」


 「んでどうすんだこれ」

 「おそらく毒に呪詛を掛けて作られたものを飲まされたんだろう。怨嗟が足りないから不完全で弱い。解毒すれば呪いも解かれて元に戻るはずだ」

 「ずいぶん詳しいなエート」

 「昔少し呪術を教わった時、蛙で似たようなことをやったことがある」

 「さすが専門家だな」

 「専門家なのかおまえ」

 「仲間内ではこいつは鬼殺しの坊と呼ばれている」

 「さて鬼だ殺すか」

 「まてまてまて」



 エートが拾われて間もなくそれは判明した。

 王国領府より南に広がる峰を越え継川という巨大な運河を渡ると仙山と呼ばれる地帯にたどり着く。人界より隔絶された森の木々のその中で、ただ一人庵を構える男がいた。男は薬師であると同時に毒の大家であった。その名をレイシュウという。そこに久方ぶりの来客があった。頭領である。脇にはまだ歩いて間もない程の幼子が抱えられ手足をバタつかせていた。

 「久しいな頭領。あのときの子がそれか」

 「ああまだ生まれて間もないというに忙しなくて敵わん」

 「全く親のようだな」

 「茶化すな。して伝えにあった発見とはなんぞや」

 「ふむ、まずはこれを見て欲しい」

 レイシュウは頭領の前に小さな壺を置き小脇から片手ほどの筒を取り出した。

 「この壺の中にはあの時倒した鬼の血が入っている。知っての通り生けるものであれば余すところなく腐食溶解させる猛毒だ。今だ固まりもしない」

 「ああ、その一滴でさえ脅威だ」

 「その血を少なからず浴びたこの子が痣程度で済んでいる理由がこれだ」

 レイシュウはその手の筒を開け中身を壺に注いだ。瞬く間である。瘴気を帯びたその暗黒の液体は雲の晴れるように色味を失い終ぞ壺の底を映し出す。頭領は驚愕のまま硬直する。

 「この筒に入れていたのはな、この子の血の固まったその欠片よ。厳密にはそれを水に溶いたものだがこの威力だ。そんな物を巡らす体に痣を成したのだから鬼もさぞ満足であろうよ」

 「しかし、これはいったい...とてつもないことだ」

 「他の毒でも試したが一様に水になった。理屈は分からんが変化というよりはそのものが置き換わるようだ」

 「なんと」

 「して頭領、血脈はどうなった」

 「洗ってはいるが、難航している」

 「光明はこの子だけか。こうなればこの子に我らの技を叩き込み、鬼への一石とするほかあるまいて」

 「これも此奴の運命か」

 後に鬼殺しの坊と呼ばれる男の英才教育はこうして決定づけられたという。



 「俺は体質で毒が効かない。そのせいか俺の血を鬼化したものに飲ませると元に戻る事が解っている」

 「すげえな、てかタダリの毒簡単に飲んだのもそれでか」

 「しかし面倒なのはここからだ。元に戻る際に漏れなく暴れ回る。正味三分というところだがその間力が三倍になる」

 「いやいやいや、聞いてねえぞなんだそれ」

 「しかし現状他に方法はない。ちなみに蛙でも三倍はなかなかに手ごわかった」

 「そうか、わかった。俺の弟子だ俺が責任を持って止めよう」

 「ちょ、ちょっとまってろバリも呼んでくる」

 ギリタは倒れたニルジのもとに駆けていった。

 「ところでラジムとかってのは何処行ったんだ」

 「...逃げたかな」


 ラジムは駆けていた。鬼の一撃を躱しその敵意が自らに向いてないことを察知すると、なめるように音もなく受け身を取り即座に気配を消していく。その足からは重力を感じない。そうしてこともなくその場から姿を消すのが売りである。鬼の来た通路を一人進み迷いなく道を選ぶ。人の気配の残滓を辿る。ラジムはそれを臭いと称する。これも売りである。ラジムの追う残滓は既知のものであった。辿るほどそれは濃くなり確信する。やつが居ると。そして核心へとたどり着く。

 「やっぱりてめえか爺ぃ、碌でもねえもんばかり作りやがって」

 視線の先に小柄な老人、とその一団が振り返る。

 「お知り合いですかなアジムどの」

 アジム・ラムダロパ。近代における太国の貿易の八割を握る大商会の会頭にして創始者。齢百八にして今だその辣腕に衰えはない。

 「なに数おる孫の一人じゃて。しばらく前に家を出てそれきりの放蕩よ」

 「おやおやラジムここで会おうとは脚本が違うじゃないか」

 そこにタダリがいた。

 「タダリ、お前か、なるほどなお前が仕組んだのか」

 「殺気を放つ理由がわからないね。僕の仕事の邪魔をしないでくれるかな」

 「あの化物は後々国を乱す。ここで断たせてもらおう」

 ラジムは剣を抜いた。その刀身には精緻に文字が刻み込まれている。太樹に住まう鳥たちはその実によって生かされる。太樹に住まう鳥たちはその御の守護を託される。太樹に住まう鳥たちのその身は太樹と共にある。聖翼会。彼らは太国を太樹と自らを鳥と称する。その思想体系は懐古主義に近く時代の革新を憂う。平安こそを望む旨を並べるものの、その岐路に立って各々が直接闘争を開始することの多い。己の家業がまさに時代の機微に触れるものだった為か、ラジムは若くして傾倒していった口である。

 タダリは道を開けるように脇に避ける。

 「困ったものじゃ」

 アジムは向き直しラジムを背に払うように仕草する。

 ラジムは重く踏み込み刃を立てて飛び掛かる。その刃はすんでで届かない。ラジムの体は宙で静止する、その体から四方に槍を生やして。タダリはラジムの手から滑り落ちた剣を拾いまじまじと見つめ、その首を刎ねた。

 「なかなかいい剣だ」

 

  

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