盗賊っておまえ...
夜も深くなる頃エートは外に居た。黒衣に身を包み、気配を殺して物陰に潜みある建物を眺めている。
寝ずの街ともいわれる繁華街にひときわ目立つ建物がある。大黒天商会という街の流通をまとめる商業組織が所有する大店である。店の表と裏で建築も分けられて業務が異なり、表は金融窓口で2階までをその業務に当てている。裏は街道に繋がり物流倉庫を担っている。3階は会員制の賭博場になっていて、1階金融窓口横で私兵が立つ昇降機で昇る仕組みになっている。そして4階が商会本部とされており専用の昇り方があるらしい。
なぜこれを眺めているか、それは先刻見た求人に関係する。曰く盗賊団がこの建物を襲撃する予告状が届いており、有資格者に限りその警備等人員を募るというものであった。資格というのはいわば公的用心棒を認めるもので役場にて試験の後発行されるものらしい。
しかし、エートの目を引いたのは求人ではなくその予告状に描かれた印である。その印には模様のように字が配されていた。これは印様記号という隠密の者同士で使われるもので、常人には読むことはできず模様にしか見えない。そこには盗賊団の手伝いを募るものが書かれていた。
”手練求む“てか、集合ちょうどこの後だし...
頭領がそれぞれの食い扶持とか言ってたが、まさか盗賊とはなぁ。
エートは潜んでいたその場から離れ印様記号に記された場所へと向かった。
集合場所は向かった場所にある新たな記号を辿ることで複雑に路地裏を伝い誘導された。その先にあったのは、四方を建物の背に囲まれた広場であった。
そこには既に五人到着しており皆様式は違えど黒装束である。その内三人は知り合いらしく固まり、残り二人はそれぞれ距離を取っていた。
「お、見ない顔だなあんたもバイトか?」
三人組の内の一人の男が声を掛けてきた。
「ああ、少し前にこっちに来たばかりなんだ」
「そうなのか、じゃあ気を付けるこったな」
「?」
不意に微かに空気が割かれる音、鋼鉄製の槍が地を穿つ。頭上から来たそれを瞬時に半歩飛び退き回避したエートは、既に空を仰いでいる。しかし、辺りには変哲無く夜空が広がるばかり。
その槍を掴み引き抜こうとしたその時、石突に着地する者が一人。間髪を入れず石突の軸足をそのままに高速で旋回し蹴りを放つ。エートは片腕で受けるも槍を掴む手は離さない。
その者は反動から着地すると同時に、取り出した小刀を両手に体を捻り構えた。
柔軟な肩を駆使し鞭のように振り掛かる小刀は、宛ら残像を残し縦横無尽に襲い来る。
エートは槍を離し五撃躱し見て距離を取った。
「柔剣術か、その筋は憶えがある、お前の師はリュウテツと言わないか」
「...」
「まさかこの盗賊団てのもリュウテツが率いてるのか」
「師はそのようなことはしない」
「その声あんた女か」
「問答は無用だっ」
「そこまで」
女が攻撃を継続せんとしたその時、止めが入った。その声に目をやるといつの間にか長身の男が立っていた。
「ナミリ、お前の負けだよ左足を見てみろ」
「なにをっ」
その男がナミリと呼んだ女の左足首には極細い金属線が何重にも巻き上げられている。月明かりに反射して姿を見せたその線は、槍に掛けられ鋭角に軌道を変えた後エートの袖へと続いていた。
「恐ろしいね、彼がその気になれば明日から杖暮らしだ」
「いったい、いつの間に...」
「たぶん初撃の蹴りを受けられた時だよナミリ、彼は槍を放さなかった。どう絡めたかまでは解らなかったがね」
「ご明察、器用だろ。得意なんだこういうの」
「自己紹介が遅れたね僕はタダリ、こちらはナミリと言うんだ。試すようなことをしてすまなかった。お兄さん腕が立つね、見ない顔だが以前はどこで?」
「俺はエートと言う、物心ついた頃から陰暮らしで、これまで師を転々と回されてたんだ。この度晴れて独り立ちさ」
「生粋とは今時珍しいね、ナミリの師とは面識が?」
「リュウテツにはずっと前に二年ほど付いていた事があるんだよ」
「なるほど、これは心強い仲間ができたかな」
タダリがそう言って手を掲げると辺りの影が揺らいだ。
「仲間と言うには四方からの視線が穏やかではないな。何かあるのか」
「単純な話だよこいつを飲んでもらえればいいだけなんだ」
懐から細い筒を取り出すとタダリはそれを差し出しエートはそれを受け取った。
「これは毒だな、匂いに時也草の香りが混じっている」
「その通り、時也の遅効性からきっかり6時間後に死ぬよう調整してある。なにこんな仕事さ儀式みたいなものだよ。初めての人にはお願いしているんだ」
裏切れば解毒できず、計画が失敗してもおよそ死が待っている。しかし先程から至る所より向けられる殺意は断る選択肢を確実に消さんとしている。
「どうしようかな、面倒なことに首突っ込む趣味はないんだけども」
「ここに来てそれを言うのかい。それはその気になればここから逃げ果せる自信があると言いたいのかな」
「いや、別に逃げる必要も無いと思っているよ」
エートの目に揺らぎもないところを見るとタダリは徐ろに左手を上げた。辺りの影に潜む殺意が一層強くなり、集まった5人も警戒し始める。
「いや、お手上げだ。彼は本当にやってしまいそうだ」
不意に緊張が解かれる。
「ではエート、好きにするといいよ」
「いや、やらんとも言ってないよ」
そう言うとエートはその手に持った毒を躊躇なく飲み干した。
「これでいいかな、よろしく」
「...君は存外人が悪いようだ」
「会って間もない人に言うのも憚れるが、あんたに言われたくはない」
一番初めに声をかけてきた男がエートに騒がしく近づいて来ると肩を組んできた。
「すげえなお前、いい飲みっぷりだったぜ。エートか、憶えたぜ俺はギリタてんだよろしくな。向こう二人はいつもつるんでるニルジとバリだ」
そして囁くように続けた。
「安心しな俺も解毒剤を持ってる、後でやるよ」
ギリタを見ると片側を歪ませた顔でキメていた。
「あ、ああよろしく...」