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唐突な旅立ちと名前

 森を駆ける馬一つ、手綱を握る男はなにやら急ぎの用らしく必死の顔が伺える。急ぐ男の眼前に木陰で寝そべる男が一人。口に団子の串咥え実にのん気なものである。通り過ぎた馬上の男は崩れるように落馬する。馬は気づかず走り去る。落ちた男はピクリとも動かない。男の首には串一つ。

 

 「どうよ頭領」

 先ほどまで寝ていた男が串を引き抜き呟いた。

 まだ垢抜けずわずかにあどけなさの残る顔には右の頬から額にかけて薄暗い痣が点々としている。

 

 「上々だ坊、見事に脈を貫いている。こいつを燃して仕事は完了だ」

 いつの間に現れたのか倒れた男の懐から文を取り出す壮年の男がそこに居た。

 「この男はどうする」

 「転がしておいて構わん、わしらとは違うがこいつも隠密だ、面など割れようもない」

 

 二人は何事もなかったように歩き出した。

 「おい坊、お前わしに付いて幾つになる」

 「頭領に付いては五年経つ」

 「十二に付けたから十七か...そろそろだな」

 「なにがよ」

 「わしたちの食い扶持は基本的にお上から降りてくるがな、隠のこと故に太平の世においてはその数は必然減る訳だな」

 「何の話だ」

 「食ってけねえてことよ」

 「ああ、なるほど」

 「故にわしたちは任以外では群れんし日々の中でそれぞれの食い扶持を作っている」

 

 太国たいこく、7つの国を現国王が統べてより、様々な乱あって収めるたびにその支配と太平が深く根強いものとなって久しく、この世は揺るがぬ大樹の如き安寧を手に入れている。かつて国家暗躍に勤しんだ陰のものたちも、今では貴族の戯れがごとき小競り合いのこま遣い、そんな任が大半になっている。またそんな任でさえも仕えた者や名うてのものに回るのみ、それゆえそのほとんどの者が民草と変らず日々に勤しむ始末であった。

 

 「わしは頭だからな、いくらでも引く手はあるのだ」

 胸を張り笑う頭領を横目に坊は「世知辛い...」と呟いた。

 「つまり、俺も自立しろと」

 「そういうことだ。まあ、そのなんだ、わしらの技は全てお前に叩き込んだし、お前も頭抜けて伸びた訳だ。もうわしにつくこともなかろうて」

 思えば物心ついた頃よりこの頭領をはじめその仲間の下に回されて、技を叩き込まれてきた日々。方々に引き回されたが任と修行で旅らしい旅をした記憶もない。

 「何を急かしてんのかわからんが、頭領がそう言うなら俺もやぶさかでないぞ」

 「そうかそうか、ではなこいつをやろう」

 要領良く頭領は懐から片手ほどの麻袋を取り出した。中には数枚の金貨と手紙が一つある。

 「そいつは念樹の国に行ったら書いとる先に届けてほしい」

 「行くかわからんぞ」

 「行ったらでいい」

 

 そうこう話すうち道が開け街が見えてきた。

 

 「一つ言っておく。これからはどう生きようと自由だが、我らと王に反するなよ。その時命は無いと思え」

 「...ああとりあえずはそうしよう」

 「冗談ではないからな」

 「冗談だ」

 

 分かれ道に差し掛かり標識が目に入る。

 王国領府←ここより先→二ツ木領センバラン 

 

 「ではわしは報告せねばならんでここで分かれる。任あれば追って知らせる。達者で暮らせ若人よ」

 「ああ今まで世話になった頭領、親のない俺を育ててくれた恩は忘れない」

 「いい、忘れろ。業ゆえに名も付けなんだし俺も名乗らなんだ。これからは必要になる考えておけ」


 頭領は王国府へ、坊はセンバランへ向かった。

 

 日は暮れようとしている。頭領と別れ坊は当てもなくセンバランの街を歩いていた。太国における王国領の西に隣接する自治領は、その中心に二本の大樹が聳え立つことから二ツ木の国と呼ばれている。土壌も富んでいることから七領のうち比較的豊かな部類にある。そして王国領より伸びる国道から入口となるこの街は、領の郊外ではあるものの往来も盛んで昼夜問わずの賑わいを見せていた。

 

 俺には名がない。生まれてこの方必要ともしなかった。頭領が坊と俺を呼ぶものだから、みんなそれで坊、坊、坊だ。いい加減そんな歳でもないからどうかと思ってはいたが、すでに慣れてしまっているのもあって気にしてもいなかった。むしろ名を考えるのは悩ましい。

 

 何か己に特徴はないものか、そう思いながら坊はふと通りがかりの窓を見た。痣の掛かった顔が映っている。

 「痣、アザ、あーざー...」

 辺りを見回し人々を眺めるとぽつぽつと痣面が目に入る。痣を名にするのはやめよう、そう思った。

 「お客さん?」

 突然声を掛けられ振り返ると先ほど覗き見た窓の店から女が出てきた。

 「俺のことか?なにか?」

 「いやさっきからうちの店覗いてたでしょ?お客じゃないの?」

 「二ツ木憩いの宿、泊まっ亭...」

 見上げるとそれは半ば古民家のような古宿であった。

 「泊まるの?泊まんないの?安いよ?ごはん美味しいよ?」

 

 女は淡い茶髪を三つ編みにして短いシャツにスカートを穿き前掛けをしている。歳も若くはつらつとした雰囲気は商売の街である風土を感じさせる押しの強さを含んでいた。

 

 「ああ、まあいいか、宿も探してたし」

 「一名様ご案内」

 半ば流されて入ったその宿は、いい加減な名とは裏腹に年月は感じるものの小奇麗で落ち着いていた。女はカウンターに回ると帳簿を取り出した。

 「では名前を」

 「ああ、名ね、名、えーと...」(困った、早くも名が要る)

 「エートさんね」

 「え、ああ、そう、俺エート」

 「私はヤトリ、おじいちゃんが死んでからこの宿を引き継いでるの」

 「そうなんだ、俺この街に来たばかりで仕事を探してるんだけど何か無いかな」

 「一応求人は領府から配られてるものはそこの掲示板に貼り出してるけど、お勧めはしないかな」

 「なにか問題でも」

 「単純に危険なものが多いのよ、盗賊狩りだとかそういう小悪党絡みの。衛兵とかは余程がない限り動かないの」

 「へえ、そうなんだ」

 「栄えてる分人も多いしそういうことも起こるけど普通に暮らす分には平和でいい所よ」

 「参考になったよありがとう」

 「あなたの部屋は二階に登って一番奥よ」

 

 鍵を受け取り部屋に入ると寝台に転がった。

 「エートか...」

 天井を視界に思う、図らずも出てきた名だがそれなりに気に入ってることを。

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