第1話 帰領準備
早くも作風が壊れた気がする。
陽射しが暖かい四月の初め。
俺――バラード・マクレガンは、無事王立学院高等部を卒業する事が出来たため、自領であるマクレガン子爵領へと帰領する準備に追われていた。
――のだが……。
「本当に帰ってしまうのかい?」
寮の自室にあった数少ない手荷物を鞄に詰め、王都でのお土産を整理していた俺に、扉の近くからそんな声が掛けられた。
「あぁ」
少々ぶっきらぼうに思えるかもしれないが、事こいつらに至っては無礼だなんて気にしていたら、胃に穴が空いて治らなくなってしまう。
「いいのかい?」
主語を話せ。主語を。
こいつらは何かと主語を抜いて話す。
まぁ、それも仕方ないんだろう。
何せこいつらは一を聞いたら十答える前に、零から百を推測できるような馬鹿げた頭を持ってるんだからな。
『集う奇才達』。
いつからか、俺達第152期生の学生達に付けられたありがた迷惑な名称。
中でも『希少なる神才』と呼ばれ、多くの『天才』達に傅かれる存在である『神童』と呼ばれる者達は、俺の後ろにいる奴も含めて誰も彼もが本物の天才って奴だ。
「宮廷魔法士達は君の入隊を心待ちにしているそうだよ?
無論、僕もだ」
『賢者』マサキ・クロノス。
かの偉大なる魔法使い『大賢者』クロノスの唯一の弟子にして、次期『大賢者』と名高い天才魔法使い。
「やめてくれ。
俺にはお前のように優秀な魔法使いにはなれない」
これは本当に事実だ。
俺の内包魔力は平均かそれより少し劣るくらい。
間違っても、最上級儀式魔法を無詠唱で三日三晩豪雨のように叩き落とせるような化け物と比べたら、蛆虫と神様くらいの差がある。
「ふっ」
マサキは自嘲とも取れる笑みを顔に出した。
「君が優秀な魔法使いにはなれないだって?
馬鹿な事は言わないでくれ」
馬鹿な事を言ってるのはお前の方だよ、マサキ。
「この僕よりも遥かに多い内包魔力。
そして、この僕が学生時代に使う事の出来なかった不可思議な魔法。
君は天狗だった僕の鼻を折ってくれた数少ない『神童』の1人だろう?」
内包魔力が多いと勘違いしてるのは、入学式の魔力測定試験の際に、俺の前に測定したお前の魔力が俺の時になって測定器をぶち壊したから。
不可思議な魔法っていうのは、恐らく俺が小さい頃に生死の境をさまよった時に身に付いていた『危機感知能力』だろうから、気に病む必要はないだろうし。
天狗だったお前の鼻を折ったのも、模擬戦で勝手にそっちが盛大に自爆したから。
ほれみろ。俺が優秀な点は何一つないじゃないか。
「君が王都を出てしまったら、僕は何を目標にして励めばいいんだい?」
知るかよ馬鹿。
て言うか、お前達の修行に付き合わされる凡人の事をどうか気にしてくれないか?
なんで卒業試験が竜種の討伐なんだ?
馬鹿じゃないのか?
真剣に死ぬかと思ったんだぞ?
しかも誰だよ、地龍と土竜を間違えた馬鹿は。
王国最高学府が聞いて呆れる。
ミシェアが居なかったら、俺は今頃死んだ祖父の所で茶でも飲んでたかもしれないんだぞ?
「お前は俺より遥かに優秀な魔法使いになるさ」
これも俺の本心からの言葉だ。
なにせ、『大賢者』クロノスから自らの名でもある『時の英雄』の称号を貰ってるくらいだ。優秀にならない訳がない。
「ふっ、はははっ」
俺の言葉を聞いていた『賢者』サマは、これは面白いと言った風に突然笑いだした。
おいおい、大丈夫かこいつ。
何がそんなに面白いんだよ。
「くふふっ、ぐふっ。
ふ、ふぅ。いやぁ、すまない。
『眠れる獅子』からそんな言葉を貰えるとは思ってもいなかったからね、少し取り乱してしまったんだ」
お前は取り乱したら笑い出すような奴だったか?
いや、この6年でお前のことを詳しく知れた訳じゃないが、出来ればそんな奴とは関わり合いになりたくなかったんだが。
「そうか、そうか。君からそう言って貰えるとはね。
『眠れる獅子』お得意の、未来予知って奴かな?」
したり顔で言ってる所悪いんだが、その『眠れる獅子』って呼び名、どうにかならないか?
こう、心の内を掻き毟りたくなるし。子供の頃、近所の子供たちとやった『勇者と魔王ごっこ〜天地創造編〜』みたいな痛々しい思い出が蘇って来る。
てか、すごい今更なんだが『眠れる獅子』って何?
まさか、授業についていけてなくて自棄っぱちになって授業中に寝てたから付けられたのか?
そんな馬鹿な。
「確かに、これまで君の言うことに間違いはなかった。
ならば、ここから先は自分で努力をしろと言うことなのかい?」
ごめん。聞いてなかった。
勝手に自己完結してその内容に同意を求めるのやめてくれない?
お前たちの思考回路に付いていけないんだよ。
しかもなんだよ『俺の言うことに間違いはなかった』って。
正しくは『俺の言うことを全て現実にしてきた』って事だろ?
俺だってびっくりしたわ。
授業中、突然問題を当てられたから誤魔化し半分で窓の外を見ながら『何か来る』とか馬鹿な事言ったら、それを本気にしたお前たちが突然教室を飛び出して火龍を狩って来た時は、ビビリすぎて腰抜かしたよ。
何が『流石だ』だよ。
これっぽっちも火龍なんて認識してなかったぞ。
「あまりバラード様の準備の邪魔をしては行けませんよ、マサキ」
勝手に話を進めていく挙句、俺が付いて行けない所まで勝手に突っ走っているマサキをどうしようかと悩んでいたら、この国の第二王女であるミシェアの声がマサキの向こう側から聞こえて来た。
「これはこれは、『聖女』ミシェア。
恋する『獅子』に別れの口付けでもしに来たのかい?」
「な――――っ!?」
ぼふんっと、恐らくは顔を真っ赤にしながら口をパクパクしているミシェアの姿が容易に想像できた。
『聖女』ミシェア・ル・ガガリア。
ガガリア王国第二王女である彼女は、『王女』の肩書きとは別に『聖女』としての肩書きも持っている。
『賢者』程ではないが、一般より遥かに多い魔力と、人体に魔力を流すと言った高度な技術が必要となる回復魔法を無詠唱で使うことの出来る彼女は、いつからか人々から『聖女』の愛称で慕われるようになっていた。
学生時代も、彼女を慕って集まった女学生達が『聖王女治癒団』って言う、微妙にダサい名前の組織を勝手に作る程だ。
「な、な、なんて破廉恥な事を言うんですか!!」
ばっちーんと外にまで響くような音でミシェアがマサキの頬を右手で打ち抜いた。
おぉ。『賢者』に素手でダメージを与えた。
「いてて。ごめん、ごめん。
許してよミシェア、この通り」
そう言って頭を軽く下げて苦笑するマサキ。
美形ってこういう時役に立つよな。
『神秘的な中性』とでも言うべきか、兎に角マサキは綺麗すぎる。
女に間違われる顔つきもそうだし、丸みを帯びている体なんてどっからどう見ても女にしか見えない。
昔、マサキに性別を聞いた時は、
『あぁ、男の方が楽なんだよ』
なんて訳のわからない事を言ってた記憶があるが。
「もう。仕方ありませんね。『同士』のよしみで一度だけは許してあげましょう。
ですが、今からは私の番ですよ?」
「おーけー、ミシェア。
僕はみんなと一緒に北門の所で待つとするよ」
そう言ってマサキはミシェアを残したまま、ヒラヒラと片手を振って廊下の奥に消えて行った。
おい、待て。この脳内ピンク娘も連れてってくれ。
「バラードさま」
マサキが消え去って早速と言うべきか、さっきまでの凛とした態度は何処に行ったのか、娼婦顔負けの淫靡さでスルスルと俺の下まで近寄って来たミシェアを、取り敢えず片手を突き出して静止させた。
「どうかされました?」
こてんと首を傾げたミシェアの顔は、上目遣いで目元は潤み、頬は紅潮していてどう見ても恋する乙女と言った風だった。
これで『どうかしたのか?』なんて聞ける方がおかしいんだよなぁ。
昔、マヤが貸してくれた小説の一つに『鈍感系』なる主人公が出てくるモノがあったが、あれはどう考えても主人公の観察眼がおかしいだけの話だし……。
「バラードさま?」
おうおう、いけない。
取り敢えず、今はこの恋する乙女な王女様をどうにかしないと、対応を間違ったら子爵領まで付いて来かねないんだよな。
しかも、なんでこんな時に限ってナシアがいないんだよ。
お目付役がいらない気を利かしてんじゃねーよ、全く。
「いや、何でもないさ」
「そうですか?」
思わず抱きしめてしまいたくなるような庇護欲を掻き立てる仕草をするミシェアを見て、俺の理性はいつ迄本能に勝てるだろうか。
と言うか、それ以前に俺、ミシェアに惚れられ過ぎじゃね?
心当たりが多すぎて思い出せん。
入学当初に街中で暴漢から身を呈して守ったからか?
しつこい求婚をする上位貴族の子息と決闘して勝ったからか?
何かと勘違いで高成績を残してたからか?
邪神教団の生贄にされかかっていた半裸のミシェアを助けたからか?
卒業試験で危険度『伝説』の地龍に偶々勝てたからか?
それともそのほか諸々のイベントとやらか?
分からん。
心当たりが多すぎて分からん。
しかも、その内9割は勘違いだし。
残りの1割は偶々だし。
俺の実力でどうこうは0割なんだぞ?
「バラードさま。もう行かれてしまうのですか?」
「あぁ。悪いな」
「いえ、そんな」
ふるふると首を振りながら少しずつ近づいてくるミシェアに、『危機感知能力』が全力で逃げろと促してくる。
地龍の時ですら思考する余裕があった『危機感知能力』が発する警告が、今では煩いくらいに鳴っている。
「バラードさま。わたし、わたし……」
目は潤み、口は半開きになり、おまけにいつの間にか首元のリボンタイは緩められており、白い肌をした谷間を流れる一筋の汗が何とも言えない艶かしさを醸し出している。
「そこまでですわ! ミシェア様っ!」
後一歩踏み込めば重なるくらいの距離まで詰められていた顔が、バッターンと盛大な音を立てて開かれた扉に気を取られていた隙に、俺の隣に清楚然とした澄まし顔のままキリッとした表情で存在していた。
「何の事ですか? ナシア」
「ミシェア様。普通の従者なら騙せても、このナシアを騙し通せるとはお思いになられないで下さいね」
あれ? お前絶対扉の前で待機してたよな?
『魔女』ナシア・ガガリア。
現国王陛下の妹君を母に持つ大公家の長女。
ミシェアと同等の魔力を持ち、豊富な知識と柔軟な発想で『希少なる神才』に名を連ねている『神童』の1人。
ミシェアのお目付役兼補佐。
御年二十。未だ独身である。
「婚姻前の乙女が、しかも王族に連なる娘が殿方の部屋で雌の匂いを漂わすとは何事ですか!」
くわっと両眼を見開きミシェアを問い詰めるナシアの顔は、行き遅れた者特有の嫉妬が多分に含まれた般若のような顔だった。
「雌の匂い?
何を馬鹿な事を言ってるのですか?
ナシア。いくら貴方に嫁の貰い手が無いからと言っても、四六時中発情していては益々行き遅れてしまいすよ?」
後少しのところで邪魔されたからだろう。
ミシェアがナシアに返す言葉には痛いじゃ済まないような棘が含まれていた。
「なっ!? こ、このアマ――――ッ!!」
ナシアの額に青筋が浮かぶ。
「あらあら、図星ですか」
ニマニマと相手を嘲笑するミシェアの顔には、楽しくて仕方がないといった様子がありありと浮かんでいた。
さて、俺はこの辺りでお邪魔させて貰うか。
如何に後方戦闘員とは言え2人とも『希少なる神才』の一員だ。
ボヤボヤしてたらこっちが巻き込まれてしまう。
それに、これ以上ここにいるとまた面倒な奴らが来るとも限らないしな。
全く、友達だと言うくらいなら最後くらいは迷惑を掛けてくれるなよ。
まぁ、お前らが俺の事を理解してくれた事なんて無かった訳だが。
それにしても。あぁ、懐かしき我が故郷。
きっと俺の家族ならば、大層に持ち上げられた俺の過大すぎる評価に同情してくれるはず。
もう二度と最前線になんて立つものか。
俺、実家に帰ったら大人しめな妻娶って、父から子爵位を引き継いでまったりと過ごすんだ。
俺はそんな事を考えながら纏めた荷物を持って、帰りの馬車が来ている筈の北門へと向かった。
もうこれ以上の騒動は勘弁だと願いながら。
更新するとしたら21日の19時。