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―親愛なる竜騎士様へ―『異世界英雄シグマ』に落ちたもう一人の少女は竜騎士様を救いたい  作者: 結衣崎早月


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求婚へ

 スフェラード王国からの帰路では風対策を用意したおかげで、ジナル王国へ飛んで帰っても、今度は寒くならずに済んだ。

 花形職の竜騎士で英雄であるディルバートが始祖竜の宝玉を得て帰還したジナル王国は、主役の登場にお祭り騒ぎになった。

 この場合、主役はクーガーである。宝玉饅頭やクーガーの絵姿が国内のあちこちで売られており、もしひな子が知れば目を輝かせること間違いなしだ。

 しかしジナル王国に帰ったひな子は存外忙しく、まず真っ先にセダケミヤ伯爵夫妻と顔を合わせた。

 伯爵は薄茶の髪に焦げ茶の眼をした三十二歳の紳士で、ひな子に「元の世界に帰るまでは父親だと思って欲しい」と優しく言葉をかけた。彼には元の世界には帰れない、と打ち明ける必要があるだろう。

 伯爵夫人は金髪に青い眼の二十歳の女性で、商談から帰って来た頃に妊娠がわかったので「いきなり二人も子供が出来て嬉しいわ。年齢差はお姉さんだけど、お母様と呼んでも良いのよ?」と二十歳にして寛大な懐の持ち主であった。

 セダケミヤ伯爵夫妻を見れば、確かにひな子とディルバートの年の差などよくあることだと頷けるだろう。

 王城暮らしからテソロの町屋敷暮らしに変わったが、ひな子は本格的にレディーのマナーを学ぶ必要があったし、ディルバートは竜騎士の仕事が忙しく、特別進展もなくすれ違う日々だった。


「ねえひな子ちゃん、ディルバートに婚約したいって言われていたけどどうなってるの?」

「まだですよ! ディルバート様はやっぱりお忙しいみたいで……婚約の話なんて全然」

「そうよね、宝玉は伝説のアイテムだからディルバートが引っ張り回されるのも仕方ないわ」


 アイネ=クライネは誓約書から解放されたことを期に、国家レベルの負い目を刺激しまくって、スフェラード王国から最大級に範囲の広い通行許可証をもぎ取った。

 国境を越える距離の転移は魔力消費も激しいが、賢者の魔力であれば一日一往復できる。

 ひな子がジナルに帰ってもベトラーズ対策に協力する為に、こうしてスフェラードの研究塔とジナルのテソロ城を行き来しているのだった。


「でも昼間は自由に過ごせるので、スフェラードに来ていると気づかれませんから、寂しくても助かる部分はありますね」


 婚約者になれば挨拶回りも必要になるし、お茶会などの社交も必須になってくる。


「ふぅん。ノロケちゃって、面白くないんだ~」


 アイネ=クライネが口を尖らせてからかうと、ヒナコが手のひらに出していたジェリンが溶けるように消えた。

 ストップウォッチ代わりのスマホの画面をアイネ=クライネが叩いて止める。二分五十八秒。


「ヒナコ様、ジェリンはどれくらい維持できるようになりましたか?」


 ビクトールがタイミングを見計らったように実験階から降りて来た。


「あぁ、えと……四分が限界です」

「それもリラックスしている時に限るわね。ディルバートの話を振っただけで、一分は縮んだわ」

「ふむ……どんな状況下でも五分維持できれば強力な強みになるのですが……精神力頼りですからねぇ。引き続き訓練をお願いします」

「はい! ビクトール様も小型装置の作成頑張ってください!」

「ええ、なんとかしますよ。賢者も解体が終わったからと言って、遊び過ぎないでください。やることは山積みですよ?」

「はぁい、わかってるわよ。ヒナコちゃんとちょっとお話したかっただけ」

「お二人のおかげで、もうベトラーズなんか怖くないです。アイネさん、一週間後くらいからベトラーズの動きがわかると思うので、それまでお願いします」

「任せて。動きが出て来たら準備をして、いよいよ最終決戦ね……」

「今日はもう帰りますね、また明日お願いします」

「わかったわ、またね。ハイッ」


 アイネ=クライネは転移魔法をひな子にかけて、ジナル王国の今のひな子の部屋にピンポイントで送り届けるのであった。賢者の名は伊達ではない。


「そういえばこちらでディルバート様が夜会に出ていた時、二人きりでヒナコ様に不埒な真似はしていないだろうな? と凄まれました」

「ああ……あれでヒナコちゃん、妙に隙があるのよねぇ。ディルバートも大変だわ」

「ではこちらを手伝ってください、賢者様」


 元々研究者であったアイネ=クライネは、逃げ回っていた日々よりも充実した毎日に、笑顔を浮かべた。


「仕方ないわね」


 ――お茶の時間の前に部屋に転移したひな子は、令嬢の嗜みであると習い始めた刺繍を少しでもと進めていた。

 慣れない作業ではあるが、励ましてくれる伯爵夫人に報いてなんとかハンカチをプレゼントしたい。

 その日、いつもならお茶に呼びに来る時間になっても、侍女がなかなか現れない。不思議に思ったひな子は、よくお茶を飲む部屋である庭の見える応接間に向かった。


「ご挨拶が遅れてしまいましたが、今日は求婚のお許しを頂きたく訪問しました」


 紛れもなくディルバートの声に、ひな子は扉を開ける姿勢で固まった。


(求婚……? 今日ディルバート様が来るなんて聞いてないよ?)


 素人なりに気配を殺して、扉の前でじっと中の会話を聞く体勢になるひな子。


「まあ、ペトゥラノス侯爵がヒナコちゃんに求婚を? 素晴らしいわ、ねえ、あなた」

「そうだな、いや。本当にペトゥラノス侯爵を射止めるとは……ヒナコちゃんもなかなかやるな。もちろん家格にも問題はありませんし、こちらからお願いしたいくらいだ。どうぞ娘をお願いします」

「ありがとうございます。それで、ヒナコさんはどちらにいらっしゃいますか? 実は求婚するのに、外へ連れ出したいのですが……」

「そうですわよね、求婚にはデートが必要ですわ。ちょうどお茶の時間ですし、ヒナコちゃんを呼びましょう。アン、お願い」

「かしこまりました」


 扉を開けたアンは、聞き耳を立てていたヒナコに一瞬驚いたが、すぐに微笑んだ。強者である。


「アンさんっ」

「ヒナコ様、ペトゥラノス侯爵がおいでです。どうぞこちらに」

「はい……」


 そして何故扉の前に居たのか訊かない。できた侍女である。


「ヒナコ様をお連れしました」

「し、失礼します」

「早かったのね、ヒナコちゃん。さあ私の隣に座ってちょうだい」

「は、は、はい」


 話の内容がわかっているだけに、ひな子の緊張度合いが激しい。カチコチになって伯爵夫人の横に座る。


「ペトゥラノス侯爵はヒナコちゃんに求婚する許可をもらいに来たんだ。もちろん受けたよ、嬉しいだろう?」


 嬉し過ぎてパニックになり、涙目でコクコクと首を振った。今しゃべったら、ひな子はまた泣く自信があった。


「セダケミヤ伯爵、ヒナコさんを私の私室に招いてもよろしいでしょうか?」

「ほう……私室というと、町屋敷の方かね?」


 劇や公園に誘うのならともかく、保護者に向かって私室に招きたいと告げるのは豪胆である。やましくないならば正直に言った方が良い、という考えなのだろう。


「いえ、王城の部屋です。見せたい物がありまして……」

「二人では心配だけど、王城ならセシーリャ侍女長にお目付役をお願いできますわ。よろしいのではなくて?」

「そうだね、セシーリャ侍女長と共にならば許可しよう」

「ありがとうございます」


 ひな子がわずかに不安で顔を曇らせた。セシーリャ侍女長に『原作』の話を聞かれるのはとてもまずい。


「では明日、昼食後すぐにお迎えに上がります」

「ええ、これから娘をよろしくお願いしますわ」

「私たちとも親しくしてくれると嬉しいですな」


 本来であれば侯爵ディルバートの立場の方が上ではあるが、令嬢へ求婚している相手となると将来は義理の息子なので、セダケミヤ伯爵も必要以上にへりくだることはない。

 伯爵夫人に手を叩かれて正気になったひな子は、正面の愛しい人へ無意識に微笑みかけた。


「楽しみにしております」

「……失礼します」


 ディルバートが帰ると、伯爵夫人は興奮気味にひな子にどうやってペトゥラノス侯爵と仲良くなったのか訊ね出す。

 セダケミヤ伯爵もクーガーの素晴らしさを力説し、三人のお茶会はとても長引くのであった。


「改めて思うけど、貴族の求婚の許しをもらう仕組みって恥ずかしい……」


 自室のベッドの上に倒れ込み、先ほどのディルバートの真剣な様子を思い出して、ひな子は身悶えた。


(求婚宣言なんてヤバいよぉ~!)


 そして明日は研究塔に行けないことをアイネ=クライネに知らせる為に、四次元袋からスイッチを取り出した。

 軍でも採用されている、ざっくり言えばモールス信号発信装置だ。行けない時の信号は単純な物に決めている。ひな子は魔力を指先から出して、三回連続でスイッチを押した。

 すぐに向こうから信号が帰って来て、スイッチは二回チカチカと瞬いた。了承の合図だ。


「明日……ディルバート様に原作の話をするんだよね」


 彼を救う、という決意とはまた別種の覚悟が必要になる。

 ひな子は刺繍を刺しかけているハンカチを手に取り、どんな道筋で原作の話をしようか何度もシミュレーションした。

 めちゃくちゃな話をして、もし誤解などされてしまったら辛さのあまりどうなるかわからない。

 ありのままを伝える難しさに悩み、手が動いてないと気づいてハンカチを脇に置いた。

 原作の内容を振り返る為に、今までさんざんお世話になったノートを取り出す。と同時に、カバンに入れっぱなしになっていた白い封筒が目に入った。


「あ……これ、今読むと全部ひらがなで書いてあるようなものなんだよね……」


 しみじみ読み返すと、最後の部分で百合に話しかけられたせいで、自分の名前を書き忘れたことに気づいた。


「百合……」


 幼稚園の時からの親友で、楽しかった物はなんでも共有したし、悲しい時辛い時には慰めあった。喧嘩をしてすれ違った時にも、お互いに歩み寄りたいと思う一番大切な親友。


(もう百合には会えないんだ……日本では私のお葬式をしたのかな? みんな、泣いてくれたのかな?)


 うっかり手紙に涙の染みを作ってしまい、ひな子は慌てて頬を拭った。


「手紙を書いて伝えるの、良いかもしれないな。長くなりそうだけど……」


 シャーペンでまずは書いて、後でインクのペンで清書すれば書き直しも最低限で済む。

 ひな子はかつて見ていた“あの”ディルバートではなく、愛する男性に自分を伝える為に筆を取った。


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