救出作戦へ
ひな子たちは一週間で、盗賊たちにほどよく気に入られていた。お頭が睨みを効かせている為、二人の貞操は未だ無事であったが、アイネ=クライネの枷は一つずつ少なくなって行く。
枷が減った分、少しは魔力を操れるようになったが、強力な魔法はとても使えず、非戦闘要員のひな子と共に逃げ出すのには無理があった。
「ヒナコちゃん、今日も大丈夫だった? ごめんね、魔法が使えない賢者なんて役立たずで……」
「大丈夫です、アイネ=クライネさんが盗賊たちから情報を聞き出してくれるおかげで、私も心を強く持てます。絶対に助けは来ますよ」
こんな状況だというのに健気に笑うひな子に、アイネ=クライネは心を打たれた。
「私……枷を付けられたのは自業自得なのに、どこかで周りを恨んでいたわ……ヒナコちゃんにはそんな気持ちはないの? どうして自分がこんな目に、って」
「……ありますよ。盗賊たちの前では……強がってますけど。夜上手く眠れませんし、本当は怖くて怖くて、私は頑張ってるのにまだ来てくれないの? とか思っちゃう気持ちも……やっぱりあります」
「そうなんだ。良かった、私ばっかり愚痴を言うから……頼りない年寄りでごめんなさい。これは魔法にばかり頼って生きてきた罰ね、きっと……」
「そんなことないです! 逆にアイネ=クライネさんが愚痴を言ってくれなかったら、私も不安に押し潰されちゃいますよ……前向きな言葉を言えるのは、一緒に耐えてくれるあなたが居るからです」
アイネ=クライネは俯いて、せめて自分の泣いた顔を見られまいとした。手が使えないせいで、頬を拭うこともできない。
「……恥ずかしい。ずっと一人で拗ねてただけだったわ、私は……ヒナコちゃん、なんとかあなただけでも助けるから。もう少し枷が外れたら……」
「泣かないでください。大丈夫です、まだ私はお金になるから大丈夫。きっと助けが来ます、そう思えばできることがあります」
ひな子はそっと、涙を流す女性の濡れた頬を拭った。
「そうね、諦めちゃいけないわよね……ありがと。助かったら、一緒に王都で評判のお菓子を食べに行かない? 私が奢るわよ」
二人はちょっぴり明るい気持ちで微笑み合った。あまりウルサくすると盗賊たちが見回りに来てしまう。
「行きたいです、約束ですからね。お休みなさい、“お姉ちゃん”」
「お休み、ヒナコちゃん」
――トラド領の伯爵、イェッケルは遂に暴かれた盗賊たちとの繋がりを前に全身の力を抜いた。
「……あなたが盗賊と通じた商人からこれを買ったことは、もう調べがついていますのよ。イェッケル伯爵」
「さあ、ヤーダグを呼べ。下手な時間稼ぎや妙な動きをしたら問答無用で締め上げる。わかっているだろうが、お前は犯罪者だ」
ディルバートが襟を掴んで凄むと、あまりの迫力に伯爵の顔面が蒼白になった。最早身分は彼を守ってはくれない。
「わ、わわわかりました。エレナ姫、私は包み隠さず盗賊の情報をしゃべります、ですからこの野蛮な男を……」
「カルロ、司法取引に関してはあなたに任せます。ペトゥラノス様と共に国に背信した犯罪者にあたりなさい」
「ハッ、御意に」
エレナ姫は自分が居ては尋問に滞りが出るだろうと、席を外すことにした。いちいち犯罪者に助けを求められては面倒なのもある。
「シグマ、私たちはこちらのお庭でも拝見させて頂きましょう?」
「あ、ああ」
こんな時、シグマは少しだけエレナ姫を怖いと思うことがあった。
自分にはわからない政治の話をする時には、近寄りがたいと思うことも。
けれどその気持ちを上手く隠せないせいで、エレナ姫は戸惑うシグマに気軽な話題を振ることもできなかった。
(なんでもなかったみたいに話しかけたら、きっと、戸惑いが大きくなるだけなのでしょうね……)
「エレナはやっぱ凄いよな。俺さ、日本ではこんなこと絶対に起こらなかったから……気まずくしてごめん。エレナを凄いと思うのはともかく、怖がるなんて変だよな!」
「イヤだわ、シグマったら。私を怖いと思ってらっしゃいましたの? 初耳ですわ、それに心外ですわね」
「ははは! ごめんってば。これでひな子たちの居場所が見つかると良いな」
「そうね。一刻も早く助け出さなきゃ」
お得意様のイェッケル伯爵が急ぎの用だと呼び出したヤーダグは、敷地を踏んだ瞬間にスタンとディルバートが拘束した。
実は商人に対する逮捕権や、確実に法律違反をしている証拠の扱いは難しいものがある。ヤーダグは終始、商人の権利や証拠がないことを盾に言い逃れをしようとするので、だんだんディルバートは苛ついてきた。
「お前は証拠がないことで逮捕されない、不当だと喚き散らすが、俺はこの際法律なんざどうだって良い」
「……ペトゥラノス殿、それ以上は」
スフェラード王国の騎士として、カルロには聞き捨てることができない。
「よし、俺とクーガーでお前を空の旅に連れて行ってやろう。座席がないんで縄一本でぶら下げるしかないんだが、それでも良いか?」
「ヒイッ……す、凄んだってそんなことできないに決まってる! 犯罪だろう!」
「カルロ」
「飛竜に人を乗せるのに、縄でぶら下げてはいけないとする法律はありません」
落としたら過失致死だが、落とさないで急降下と急上昇を繰り返せば、胃の内容物を全部ぶちまけて、終いには何もかもぶちまけたくなるだろう。
「空の旅にご招待だな」
「止めてくれ! わかった、アジトの場所をしゃべるから!」
「懸命な判断だ」
カルロはわざと黙っていたが、容疑者の段階で実際に肉体的な圧力をかけて証言させた場合、それは拷問に値する。もちろん犯罪だ。
(私は嘘は言っていないからな。それにしても、ペトゥラノス殿がここまで焦る姿は初めて見たな……騎士として王に仕えるまでは、傭兵と運び屋を兼業していたと聞くし……存外荒っぽい面もあったのだな)
「これで情報は全部か?」
「はい! はい! 間違いなく全部ですとも」
「カルロ、地下牢に運んでもらって良いか?」
「役割分担だ。任された」
カルロが未だに喚く男を伯爵が居る地下牢に繋ぐと、今度は仲良く伯爵と商人で醜い言い争いを始めた。
ディルバートはスタンと共に聞き出した情報を元にして、ひな子と賢者を取り返す作戦を立てていた。
「時間的には多分朝が良いと思います。一般的な起床時間には寝てる奴ばっかじゃないですか?」
「なるほどな……しかし、逃げ易い時間でもある。金になるヒナコは連れて行かれる可能性も高い」
「ああそっか。向こうがどうなってるかわからない以上、ヒナコさんと賢者様に近づいてから襲いかからないと、二人が心配ですよね」
すんなりとは決まらない作戦会議に、地下牢から帰って来たカルロが参加する。
「そういうことであれば、私が囮になって内部で二人に接近するのはどうだろう?」
「……良いかもしれない。二人が別の場所に居ると厄介ではあるが、より安全だ」
「あら、それならカルロよりも私の方が囮には相応しいんじゃない?」
「姫様、何をおっしゃるんですか。相応しいかどうかではありません、姫様にそのようなことをさせては騎士の名折れです」
「けれどカルロは筋肉も逞しい短髪の女性でしょう? たおやかで髪の長い私の方が、囮には最適よ」
「髪などはカツラでなんとでもなります。エレナ姫がお一人で囮になるなどあり得ません」
「じゃあ姫様とカルロさんの二人で囮になるのは?」
「悪くはないが、カルロは盾を持ってこその騎士だからな……」
「私の土魔法は立派な盾です。この身一つでも、決して盗賊たちになぞ遅れは取りません」
一歩も引かないかに見えた騎士と姫であるが、不意にエレナ姫がため息を吐いた。
「仕方ないわね、ちょっとこっちに来て。二人の前だと話しにくいから」
エレナ姫はカルロを手招きして、向かいの部屋に入った。
「……二人の前で話しにくいこと、とはなんでしょう?」
「あのね、カルロ。あなたも女性だし、盗賊たちが捕らえた女性に何をしそうなものか、想像がつくでしょう? 私は火と水が使えるから、もし二人が乱暴をされていても、あなたより上手に対処できると思うの」
「なるほど、姫様のお考えはわかりますが……」
「それにあなた、盗賊たちに捕らえられた時に演技できる? 油断させる為に、ひ弱そうな怯えた表情をしなきゃダメよ」
乱暴された女性の介抱ならばともかく、演技ができる自信はなく、口を閉じた。騎士として内心の恐怖を殺して威嚇しなければならなかったカルロにとっては、難しいと言わざるを得ない。
「で、できます」
「一回口を閉ざしてから言われても説得力がないわ。じゃあ今ここで、怯えた演技をしてみてご覧なさい」
「……きゃあ! 何をなさるの!」
あまりの大根っぷりにエレナ姫は笑いを必死でこらえた。というか、目がまったく怯えていない。
「酷いわ、体を庇う仕草が程良い距離を取る為の準備動作に見える」
「もちろんそのつもりですが」
大真面目に言い切るカルロに、呆れて首を振った。
「それじゃあ論外ね。私に任せて、あなたはシグマやみんなをサポートしてちょうだい」
「…………姫様に何かあれば、私は生きて行けません」
「何もないわ。カルロがサポートしてくれた方が、よほど危険は減るでしょうね」
「かしこまりました、我が主。御意のままに……」
カルロを説得して二人の居る部屋に戻ったエレナ姫は自分を囮にした作戦を立て、意見を積極的に出した。
よくカルロが折れたものだと二人は感心したが、後でエレナ姫から怯えた演技の話を聞いて笑い出してしまった。
囮は今夜にも配置。いよいよ救出作戦が始まる。




