原作の彼らへ
面会に必要な手続きやら待ち時間やらを終え、やっと一行は王城のエレナ姫の応接間にたどり着くことができた。
「初めてお目にかかります、私はスフェラード王国第一姫殿下、エレナヴァーラ・スフェラード・ミーテルッサと申します」
「かたじけないです、私はジナル王国セダケミヤ伯爵家が令嬢、ヒナコ・セダケミヤ・サキガハラと申します。王女様にお目通りが叶い、大変光栄に存じます」
「あーヒナコ様、家名の順番が逆だ。重要度の高いものが後ろに来る」
「ご、ごめんなさい! まだ慣れなくて……」
「良いのよ。むしろ、数日でこんなに挨拶ができるだなんてご立派ですわ」
微笑むエレナヴァーラには、生まれついての気品が漂っている。まだ十六歳とは思えないほど大人びた表情で、輝く金の巻き毛にルビーを思わせる赤い瞳の珍しい取り合わせは、彼女が王族の直系であると知らしめていた。
「そうそう、エレナはそこまでマナーとかにウルサくないから、肩肘張らないで良いよ。話しやすい口調で大丈夫だからな?」
「は、はい」
「シグマ殿は覚える努力をなさってから言ってください。申し遅れました、私は姫様付きの専属護衛騎士であるカルロシィ・ミナリア・ガロウヘイです。ガロウヘイ男爵令嬢ですが、ぜひ騎士として接してくださいませ」
「あのぉ……女性、なんですか?」
「あはははっ、また言われたな。カルロ」
「黙れスタン。私はわざと男性に思われるようにしているのだ。笑われたり、恥に思うようなことは一つもない」
カルロシィは一見すると、ハンサムな男性騎士のように見える。コバルトブルーの髪を短く整え、どんな時でも白いプレートメイルをまとって姫の側に控える、騎士の鏡のような人物だ。
姫の側に仕えるのには女性の方が良いが、お守りする点では周囲に男性だと思われた方が都合が良い。そうして彼女は髪を切り、男装の騎士となったのだ。
「カルロさん、とお呼びして良いでしょうか?」
「ぜひお願いします、ヒナコ様。以後お見知り置きくださいませ」
笑顔も凛々しく、カルロは女性と知られていながらレディーに大人気であった。それをからかうスタンとのやり取りは、『原作』でも馴染み深い。
ひとまず自己紹介を終えると、エレナ姫は本題に入った。
「ペトゥラノス様、お手紙にも記しましたが、クーガー様と共に私たちが賢者様に会えるよう協力して頂きたいのです。もちろん報酬はお支払いいたします」
「始祖竜の宝玉が必要な事情はわかっているつもりだ。こちらもできる限り協力しよう。報酬は頂くがな」
『原作』と全く同じ二人の台詞。その中に自分が居ることが信じられないひな子は、話し合いが完全に終わるまで口を閉ざしていた。
ひな子は知っているのだ。賢者とどうやって会えば良いのか、原作と同じ時期に合わせれば必ず賢者はそこに居るのだから。
作中の日付とほとんど変わらずに物事が動いていることは、ディルバートから聞いた話だけでも充分に判断できた。
「ではイナフィン子爵に声をかけて、また魔力を追跡して頂きましょう」
「それ今朝聞いたら、午後には結果が出るって言ってたぞ」
シグマがビクトールに会いに行く為に立ち上がり、自然と全員でビクトールに会いに行く流れになった。
ひな子も会話に参加する中、ディルバートだけが黙ってひな子を観察していた。
――南の外庭の一角には、天才研究者のおわす塔がそびえ立っている――有り体に言えば、危ない研究をするから塔に閉じ込めているのだ。
有用な研究成果は認められるが、城下町の屋敷でおかしな実験をされても困るし、城にはいざという時頼りになる魔導師も多く在住している。そんな訳で、彼には思うまま研究ができる空間が用意されていた。
「やっと来ましたね。私の実験スケジュールは分単位なのですから、もっと夜とかにして欲しいんですがねぇ」
「ビクトール、夜は夜にしかできない実験をすると言ったのはあなたでしょう」
エレナ姫の鋭い指摘に、「違いない」と笑って答えるビクトール。視線はビーカーの中に釘付けである。
「それが終わってからで良いからさ、また賢者の追跡を頼むよ。後、会いたがってたもう一人の落とし子も紹介するからな!」
「ハイハイ! 少々お待ちを~!」
因みに実験中のビクトールには何を言っても無駄だ。会話が成立しているように見せかけて、何も聞いていないのと同じなのだ。無礼過ぎると怒られて以来、面倒を避ける為に口先だけは人当たりが良くなった。
「いや~お待たせしました。薬品の片付けがありましてね」
「二十分か。ビクトールさんにしたら早い方でしたね」
最上階から降りて来たビクトールは、長い髪を適当に紐で括って、頭には実験用のゴーグル。染みだらけの白衣を着た、自称“天才研究者に相応しい格好”をしている。
「お邪魔して悪いわね。賢者の居場所はもう見つかったかしら?」
「ええ、エレナ姫。そこは天才の私、やると言ったらやる男でございます」
ビクトールが出した地図の上には、黒い線が縦横無尽に引かれていた。
これはビクトールが開発した魔力感知計に、針の先にインクを付けた物を組み合わせて、どんな動きをしたかがわかる装置だ。
流石は賢者だけあり、魔力に任せてかなりの長距離を一日で動いたことになる。インクは山中で何度もぐちゃぐちゃに交差しているから、そこで何度も魔法を使って落ち着いたことがわかった。
「ここはモンスターが多く生息するカライス山ね。王都からだと馬車で一週間はかかるわね」
「俺一人で良いなら二日で飛べる距離だが」
「速っ、流石は兄貴」
思わず口を滑らせたスタンが慌てて口を手で塞いだ。
「それを言うなら、流石はクーガー様とディルバート様ですよ」
ひな子にはとても大事なポイントである。さすクーは『原作』でもシグマがよく言っていた。
「クーガーだけで良い」
「んんっ、話が進まないではないか。静かにしてもらえるか?」
「すみません……」
「ペトゥラノス殿、私たちが考えた方法として、まずはペトゥラノス殿だけで賢者殿を訪ねて欲しいのだ。それで話がついた場合、私たちとの面会の場を整えて欲しい」
「くくっ、話は理解した。俺もちんたら移動した上に無駄足を踏むのは好きじゃない、因みにそれで逃げられた場合はどうする?」
「これを……ビクトールに改良させた、対魔導師拘束具を出会い頭にぶつけるわ」
エレナ姫の手の中には、ホロスコープのような動く輪を内蔵した四角い半透明な箱がある。
「犯罪者と戦争下にしか許されてないアイテムを使うのか。本気だな」
「背に腹は代えられないの。こうしている間にも、ベトラーズは人海戦術で遺跡を見つけようとしている。万が一宝玉が敵の手に渡ってしまったら……悪夢だわ」
始祖竜の宝玉は、所持したモンスターへ知能と強靭な肉体を与えるとされる秘宝。ベトラーズが洗脳、軍畜化したモンスターたちをまとめあげる最強のモンスターを作ろうとしていることは、明白な事実であった。
「姫様のお覚悟はわかりましたよ。それじゃあ、俺は準備が出来次第カライス山へ向かおう」
「頼んだわよ、ペトゥラノス様」
「ディルバートと黒竜クーガーに任せれば安心だな!」
「逃げ回る賢者だって兄貴の手にかかればイチコロですぜ!」
おどけるスタンに、ディルバートが兄貴は止めろと変わらないツッコミを入れる。
ひな子は……黙っていた。原作を繰り返し読み、アニメを見てきた彼女にとって、原作にない台詞をこの場で言うことは憚られた。
「ヒナコは見送りの言葉もなしか? 冷たいな」
「違います! あ、後で……出発の直前にお見送りしますね」
「そうか。ならカルロにでも連れて来てもらえ。テソロ城よりも広いからな、迷子になるなよ?」
「うぅぅ~皆さんの前で、わざわざ言わなくっても良いじゃないですか!」
「仲良くなったんだな、ひな子とディルバートは。そうだ、ビクトール。彼女が落とし子だぜ、会いたがってたろ」
ディルバートは話題が移ったのを察して、手振りだけの挨拶で塔を去った。
第二の落とし子現るのニュースを誰よりも喜んでいたビクトールは、テンションも高く自己紹介を始めた。
「初めまして、ビクトール・クラ・イナフィンと申します。子爵を預かっていますが、まあ余計なことすんなよ的な枷ですねぇ、私の爵位は」
初対面の少女にぶっちゃけ過ぎである。エレナは額に手を当てた。
「ありがとうございます、私はヒナコ・サキガハラ・セダケミヤと申します。先日伯爵家の養子に迎えられましたが、私の場合、爵位は守ってくれる盾でしょうか?」
「ほう。シグマ君と違ってなかなか賢い返事をするね」
「ビクトール! 遠回しに俺を馬鹿にすんなよっ」
「では直接馬鹿にしましょうか?」
終始顔が笑っているが、目は笑っていない。あらゆる意味で一番敵に回したくない男、それがビクトールである。
しかし騒がしいシグマと口達者なビクトールは案外相性が良く、これでもビクトールはシグマを気に入っている。
「ふふふふっ、面白い方なんですね。私、さっきから気になっていたんですけど、この魔力を捉える装置ってどんな物なんですか?」
「あっ、ヒナコさん……それは……」
「よくぞ聞いてくれました! これは……(全略)。という世界にただ一つしかないアイテムなんですっ!」
ビクトールの説明は十五分にも及んだ。ひな子はその最中、飽きた顔もせず興味深そうに相づちを打った。微妙に理解できた時には、質問も混ぜる。
すると更に説明は伸び、他のメンバーは完全に呆れ返っていた。スタンなどは言わんこっちゃない、と渋い顔だ。
「凄いです、ビクトール様! これを一から開発されただなんて、信じられません!」
「もし良ければ、他の発明品も見て行かれますか?」
「いい加減になさい、ビクトール子爵。またヒナコ様には改めて来て頂けばよろしいわ」
「……これからが良いところなんですが……そうですね。ぜひまたこの塔にいらしてください、ヒナコ様」
「嬉しいですわ、ビクトール様。必ずお訪ねいたします」
(よっし、ビクトールと会える機会をもらった! 長々とわかんない説明を聞いた価値はあった!)
ほっとした一堂はビクトールの塔を出て、もう一度エレナ姫の応接間へと移動した。ディルバートがカライス山から帰って来るまでにできることは、普段通りの鍛錬などだけだ。
「……そうだ、ヒナコ様。ペトゥラノス様のお見送りに行くのでしたわよね? 私はこのままシグマと話をしているから、カルロ、案内して差し上げなさい」
「かしこまりました、姫様」
「ありがとうございます。エレナ姫様、カルロさん」
「エレナ、またお堅い口調になってるぞ~?」
「そうね、なんの話をしてたんだっけ。スタン?」
「行きましょう」
カルロが扉を開けてヒナコの前を歩く。エレナ姫の口調を軽くからかったシグマだが、彼には根っからの王族というものがまだわかって居ないのだ。
エレナ姫は無理をして、シグマがいう“話しやすい口調”を使っていた。確かに下町では目立たない為に必要な演技だが、気を抜くと丁寧な口調に戻るのだ。
カルロはエレナ姫がシグマに直向きな想いを寄せていることを知っていて何も言わないが、できることならシグマには気高き姫としてのエレナを好きになって欲しかった。
そんな胸中で案内をしたせいで、カルロはただ竜舎に向かって歩くだけ。彼女に話しかけられないひな子も考え事に夢中になり、二人は無言で城の中を歩いた。




