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Dreamy Dreamer's Dreams  作者: 鮭38号
9/10

Forest.

 まさに夏といった蒸し暑い青空の下、僕は自転車を飛ばして家に帰っていた。

 今日発売の新作ゲーム、とっても楽しみだったコレをようやく買えた。

 その嬉しさと、クーラーの効いた部屋でゲームをするというまさに至福と言える未来。

 ついつい自転車の速度も上がってしまう。


 ついつい油断してしまう。


 いつもはちゃんと一時停止する見通しの悪い十字路を、今日はそのまま突っ込んだ。


 ねぇ神様。あなたはイタズラ好きなのでしょうか?

 人の最高な幸福が究極の絶望に変わるのが好きなのでしょうか?

 それともとてもとても赤い血肉が好きなのでしょうか?

 それとも純粋に、僕が不運なだけなのでしょうか。


 僕が飛び出した十字路。

 僕から見て右側から、トラックが突っ込んできていた。

 既に目と鼻の先だった。


 轢かれる。


 そう思った瞬間に、僕は思わず目を瞑った。


♂♀


 金属がひしゃげるような音。

 全身を襲う痛覚。

 痛い。

 暑い。

 苦しい。


 瞑っていた目を開けると、目の前は真っ暗だった。


 暗闇の正体はアスファルトだった。

 暑く焼けた道路に手をつき、上半身を起こす。

 脚は腕同様、千切れるどころか出血もしていなかった。


 首を回し、辺りを見渡す。

 トラックは既にいなくなっていた。

 自転車は隣で半壊していた。


 僕がここまで無傷なのは、自転車が身代わりになってくれたからなのだろうか。

「ありがとう。ごめんね」

 スクラップ同様のそれに、感謝し謝罪する。


 さらに幸運な事に、ゲームも無傷だった。

「………さて」

 意味もなく呟き、立ち上がり、もう二度と走れないであろう自転車を起こし、家まで押して帰ることにした。


♂♀


 いつもと同じ距離を、いつもより長い時間を懸けて家に辿り着いた。

 自転車ってありがたい。

 さて、自転車の事は親が帰ってきてからでいいだろうし、さっさと部屋でゲームをしよう。


 玄関の鍵を開け、引き戸になっているドアをガラガラと開ける。


 そこは既に、家ではなかった。

 そこは、森だった。


 苔むした太い木の枝。

 様々な小動物や昆虫。

 光が葉や枝に遮られ、薄暗く、細々とした光が射し込む森。


 ここは僕の家だ。

 ここは僕の家の筈だ。

 無意識に足を踏み出す。


 僕は落ちた。

 そこに、床とよべる物はなかった。


 悲鳴をあげながら僕は落ちていく。

 しかし、地面に着く前に蔦が体に絡み、まるで受け止められるように木の枝の上に着地できた。


 周りを見ると、リスや小鳥、猿などの動物たちに囲まれていた。

 彼らに敵対心があるように見えない。

 それどころか、一緒に遊ぼうと、そう言っているようにすら見える。


 僕は、彼らと過ごすことにした。

 ここは僕の家だ。


♂♀


 数時間、数日、或いは数ヶ月、時間の流れが意味を失う程度の時間を、僕は森で過ごした。

 食べ物は森で見つかるし、たまに降る雨により、喉を潤すこともできた。

 動物たちと遊び、木の実で食事を済ませ、月光に照らされながら寝る。そんな日々を過ごしていた。


 ただ、無性に右手が温かかった。

 理由は分からない。

 気にしなければ気にならないし、何も問題なかったが、何故かその温かさは、懐かしく、とても優しい物だと思った。


 森での暮らしが普通になってきた頃、木々の間から射し込む光とは別の光を見つけた。

 疑問に思い、近付く。


 それは、僕があの日開けた玄関から射し込む外の世界の光だった。


 そうだ。ゲームをまだ開いてすらなかった。

 クーラーの効いてる部屋でゲームをする。ここでは出来ない物事が、この玄関から外に出れば可能になる。


 しかし、僕にゲームなど必要だろうか?

 この森で、僕は満足な生活を送れていた。

 電気を必要としない生活で僕は満足できていた。

 外に出る必要はない。

 そう思い、踵を返そうとする。


 帰っておいで。そう玄関からの光が言ってるような気がする。

 懐かしく、優しく、泣きそうな声が。


 こっちへおいで。そう森の闇が囁いている。

 全てを受け入れ、安らかな眠りを与えてくれる闇が。


 帰っておいで。

 こっちへおいで。

 帰っておいで。

 こっちへおいで。


 何度も何度も繰り返される。

 帰っておいでという声に反応するかのように、右手の温度も上昇する。

 まるで、誰かが握りしめてるかのように。


 僕は迷い、そして、光に背を向けた。


 僕は、ここで暮らしていける。

 電気ひかりはもう、必要ない。


 そして、僕は闇に融けた。


♂♀


 真っ白な病室に響いていた心臓の鼓動を表している心電計の音が、モニター表示と同様に一定の音になる。

 白衣を着た男性医師は、装置を止め、ベッドの脇に座っている女性に呟く。


「………ご臨終です」


 女性は何も言わない。

 医師は続けて言う。


「………奇跡です。あのような撥ね飛ばされ方をすれば普通は即死の筈です。なのにこの子は7日も生きた。しかし、最後に力尽きてしまった………」


 その言葉を残し、医師は一人病室を出る。

 女性は、ベッドに寝かされている包帯だらけの息子の右手を、固く、ずっと握りしめている。

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