Suicide.
僕はゆっくりと、廊下を歩いている。
ガラスの割れた窓から射し込む夕陽を、目を細めながら眺める。
世界の昼と夜が交代する、この時間が僕は好きだ。
気のすむまで眺め、再び歩き出す。
ブーツで踏んだガラスが、乾いた音を立てて割れる。
その心地好い音を聞きながら、右手に握った小銃を、ゆっくりと胸の前へ持ってくる。
そして、左ポケットから取り出した弾丸を一発だけ、六発分の穴が空いているシリンダーに込め、ガシャリと回す。
一発で充分だ。
これから僕がやることを、僕は知っている。
右手の小銃を弄びながらガラス片の散らばる木造の廊下を暫く歩くと、目的の場所が見えてきた。
木造の廊下に似合わない、固く閉ざされた鉄製の錆びた扉が見えてきた。
何度もやってきた事だ。
覚悟は既にできている。
固く閉ざされたその扉を蹴破り、室内へ入る。
そこには、手足を鎖で縛られ、椅子に座らされている人物がいた。
僕はその人物にゆっくりと近づき、俯いているその額に銃口を押し付け、無理矢理顔を上げさせる。
そいつは、感情の全くこもってない目で僕を見ている。
はやくやってしまおう。
「アバヨ」
僕は呟き、引き金を引いた。
刹那、押し付けていた銃口が跳ね、目の前の額だった場所に大きな穴が空いた。
その穴から赤い赤い血液を吹き出し、そいつは倒れた。
これだけは何度見ても馴れない。
目を見開き、口を少し開け、額から血を流して倒れている、その顔は───
僕だった。
♂♀
こけこっこーというマヌケな目覚まし時計の音と共に目を覚ました。
鳴り響く目覚ましを止め、布団を出て、窓のカーテンを開ける。
窓の外には、いつもと変わらない景色があった。
最近、自分自身を殺す夢をよくみる。
だけど、気分は悪くない。
かといって、気分が良いわけでもない。
正直、どうでもいい。
夢は夢だ。
現実と関係ない事だ。
僕は身支度をして、いつものつまらない日常へと身を踊らせた。
♂♀
「なぁ、今日本屋寄って帰ろうぜ!」
授業が終わって早々、隣の席の三樹 速人が声を掛けてきた。
僕は無言で鞄を肩にかけ、教室を出る。
「な~待ってくれよ~。俺ら中学からの親友だろ~?」
「しつこい奴は嫌われるよ」
「お前が他人に無関心すぎるだけだろ~」
……しつこい。
三年前は普通に良い奴だったのに、今じゃ口うるさい奴だ。
それにいつも僕に着いてくる。
犬か?犬なのか?
「ったく、中学ん時はもっと明るいヤツだったのにな~。なんでそんな暗いヤツになっちまったんだ~?」
「僕は変わってないよ。ハヤトが変わったんだろ」
「……やっぱ、あの事件か……?」
五月蝿い。
正直、両親が死んでしまったあの時の事はどうでもいいと思ってる。
そんなことを、ハヤトは絶対分かってないだろう。
だって、僕の考えてる事なんて分かるはずないのだから。
「あ、そだ。本屋じゃなくて古本屋巡ろうぜ!ゲームも売ってるところ重点的にさ!」
「乗った」
古本は好きだ。あとゲームも。
♂♀
目をゆっくりと開けると、いつもと同じ廊下だった。
いや、違う。
いつもと違う。
ガラスの割れた窓の外に広がる風景は、まるで墨を溶かした水のような夜空だった。
窓から身を乗り出し、空を仰ぐ。
空には、血の滴りそうなほど紅い月が浮かんでいた。
夜は嫌いだ。
全てが闇に包まれ、音すらも死んでしまう静かな時間が嫌いだ。
早く終わらせてしまおう。
僕は歩き出した。
ブーツで踏んだガラスが、乾いた音をたてて割れる。
その音を聞きながら、いつもと違い、きちんと6発分の弾倉に6発の弾丸を込める。
何かあるかもしれない。
そう思っての行動だ。
ガラスの散らばる木造の廊下をしばらく歩くと、いつも通りの場違いな固く閉ざされた錆びた鉄の扉が見えてきた。
何度もやってきたことだ。
少しのイレギュラーがあってもやれる。
小銃を握り直し、固く閉ざされた扉を蹴破り室内へ入る。
そこには、後ろ手に縛られ、麻袋を被せられた男が、椅子に座っていた。
猿ぐつわをはめられているのだろう。
ムームーと声にならない声を出している。
僕はその麻袋の額と思われるところに銃口を押し当て、ハンマーをカチリと起こし、引き金に手をかける。
そして、
「アバヨ」
そう言い放ち、引き金を引こうとした瞬間、男は、手を縛っていた縄を引きちぎり、抵抗してきた。
肩を捕まれ、後ろへと押される。
ムームームームー五月蝿い。
背中に壁が当たる。
じわじわと、体が圧迫される。
痛い。
「クソ……やめろ……っ!」
そう言い、腹へ1発。
男は怯まない。
さらに2発、3発、4発。
男が1歩分後ろへ下がる。
普通なら心臓のある場所に銃口を押し当て、2発連発する。
男は倒れ、動かなくなった。
僕の服と手には、返り血がべっとりと付いている。
いったい、この男は誰なのだろう。
そう思い、麻袋を破った。
そして、
「あ、あああああぁぁぁぁぁ!!」
僕は絶叫した。
破れた麻袋の下にある顔、それは
♂♀
「あああああぁぁぁぁぁ!!」
僕は絶叫しながら目を覚ました。
窓へ近寄り、カーテンを開ける。
外はまだ、暗いままだ。
時計を確認すると、午前二時だった。
今の夢はなんだったんだろう。
僕が撃ったあの男は、あの男の顔は、間違いなくハヤトだった。
あのときと同じだ。
僕が両親を殺す夢をみた、あのときと。
あのときは本当に両親は死んでしまった。
今回はどうなんだろうか。
いや、ただの夢だ。
ただの夢だ。
僕が人を殺すなんてことあるわけない。
顔を洗って目を覚まそう。
洗面所へ行き、電気を点ける。
僕はまた絶叫した。
僕の服と手は、真っ赤に染まっていた。
まるで、返り血を浴びたかのように。
服を脱ぎ、手を洗う。
血が落ちない。
血が落ちない。
血がこびり付いたままだ。
──ああ、これも夢なんだ。
ああ、そうだ、夢なんだ。
僕はそう思い、眠りについた。
♂♀
今日の一時間目の授業は、三樹速人の葬式だった。
死因は、胸と腹へ撃ち込まれた合計6発の弾丸による失血。
目眩がした。
体調不良と称して、僕は家に帰った。
ハヤトの死に顔は、爽やかなものだった。
♂♀
また、いつもの廊下に立っていた。
窓から見える景色は、いつも通りの夕焼けだった。
僕は小銃に弾丸を込め、呟く。
「……なぁ、もういいだろ?僕に親を殺させて、友達も殺させた。ハヤトは、たった一人の友達だったんだ。無口で誰にでも冷たい僕に、飽きずにずっと優しく接してくれた!僕はハヤトが……好きだったんだ……」
僕は銃口をこめかみに押し当て、引き金に手をかける。
「もう……嫌だよ……大好きな人を殺すのは……」
その言葉と共に、木造の廊下に銃声が響いた。
♂♀
翌日、あるアパートから少年の遺体が運び出された。
死因は、こめかみに撃たれた1発の弾丸だった。