世紀末スマ歩伝説『GO』
この世は世紀末。
大都会は荒廃し、ぴろぴろと耳障りな電子音が大量に重なる荒れ地と化した世界。
この世界には、とある病が発病していた。
「ぽちぽち……あっ」
ガン。
ぶつかる肩と肩。
「テメェ、今ぶつかりやがったな!」
弾ける言葉の暴力。
「お前がぶつかってきたんじゃねぇか!」
『てれれれれれてれれれれれれてれれれれれれ!』
そして始まる戦の合図。
電子音が高らかに戦闘BGMを流し、肩のぶつかり合いで口論に発展した二人はお互いに感じるマスターの波動を確かめた。
「てめぇ、さてはマスターだな! マスター同士の目が合ったら最後、片方が死ぬまでバトルは終わらねぇ――」
「この高鳴る弾けるビートのリズム、お前とオレ会ったが最後死ぬまでShow time Master!」
熱いBGMをバックにお互いはバックステップをし、所定の位置にて構えを取る。手に取り出したるは高性能の“SUMAHO”。親指を滑らせ、電子画面が互いのビートを煌めかせる。
そこに開かれたのは地図機能。荒廃した大都会のマップが正確なまでに記され、そこに互いのシルエットが写し出される。
「「決闘!」」
この世は大GO界時代。
スマホ歩き症候群『GO』が人類を支配した後の、世紀末の話である――。
◇
「『GO』は?」
「ここに居るのは俺たち一般市民だけだ。『GO』は立ち去ったよ」
町外れのとあるマンションの一階。ひび割れた壁面を忌々しげに触りながら、先輩はそう言った。
僕はばちばちと明滅する蛍光灯の明かりをぼんやりと眺めつつ、外の光景に視線を移した。
「全く、たがだかスマホアプリ一つで世界が終わっちまうなんてよ、どうかしてんじゃねぇのか?」
「先輩――駄目だ、そんな言葉を口にしちゃ」
先輩が不必要な一言を発した瞬間、ぱりんぱりんと盛大に窓ガラスがぶち破られる。
そこにいるのはマスター達。とある大流行のスマホアプリによって世界を旅するようになってしまった生粋のマスターだ。
「う、うわああああああ!」
先輩は狂乱してその場に倒れ伏し、その首根っこが掴まれる。
「う、うそ、そそ、うそなんです! 今の言葉は撤回します!」
「―――SU――SU―SUMA――――CO――HO――」
どこともなく現れた漆黒の甲冑を着たマスターによって摘みあげられた一般市民の先輩は、落ちたガラス片で身体中をずたずたに引き裂かれながら町の中心へ引きずりだされていく。
そう、今大流行のスマホゲームを馬鹿にした一般市民達は皆、あのマスター達に調教され新たなマスターとなるのだ。
この世に絶対安心なんて場所はない。彼らマスターはどんな場所でも悪口を聞きつけ、どんなに安置で悪口を放っても即座に駆けつけてくる。
「そう、スマホゲームは悪くないんだ……悪いのは、いつもプレイヤーだから……!」
僕は小さく唸る。
そんな僕の肩に、甲冑の手ががしゃりとかけられた。
「君はまだ『GO』をやっていないのかい?」
「……はい、まだやってません」
「そうか。ならばここは危ない、別の場所へと立ち去った方がいい。そろそろ各地のスポットに設置されたルアーに大勢のマスター達が釣られる時間だ」
黒い甲冑が持つスマホの画面に表示されたマップ、そこに散りばめられた青いスポットと呼ばれる場所が桜色に吹き荒れている。
「今から三十分間ここは戦場と化す。一般市民の方は避難するんだ」
「……はい、ありがとうございます」
「ああ、それと」
甲冑の目の奥が赤く光る。
「君もマスターにならないか?」
「結構です」
「あ、そうなんだ。じゃあね」
僕はゲームに興味がないからマスターにはなれないのだ。
僕は新たな安置へと逃げるため、都会から田舎へと逃げ続ける。
どうしてこうなってしまったのだろう、と考えつつ僕はスポットのない場所へと――そこには小さな置物があった。
ただのマンションの隣に設置された、誰が置いたかも分からない置物。
そこには桜が吹雪いており、数十人のマスターがスマホ画面を凝視しながら立ち止まっている。
――スポット化されてしまっている。
……ぐ、ここも駄目か。
そんなことを考えつつ、僕はこの場所から静かに立ち去った。
スマホアプリゲーム『GO』が配信されたのはいつだったろうか。このアプリゲームは地図とカメラ機能を使ったゲームで、地図上に表示されたモンスターをカメラによって写し出して捕まえるゲームだ。
モンスターの数は沢山あって、それをコンプリートしたり一匹のモンスターを育て上げたりして色々なユーザーと戦ったりするのだ。
僕は詳しく知らないけど、そんなゲームが何年も前に大流行した。
人と連絡するための機能を持ったスマホは今や『GO』をするだけのマシンとなり、一般市民はマスターとなり、この世に蔓延っている。
僕は詳しく知らないけど、最初はちゃんと規制がされていたらしい。
この場所では『GO』をしないで下さいと貼られた公共施設の張り紙。
駅前ではスマホの画面を見ながら歩かないで下さいとの注意書き。
警察官が悪質な『GO』プレイヤーを取り締まったりもしていた。
けれどいつしか、そんな人達よりも『GO』プレイヤーが多くなってから、とある問題が発生した。
――それは。
「おい。お前――前見て歩けや、ぶつかってんだよ」
「うるせぇな、お前だろぶつかってきたのはよ――あん? お前、レッドのもんか」
僕の前で繰り広げられる喧嘩。
そう、スマホ見ながらぶつかった喧嘩である。
これが沢山起き始めたのだ。『GO』が流行りだして以降スマホ歩きをするプレイヤーが年々増加の一途を辿り、怪我人や死傷者が出るようになって、世界に綻びが起き始める。
更にその後、医者により『GO』にハマりすぎて画面の向こう側へと魂を売ってしまった悪質なプレイヤーをスマホ歩き症候群『GO』と呼称し、正式な病名として認知されていった。
しかし治す方法がなかったのだ。ゲーム脳を越える病『GO』は一度ハマったプレイヤー達の脳味噌をマスターへと作り替え、その結果彼らの身体能力は飛躍的に増強、跳躍力がすごいことになったり車を越える速度で走ったり火山に飛び込んで生還できるようになってしまう大自然をも踏破できる身体に作り替えるのだ。
そんなマスター達が世界を牛耳り、いつの間にか世界が崩壊していただなんて、それでもマスター達は戦い続けるなんて世も末だ。
僕は煩わしさを感じつつ、またそこを離れようと――はっ。
まさかここは。
僕は辺りを見回して戦慄する。
道理で喧嘩するマスターが多いはずだ。
ここは田舎とはいえ――そう、ここは、公園ッッ!
公園に設置されたスポット、マスタージムが、そこにはあった。
マスター達が争い合う激戦区。一匹の育て上げたモンスター同士を殺し合わせる狂気の祭典、ジムバトルだ。
いつの間にか大量のマスターが周りに集まってきて、僕の目の前で戦っている二人を観戦していた。
――さっきまで全然いなかったのに、なんて有様だ。僕はただ平和に過ごしたいだけなのに、クソッこの人混みじゃ後ろに逃げられない!
僕はこの二人のジムバトルを大人しく見守るしかないというのか……!
「ブルー、お前の腐った色をシャイニングハートの色に染め上げてやるぜ」
「このダイヤモンドブルーの輝かしい色をそんなゴミみてぇな色に変えるわけにはいかねぇな」
「あぁ?」
ぴりぴりとお互いに火花が散る。
「「――決闘!」」
互いの身体から闘気が発生する。一人の男からは赤い炎と、頭上に巨大な赤い剣が。もう一人の男からは青い海のような気と、やはり頭上に巨大な青い剣が。
これが、ジムリーダー同士の戦い……!
「ぐあぁっ!」
「邪魔だ退け!」
戦いが始まると同時、僕はマスター達に揉みくちゃにされて後ろへ飛ばされた。ぼろぼろになって地面を這いつくばる僕の頭上、もの凄い戦闘音が耳を貫いている。
僕は薄れゆく意識の中、マスター達に向かって、こう残す。
「み、みんな……ゲームは一日一時間……!」
マナーを、守って……外を歩く時は、通行人や自転車や車に気を付けて、楽しく皆でプレ、イして、ね!
――END――
用法容量を守って楽しくゲーム!!