四話
「試験と言っても、知識を試すわけじゃねェ。治安維持を任されている魔導士団に求められているのは、何よりも力だ」
軍服姿の二人は、軽く街が一つ入りそうなほど広い屋内訓練場にて向き合っていた。
ルートは量産型の刀を抜き、切っ先をアインに向ける。
「魔導士団に弱者は一人もいねェし、入れるつもりもねェ。だから、今のてめェの力を試させてもらうぜェ?合格基準は、俺を無力化すること。だな」
それを聞いたアインは、一瞬で不可能という判断を下す。
精霊の眼は魔力を直接視認できるという能力を持っていて、それで今までルートの魔力を観察していたのだが、量、質ともに非常に優れていることがわかった。
アインの魔力もそれに匹敵するほどの値に達しているものの、今はその大半が封じられているし、それ以前に魔法を使う方法すら教えられていない。
手も足も出ずに負けるだろう。そう結論付けると、アインは両手を挙げる。
「こうさ「安心しろ。俺はてめェと同じ状態で戦ってやるからなァ」………おぅ?」
つまり、同等の身体能力で闘うということ。つまりこの試験は技量や判断力といったものが試される
正直、ほとんどがルートに上回られているが、その獲物は刀であり、銃と比べてリーチが圧倒的に小さい。そこに勝算を見出したアインは、挙げていた両手を下げる。
「……よし、やろう」
「ククッ、それでいいんだ」
ルートはいつの間にか持っていたコインを弾き、刀を正面に構える。
「………———ッ!」
コインの甲高い音が届いた瞬間、十メートルほどの距離を一瞬で詰めたルートは、その勢いを殺さずに突きを放つ。
初めて体感する、死ぬかもしれないという恐怖を無理矢理押さえ込んだアインは、冷静にその動きを見切って、刀身を掻い潜り懐に飛び込む。
無防備な腹部にデザートイーグルを叩きつけようとするが、横からの膝蹴りによって大きく吹き飛ばされる。
身体中に響く衝撃に耐えながら、空中で何度か回転して威力を相殺し、あまり足に負担を掛けずに着地する。
「あまり簡単に接近を許すんじゃねェ。銃の強みは遠距離攻撃だろォが」
「……うるさい」
装填済みの拳銃の照準を合わせ、引き金を引く。
アインの想像以上に小さな反動とともに、音速を超えた弾丸は一直線にルートへと迫る。だが、その人影は既に、半身を反らしていた。
軌道上に標的がいなくなったため、弾丸はそのまま奥の壁に命中し、そのあまりの強靭さにひしゃげる。
今のルートには、音速の物体を捉えることは出来ない。だが、引き金を引く前なら捉えられる。
やろうと思えば、銃口の向きから銃弾の軌道を予測し、避けることや、刀で弾くことも可能となる。量産型の刀では折れてしまうために弾くことはしていないが。
「うっそだろ………それで本当に、俺と同じスペックなのか?」
「あァ。こんくらい、場数を踏めば誰でもできる。音速は流石にキツいかもしんねェけどな」
「そこで無理って言わない所とか怖えよ」
ルートの底知れなさに身を震わせて、再び引き金に指を掛けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「巧い……」
訓練場の壁から突き出るように存在する観客席にいる一人の少女は、ガラスの向こうで繰り広げられている攻防を見て感心したような声を上げた。
彼女は魔導士団の団員で、訓練場に滅多に訪れない副団長が見えたため、興味本位で見に来たのだ。
高速で刀を振るうルートと違い、アインの動きは決して速くないし、技もどこか拙い。だが、相手の攻撃に対して的確な判断はできているし、傷を負うことなく凌いでいる。
このままだと経験豊富なルートに押し切られそうだったが、突如としてアインの脚が霞む。
「え……?」
今までの動きとは比べ物にならないほど鋭い蹴り。ルートも想定外だったのか、避けきれずに腕を交差させて防御するも、数メートルほど吹き飛ばされる。
すぐにルートは体勢を整えるが、その両手は脱力したように揺れている。衝撃を殺しきれずに脱臼したのだ。
その後に二人は何度か言葉を交わすと、訓練場から退出していく。
戦闘が終わっても、少女はその場で考え込んで、結局観客席を出たのは五分後になったのだった。