三話
出鱈目に歩いているとしか思えない道順を辿った先の教室のような部屋で、ルートは黒板にチョークを走らせる。
幾何学的な図形に見知らぬ文字を書き終えると、その近くに『光球』と付け足す。
「反応を見る限り、これの意味は知らねェだろ。これは初級光魔法『光球』を起動するための陣だ。これに魔力を流すと、陣が起動して一時的に世界を書き換えるってわけだ」
ルートは実際に、手のひらに光球を生み出してみせる。
その球はアインの頭上までふわふわと飛行した後に霧散し、魔力を僅かに放出する。
「うん?」
「感じ取れたみてェだな。アイン、てめェの体内で揺れ動いたそれが魔力だ」
光球から放出された魔力がアインの潜在魔力を呼応させ、活性化させたのだ。
初めてそれを扱うというのに、既にアインは体内で自由自在にコントロールさせることができていた。
「もうマスターしたか。魔力操作は魔法、錬金術、呪術を使う基本中の基本だから、疎かにするんじゃねェぞ………よし」
腕時計を見て満足げに頷いたルートは、どこからかアタッシュケースを取り出す。
「……?なんだこれ。っていうか今どこから出したんだよ?」
「あァ?ンなこと後でいいだろ。十分以内に済ませろ」
そう言い残してルートは何故か外へ出る。
何を済ませればいいかは、ケースを開けたことで判明した。
「ああ、これに着替えろってことか」
中には綺麗に折りたたまれた、金色のラインが走る白い軍服と、似たような柄のコート。灰色のブーツなどが入っていた。
拘束されていた時から着せられていた病衣のような服を脱いで、手早く服装を替える。
一緒に入っていた鏡と櫛で髪を梳かして、少し高めの位置で背後に流した髪を結わえると、その直後に、計ったようなタイミングでルートが扉を開けて入ってくる。
「問題ねェみてェだな。っと、忘れるトコだったぜ。ほらよ」
ルートは無造作に何かを投擲してくる。
慌てて掴むと、それはさっき目にしたデザートイーグルと同じ形状をした、青みがかった黒い金属製の銃らしかった。
「俺の付与呪術で飛距離と速度、威力や精度まで強化してある。……無くすんじゃねェぞ?そいつは希少金属の星精金製。てめェのいた研究室から拝借したとはいえ、地球では1トンとねェ代物だからなァ」
「それって……戦争の火種になるほど貴重なやつじゃん!せめてカラーリングくらいしとけよ!」
「アホか。こいつは液体を全て弾くから無理だ。まァ、極力暗いところで使うしかねェだろうなァ」
「えぇ……まぁ、体術で補えばなんとかなるか」
「あん?肉弾戦もできんのかてめェは」
「まあな。っていうか、魔法とかを除けば、大半の武術は会得させられ———ッ!」
高速で顎へと伸びる掌底を、アインは後ろへ下がりながらハイキックで迎撃して凌ぐ。
「ほォ、無強化とはいえ俺の技を見切るか。それに動きが洗練されてやがる。及第点はあげてやってもいいくらいだ」
「いきなり打ち込んできた謝罪はな———ちょ、どこ行くんだよ?」
「ンなもん決まってんだろ?入団試験だ」