2月のそわそわさん
2月1日
今年もそわそわさんのやってくる時期になった。
全国各地でそわそわさんを迎えるための準備が進んでいる、と、お昼のニュースが伝えてくる。
私もそろそろ準備をしておこうと思い、そわそわモドキのもとを買いにいく。
2月3日
そわそわさんが近くまで来ている。
庭に生えているまばらな草木たちが、落ち着きなくそわそわと揺れてばかりいるのだ。
草木だけでなく、空の様子もそわそわしている。
今にも降りだしそうな曇り空になったかと思うと、カラリと晴れ渡り、唐突に夕焼け空になってみたかと思えば、すぐにお昼頃の強い日差しになってみたり。
部屋に飾ってあるきつねのお面も、朝からずっとそわそわしっぱなしで、「油揚げ!」「油揚げ!」と繰り返し声を上げている。
おかげで、きつねのお面は、まわりに置かれた油揚げの山で埋もれてしまった。
いよいよだな、と思うと、私までそわそわしてきて、冷蔵庫を何度も開け閉めしてしまったり(もっとも、これはきつねのお面に油揚げを出してあげるためでもある)、部屋の中をころころと転げ回ってみたり、電気のスイッチをパチパチとつけたり消したりしてみたり。
私は買っておいたそわそわモドキのもとを庭にまいて、もうすぐやってくるそわそわさんに備えた。
2月4日
とうとう、そわそわさんが来た。
そわそわさんはいかにもそわそわさんらしく、そわそわと同じところを行ったり来たりしている。
そわそわさんに行き来された地面は、そわそわと落ち着きを無くし、プルプルと揺れだした。
かなり長い間、そわそわさんはそわそわと行ったり来たりしていたけれど、ふいに縮こまり、空気の中へ溶けるように消えてしまった。
そわそわさんのいた地面だけが、いつまでもそわそわと落ち着きをなくしている。
2月5日
庭にまいておいたそわそわモドキが、そわそわし始めた。
みるみるうちに、落ち着きのないそわそわモドキが、一ヶ所に寄り集まり、一匹の申になる。
申は「春だー!」と叫んで、空の彼方へ吹っ飛んでいった。
2月7日
妙に静かだと思ったら、時計のカチカチという音がしない。
見ると、時計は止まっていた。
私は時計から古い電池を抜き取って、新しいものと替える。
でも、時計は動かない。
「動いてください」と声をかけると、時計はふるふると震えだした。
「たまには、時計だって、休んでも、いいじゃありませんか……」
私はちょっと言葉を失って、意味もなく、なるほど、と呟く。
時計はふるふると震えるばかりで、それ以上何かを言うこともなく、針が動き出す気配もなかった。
2月10日
地面の落ち着かない様子に、しぶしぶといった感じで春の草花が顔を覗かせはじめる。
公園の近くを通りがかったので、ちらりと中を見てみると、こどもの眼が地面からまばらに生えていた。
今年もおいしいこどもがたくさん出来そうだ。
2月17日
「なわとび、しませんか?」
ドアを叩かれたので、ハイハイと出てみると、見知らぬ青年が手になわとびを持って、誘いをかけてきた。
私は別になわとびはしたくなかったので、「なわとび、しないです」と答えてドアを閉めた。
2月19日
お正月の余ったお餅を焼いた。
安倍川餅にして食べようか、おろし醤油で食べようか、悩んでいる間にお餅はぷっくり膨らんで、景気よく弾け飛び、跡形もなく、なくなってしまった。
2月23日
コンビニにちょっとしたものを買いに行く。
ちょっとしたものはたいしたものの隣に陳列されていて、私は少し多めに3個のちょっとしたものを手に取り、レジに向かった。
これ、お願いしますとレジに出して顔を上げると、そこには夜告げ蟲がいて、眠たそうにいらっしゃいませ、と接客してくれる。
「時間つぶしですよ、夜までの」
驚いている私に、夜告げ蟲はあくびをしながら教えてくれた。
「まあ、最近不景気だし。少しくらい、稼いでおいた方がいいかなって、ね」
レジ袋はご入り用ですか? ああ、いらない? ご協力ありがとうございます、と軽く営業スマイルを浮かべる夜告げ蟲からお釣りとちょっとしたもの3個を受け取って、私はコンビニを後にする。
2月24日
買い物帰り、にわか仙人の集団を見かけた。
「霞はどこじゃ」
自前の移動用の雲に乗ったにわか仙人たちは、しきりにキョロキョロとして言う。
「霞はここか」
にわか仙人たちは、吸い込まれるように居酒屋ののれんをくぐり、中へ入っていった。
2月25日
そわそわさんに影響されて、奇行を起こす人が増えているらしい。
現代人は日々の忙しさから、そわそわさんへの抵抗力がおちているのが原因だと、気難しい顔をしたおじさんがテレビの中で語っている。
「そもそも、そわそわさんというのは、だ、」
おじさんがそこまで言ったちょうどその時、お湯が沸いた。
テレビを消して、いそいそとコーヒータイムの準備をする。
2月29日
食事を作ろうと思って台所に行くと、水道から続けざまに9個のはまぐりが出てきた。
驚いて見ていると、はまぐりは台所のシンクでひそひそとなにかの相談をしているようだった。
はまぐりが口を開くたび、そこから漏れる息が蜃気楼になって、不可思議な風景を映し出す。
しばらくは、吐き出される蜃気楼にいちいち見とれていたけれど、豪華な海鮮料理の蜃気楼を見た途端、忘れかけていた空腹を思い出す。
9個のはまぐりを使って、酒蒸しとお吸い物を作り、おいしく頂いた。




