夏の吹雪
私は夏休みの間アイスクリームの屋台でバイトをしている。
ここのアイスクリームは美味しいと有名なのだ。
たまたま見かけた求人広告に飛びついてしまいかれこれ三年は夏の間やっている。
今日は新しいバイトが来ると店長が言っていたのでどんな人だろうと心を躍らせていた。
「絵里ちゃん今日から働く事になった冬樹君よいろいろ教えてあげてね」
「奥山 冬樹ですよろしくお願いします」
彼は礼儀正しく挨拶をした。私もつられて挨拶をする。
「宮元ですよろしくね奥山君」
「はい!よろしくお願いします」
彼はバイトをするのは初めてだと言うので色々教えてあげた。
コーンの紙の巻き方やアイスカップの大きさなどなどを教えている間に話をしてみた。
「奥山君ってなんでこのアイスクリーム屋に来たの?」
「うーん・・・」
振りではなく本当に頭を傾げている様子だ。その動作が不覚にも可愛いと思ってしまった。
「スイーツ大好き男子とか?当たり?」
「どちらかって言うと・・・甘いの苦手」
舌を出し苦手だとアピールするような感じだ。少し茶目っ気があるのだろうか。
「じゃどうして?」
「涼しいから・・・かな」
「ぷっ何それ」
「・・・後君に会うため」
「奥山君ーちょっと来てー」
「はーい!今行きます!」
ドキッとした。涼しいからの後の言葉をあたしは聞き逃せなかった。
透き通るような白い肌と爛々と輝く目が頭から離れなくなっていった。
その後も静かに私達の距離は近くなっていった。彼のミスを私が直し、私のミスを彼が。
夏の終わり近くになると彼のアイスを装う技術もかなり高くなってきて教えることがない。
このまま先輩後輩のままで終わりかなと思った矢先彼からの告白がやってきた。
「宮本さん!もし・・・もし良かったら僕と付き合ってください!」
「・・・よろしくお願いします」
こうして私達は付き合う事になった。彼は色々な、とりわけ昔話への造詣が深かった。
彼の話はどれも面白く聞いていて飽きなかった。夏休みが終わり離れ離れになると思っていたのだが高校が同じだという事に気づいた。今までなぜ気づかなかったのだろうか。
「冬樹ー」
「絵里お待たせ帰ろうか」
彼と付き合う時に敬語は無しと名前で呼び合うことを一緒に約束した。
隣のクラスなのに話題にならなかったのは不思議だ。惚気るがイケメンなのだ。彼は。
彼のクラスに知り合いがいたので聞いてみた。
「奥山君?あぁあのぼーとしてる子ね冬は元気なのに夏になると殆ど動かないのよ」
あぁ確かに。彼は涼しい所だと活発なのだが暑くなるとてんで駄目なのだ。
学校で彼を知っている人に話を聞いたが知り合いと殆ど同じ事を言っていた。
「絵里はさ」
「何?」
「暑いの平気?」
「うーんさすがに溶けそうな位なのは勘弁だけど平気かな」
「いいなー僕さ暑いの本当に苦手なんだよね」
確かに彼の席は扇風機の風が良く当たる所にある。
前に倒れてしまい保健室で休んでいたことがあったせいらしい。
彼の手が冷たいのは体温が低いからなのだろうか。そのせいで暑さが苦手なのだろうか。
「あと数ヶ月で冬だし頑張ろ?ね?」
「うん!」
彼の笑顔は涼しげで風鈴のようで。もう九月とはいえ未だ蜩が鳴いているのに冷風がスッと飛んできたみたいだった。
季節は過ぎ彼との仲も深まっていった。彼の家にお邪魔した時に気づいた。
「ご両親は?」
「あ・・・いや二人とも共働きでさ帰り遅いんだ」
「へー大変だね」
「ううんそうでもないよ」
一瞬彼の顔が曇ったのが分かった。おそらく死別してしまっているのだろう。
彼がどいた部屋の奥でチラッと仏壇が見えた。彼の両親のだろうか。
彼はそれに気づかず自分の部屋へと案内してくれた。
大きな本棚には本がびっしりと入っていた。昔話として有名な物からそうではない物まで。
一番多いなと思ったのは雪女だ。色々な解釈の本が並んでいた。
「はいお茶緑茶だけど」
「キンキンに冷えてるね冷たい」
氷が二三個浮んでいるコップに緑色のお茶が注がれている。
香りが違うので既製品ではないのだろうか。と彼に聞いてみた。
「あはは気づいた?大きめのポッドで作ってるんだ自分で作ると美味しさも一塩だよ」
「へー今度試してみようかな教えてね」
「うん約束だね!」
少し肌寒いとは言え今日は暑い日だったから冷たい飲み物は大歓迎だった。
渋みも美味くごくごくと飲めてしまうお茶だった。時間が過ぎ帰ろうという事になった。
「じゃあまた明日ね」
「うんばいばい」
玄関で見送ってくれた。嬉しそうで涼しげで私が大好きな笑顔で。
彼は冬になると本当に活発に動くようになった。いろいろなところに連れて行ってくれた。
夏は消極的なところがあったのだが冬は活発すぎてギャップを感じてしまう。
しかし彼は良く笑うようになっていた。私は冬が段々好きになっていった。
「今日は寒いねー」
「そうだね僕は冬が好きだからいいけど絵里はさむいの苦手そうだね」
「最近は冬樹がいるから苦手じゃなくなってきたよ」
「そっかそれは良かったよ」
カフェテラスで雑談をしていると外に白い結晶が降り始めた。
「あっ初雪だ!」
「本当だ!雪だ!」
「そういえばさ冬樹は夏の吹雪って知ってる?」
「!え!?」
「そ、そんなに驚かなくても」
「あ、ごめん・・・」
「今まで誰にも話した事が無かったんだけど・・・すごく不思議な話があるの」
「不思議な話?」
「そうなんだよ・・・」
私は小学の低学年の夏休み毎年叔父さんのペンションに泊まりに行っていた。
そこでいつものようにアイス片手に公園へ遊びに行ったときのことである。
ベンチでうずくまっていた男の子がいた。どうしたのだろうかと近づいた。
「どうしたの?だいじょうぶ?」
「あつくて・・・気持ち悪いんだ」
「え!?ど、どうしよう!?あ!アイスあるよ!食べる?」
「うん!」
美味しそうに、本当に美味しそうにアイスを食べていった。
「いきかえったー!」
「よかったよー!」
「ありがと!たすけてくれて!」
そこから男の子と仲が良くなっていった。毎日遊んだ。毎日笑った。
しかしある日風邪を引いたのを内緒で外に出てしまった。
「あたまが・・・くらくら・・・」
「だいじょうぶ?おでこかして!」
彼の額と私の額が触れ合った。男の子の額はとても冷たく白い傷跡が目に入った。
その冷たさに熱が吸い取られたのか風邪はすぐに治ってしまった。
「すごーい!ありがとー!」
「えへへ・・・よかった!」
楽しい楽しい夏休みはさっさと過ぎてしまい帰りの日となってしまった。
「きょうさパパがむかえにくるんだ・・・」
「そっか・・・」
私はすごく落ち込んだ。夏休みがずっと続けばいいのに。そう思ってしまった。
「おねがいがあるんだ・・・ぼくのことわすれないでね」
「わすれないよ!ずっと!」
「でもぼくたちはこどもだから・・・おとなになったら忘れちゃうかも」
「わすれないもん!ぜったいわすれないもん!」
「じゃあこれみせてあげる!みてて!」
男の子の手の中に雪が降り始めた。それは雪を超え吹雪になった。
「このなつのふぶきはだれにもいわないでねいったらいっしょうあえないよ」
「わかった!やくそくね!」
話し終わり彼の顔を見てみた。顔色が悪くなっている。
「あの吹雪はさ確かに男の子が降らせたんだ」
「そっか男の子の名前って覚えてるの?」
「それが思い出せないんだ・・・たぶん私の初恋なのに」
「案外近くにいるかもよその男の子・・・外に出ようか」
顔色が悪いのが答えたのか外でぶらぶら歩いていった。
「絵里はさ昔話の雪女って知ってる?」
「うん雪女にたすけてもらった男の人が話しちゃって別れちゃう話だよね」
「そうそれ話さなければずっと一緒にいられたのに・・・ベンチに座ろう」
彼は肩を抱きしめた。強く。強く。
「絵里・・・大好きだよ」
「私だって・・・大好きだよ」
彼の力が弱くなった。うなだれて凍えるような声で言った。
「絵里はさなんで言ったの?」
「冬樹?」
「誰にも言わないでって約束したのに・・・」
彼は前髪をかきあげた。そこには白い傷跡がしっかりとあった。
「うそ・・・あのと・・・」
そこから先が言えなかった。体が寒い。凍えるように寒い。
「さ・・・寒い・・・寒いよ冬樹」
「雪女は沢山の子供を産んだだろう?そのうちの一人が僕だよ、
僕たちならずっと一緒にいられると思っていたのに・・・秘密を話したらいられないんだ」
薄れていく意識で自分の体が凍って行くのを感じた。彼の名前を呼んでしまった。
「ふ・・・冬樹」
「!」
ピキッと氷が割れた。自由になった筈なのに動けない。
「できない・・・僕にはできないよ絵里」
意識が途切れる最後に確かに聞こえた。
「永遠にさよなら絵里さようなら」
目を覚ました。ここはどこだろう?私何してたんだっけ?確かここは・・・
「いつもの公園だ・・・」
とりあえず家に帰ろう。ベンチを立った。ふと隣を見ると真っ白な雪が降り積もっていた。