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有給休暇

作者: 籠の中の鷲

 上司に言ったら、どんな反応をされるだろう?

 突然ですが部長、再来月、3月に土日含めまして3週間ほどの有給休暇を申請したく存じます。

 労働環境に関わる昨今の風潮もございまして、今年度始めから部長は常々、休みたい時に休め、と申しておりましたが、困りましたことに殆ど使う機会も理由にも恵まれず、暇を必要とするトラブルすらなく、今年度もあと3ヵ月もない有様にございます。

 どうにも私には休暇を申請する理由がないのです。

 ご存知の通り、独身でございます。家庭持ちの森田係長のように嫁や子供の誕生日に休んで家族サービスですとか、松平課長の時のように小さな子供が熱を出したので休む等という突発的事態ですとか、後輩の川合のように離婚調停等というトラブルもありません。

 それどころか、真剣な付き合いをする恋人もおりませんので、先日の同僚の水野のように、やれ御両親に御挨拶だのといった、そんな一大イベントもありません。

 ああ……幸いにして、実家に不幸もなく、あったとしてもそうした事態に関しては別枠の休暇がございますので、有給取得の必要はございません。本当に幸いにして、家族は皆健康そのものでございまして、ならばと親戚に祝い事の予定も無ければ、私が今更急いで帰省する理由は皆無にございます。

 さらに幸いなことに、私自身どうにも健康そのものでありまして、長期の治療が必要な怪我も病気もなく、若さか気の持ちようか甚だ見当がつきませんが、多少体調を崩せど長期の休養を要するほどの身体的疲労もないのでございます。

 趣味におきましては、何かと目移りしてアレコレ手を出してはございましたが、全て土日に出来れば満足、それ以上しようものなら飽き飽きするもので、昨今はそんな各所の人間関係にも疲れ、何をするにも情熱もなく、それらのイベントごとの知らせを受けてもさほど興味も関心も持てず、積極的に誘ってくださる方もいないのですから、わざわざ休みを取る気にもなれなかった次第にございます。

 しかし、年度始めに仰られた部長の御厚意とお気遣いには、どこかで応えなければと機会をうかがってはいたのですが、お声をおかけしようとするときに限って、私の周囲にはお忙しい方々が多数おりまして、私だけが何の理由も目的もなく休みを申請するなどとんでもないことだと、甚だ心苦しく思っておりました。

 しかし、新年を迎えた今、はたと気づいたのでございます。

 この貯まった有給は、あと3ヶ月足らずして訪れる次年度に繰り越される際、十数日分が切り捨てられてしまうのです。そしてそれは、入社以来何度も続いた事象にございます。

 いったい何のための休みなのか?

 そんな疑問が浮かび、考えても答えは出ず……否、出てくる答えは、休む理由が必要な休み、に帰結いたしまして、そうなりますと常々理由を持たざる私は人並みの休養……否、何を持って人並みと言うのか分かりませんが、とにかく人並みの休養に縁なく歳を重ねるかと思い、虚しさからこのような事を具申したくなるほどに気持ちを病んだ次第にございます。

 ああ、いえ……病んだなどというほど、深刻なものでもありません。気を病んだなどと、これは同情をひかんとして口をついて出た言い訳に過ぎません。申し訳ありません。

 しかし、どこか虚しさを感じているのは確かでございます。

 どうかそんな私に有給おおよそ15日分を承認し、何の理由もなく無為に休ませてはいただけないでしょうか?

 休む“理由”が必要だから休めない。

 こんな経験、ありませんか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めて読ませていただいたのがこの短編です。 とても共感いたしました。 誰かと比べると自分はまだまだ頑張らなければ 誰かと比べると自分はまだまだやらなければ 休むと不安になるところもあり…
[一言] 家族サービスで有給取れるって、すごくいい会社ですね。 そんなことしたら私、休み明けに席はないと思っております。 口では有給を取るよう言うくせに、実際は全く取らせる気さらさらない会社多いですよ…
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