再会
ある時春は、着慣れた学校の制服を着てふらふらと病院の廊下を歩いていた。人通りは少なく、ヒンヤリとした廊下の上をパタパタとスリッパが音をたてる。春は、あの黒い涙を出す少年のことなど、普段生活していく上で貯まっていく何気ない記憶に埋もれていた。
「……あれ?」
春の鼻をヒクリと動かす原因となったのは、花のようにいい香りがしたからだ。その匂いは風に乗り、春の埋もれていた記憶を掘り起こした。春は少年のことを思い出した。
後ろを振り替えると、あの時と同じ真っ黒な服を着た後ろを姿が見えた。春は駆け寄り、少年の斜め後ろから顔を覗きこむようにして、顔を確認した。春はここであの時の少年だと確信した。少年は春のことをチラリと横目に見ただけで、何も言わずに大股で歩いていく。
「すいませーん」
間延びした春の声が廊下に響く。廊下にはさっきまでいた人達はいつの間にかおらず、二人以外誰もいない。少年に声をかけたとは一目瞭然だが、少年は自分のことではないのが当たり前のように歩いていく。立ち止まって声をかけた春と少年との間には距離が広まっていった。そこで春は小走りで少年に近づき、肩を少しチョンチョンとつついて声をかけた。
「あのー、すいません」
さっきより声は小さく、控えめに。そこで青年は驚いたように足を止めた。
「……なんだ」
青年の声は低すぎず、高すぎず、中間を守っているように、平坦で抑揚がない声は、耳にすんなりと入ってきた。近づくと一層香る花の匂いは、香水のようにキツく香りを振り撒かず、声と同じように心地のよかった。
「前、木のとこで泣いてましたか?」
「……っ! 見えたのかお前」
見えたのか、という言葉に春は疑問を持つが、春は物事を良くも悪くも深く考えない性格だ。
「うん、見えました! それでさ、涙黒かったでしょ? どうして?」
少年は春の顔をじっと見つめる。そして顔を盛大に歪ませた。
「関係ないだろ……」
「でも、気になります! ここに新しく入った患者さん?」
春は一人でギュッと目を閉じ、顎に手を当てて考えるポーズをとった。その姿を見て少年は一度春から目を逸らし、こう言った。
「そんなに言うなら教えてやるよ。おかし話だぞ、聞きたいか?」
少し声は低くなり、相手を威嚇してるような声に春は「もちろん!」と能天気な声で返した。
二人は廊下にある冷たいソファーに離れて座った。
「いいか、俺は死神だ。お前が不思議がっていた涙は死神が流せる涙の一つで、お前らが流す涙と変わらない。色が違うだけだ。」
「死神さんかぁ…! カッコいいですな! 涙一つってことは、まだあるの?」
少年の方は相変わらず無表情であるが、春の方は目を輝かせている。
「まぁな。もうひとつの方はお前らと色が変わらない透明なやつだ。それは死んだやつを生き返らせることが出来るんだ。その涙を流すことは禁止されてるがな。………なんでそんなに真面目に聞いてられるかが訳わかんねぇ」
少年の言う通り春は普通ならおかしな話だと思い信じないような少年の話を否定せず、全てを信じていた。
「だって私にはそれを嘘と言える証拠がないから。信じるしか道はない! 今を信じて私は生きる!」
いつの間にか敬語が取れている春の言葉遣いを指摘するものはいなかった。
少年は呆れていた。こんなバカみたいな話を信じるやつのがいるのか、と。時間は過ぎていたようで、春が少年に話しかけてから10分が経とうとしていた。
「ああああ! 秋ちゃんに会いに行くんだった! じゃ、じゃあね死神さん!!」
嵐のごとく去っていった春に少年は顔を項垂れ
「また、変なやつ……」
と呟いた。
そして、立ち上がり少年も病院の廊下を歩き出した。
お盆帰りするので、次話は遅くなるかもしれません。