擬人化パルス ~モロイモノ~
文学ではありますが、推理小説でもあります。
そのまま読んで最後に気がついてまた読み返すもよし、推理しながら読んでもよしの作品となっているはずです。
ここは、暖かい場所。
初めは熱だった。暖かいものがこの身を包んで、この心地よさに溺れていた。けれども、暗く明るいその場所は、どうにも窮屈なものに思われた。そう、不満に思ったのが悪かったのかもしれない。
あれはいつの頃だったか。突然、開けた場所に転がり込むことになった。その場所は、今までいた小さく暖かな場所よりも格段に広く明るかった。けれどもずいぶんと冷たく、そして恐ろしい場所であることを知った。そうして生き残るために、守りを固めた。ちょっとやそっとでは傷つけられないように。
ばさり。
白くてがさがさとしたものがこの身を包む。これに覆われていると寒くもなければ乾燥することもない。けれども、それはただの一面に過ぎないことを知っていた。黄色く、いびつな形をした鉤爪のついた棒を乗せ、そいつはこの身を弄ぶ。ゆっくりと迫り来る鉤爪に、並々ならぬ恐怖を覚える。
いつも、そうだった。不意に、思いついたように突然に、奴はなんの気なしに弄ぶ。
ああ、やめろ、やめてくれ。そんなものを乗せるな。
叫びたい、逃げ出したい。なのにそんなことすら許されない身が恨めしい。眼前に迫り来る鉤爪は一度ピタリと止まり、そこから再びゆっくりと、速度を落として、触れる。
ゾクリとした悪寒が全身に走る。
コイツは一体全体何をしようというのか。身動きもとれず、ただ為すがままのこの身に!
自分よりも一回りも二回りも大きな奴にとっては、きっと触れた程度の認識なのだろう。だが奴の事情など知ったことか。されたほうとしては堪らない。きりきりと貫く痛みに、この身が長くは持たないことを感じさせられる。
そんなところに触るな!
叫びたいのに叫べないパラドックスは、精神的にも追い詰める。無抵抗なことをいいことに、奴は散々弄んだ挙句、逆さ向きにしてそのままに放置する。やはりあの白いもので覆うことを忘れずに。今なら分かる。この、自分よりも強大な奴は、こうすることで自分の非道を周りから隠しているのだと。
自分が逃げることも叫ぶことも叶わない身だと言うことをわかっていて、奴は何食わぬ顔で過ごすのだ。
「ほら、美味しい食事だよ。お前も、しっかり食べて体調には気をつけるんだよ」
「わかってるわよ。でも、悪いわね。今動けなくて」
「いいよいいよ、君はがんばってくれているんだ。その間くらいなんてことないさ」
悪いわね、だと? ふてぶてしいことを。今なお自分を閉じ込め、気まぐれに嬲る奴に良く似た姿のそいつは、きっと奴に騙されている。だがそれを知っていて、なんだというのか。そんなことを教える義理も、すべもない。
ふん、と気分だけは鼻を鳴らして、耐えしのぐ。奴に反抗する方法なんてない。そんなこと、最初から分かっていたのだ。手の平で転がされてなお、耐える以外の選択肢がない。
それでも。
そう思う気持ちはなくはない。だが実際問題として、自ら動くことも許されないこの身でできることなど……。
ぐらり。
身体の奥のほうで、何かがざわめくのを感じる。初めて感じるその奇妙な感覚に、動揺を隠せなかった。
日に日にその奇妙な感覚は強くなる。
そうだ。自分は今まで暖かく、こんな脅威に晒されることもない場所にいたのだ。あの暖かな記憶がよぎる。けれども、その思い出はもう、完全に思い出すことはできない。暖かな、という表現だって、昔はあの場所のことを指していたはずなのに。今ではこの、恐ろしい奴の白いもの。これに包まれた感覚しか思い出せない。
では今感じ始めている感覚は、一体なんなのだろうか。まるで、体の奥のほうで、しこりのような、強いものが巣食いはじめている様な。
内なるものは、初めはそこにある、奇妙な感覚に留まった。しかし次第にそれは大きくなり、語りかける。
「外へ。外へ。こんなところ、出て行きたい」
それは昔から思っていたことと重なって。唐突に、身体の内側に鋭い痛みが走った。
ああ、これは。
それ以上考えても不毛なこと。いっそ割り切って、この現状を甘受してしまえば楽になるのだろうに。
どうして今、こんな時に、こんな。
突くような痛みは治まらない。それどころかますます激しく、辛く。
「あら、もうそろそろね」
奴はそう言って微笑む。
ああ、やっぱりコイツは悪魔だ。もう、こっちは身も心もひびだらけなのに。奴は嬉しそうな顔で、いつもと違うことをする。
頭を上げ、その硬い鈍器を振りかぶる。
なんてことを。
身も竦み、恐怖に支配される。逃げられない、動けない。
ガツンと鈍い音がし、自分は地べたを転がる。どうも目測を誤ったようで、なんとか、無事。
「あらら。大丈夫? 怪我してないかしら」
その一言で、折れた。恐ろしさを通り越し、達観ともいえる感情が訪れ、全てを諦めた。
まさか、目に見えて分かる凶器を振り落とされて、それを命中させることに失敗されて、なんとか生きながらえた相手に言う第一声がそれだなんて。これならいっそ、「次こそは」と言ってくれた方がいくらかましだったかもしれない。
内側に走る痛みは鋭く、同期して奴は鈍器を打ちつける。
どこか人事のように感じながらも、現実に訪れる痛みは耐えようもない。張り裂けそうなこの身のままに、せめて、せめてと祈りを捧げる。もう助からない身だと言うならば、せめてあの、悪魔とよく似た姿をもった、食事を運んできたあの者に。コイツはお前を利用しているだけなのだと、伝えるだけの力を。
どうか、どうか、どうか――。
身体は悲鳴を上げる。もともと、さして強固な身体はしていない。来るべき時が来たのだ。ただ、それだけの話。心残りがあるとすれば、あいつに伝わったかそれだけで。
ついに、身体は音を上げた。もう、持ちはしない。そして、薄っぺらくて見識も狭く、世間知らずなそれは。
とうとう意識も遠ざかる。何度も何度も振り下ろされる鈍器に、感覚なんてとうに麻痺しているのだ。
そうして。
音を立てて崩壊する。
まるで断末魔の叫びように、音を立てて瓦解する。それは蚊の鳴くほどの小さな音でしかないが。せめて一矢報いようとでもいうかのように。
そして中から、黄色いひよこが飛び出した。
……正体がわかった上で読んで、納得できるものだったでしょうか? 読みにくかったので加筆修正しました。
またこんな風に擬人化小説を書いてみたいと思います。
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