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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

砂漠の天使

作者: 夕姫

僕はゼロ。砂漠の旅人。コロニーからコロニーへ荷物を運ぶのが僕の仕事。危険な仕事ってわけじゃないけど、トラブルは結構ある。それでもこの仕事を続けてるのは、やっぱりお客さんの笑顔がみたいからだ。何も持たない僕が誰かの役に立てるなら、これほど嬉しいことはない。


「やあゼロ、今回はこれを頼むよ」

男に頼まれたのは、大きな箱だった。彼の普段の依頼は手紙だから、荷物は初めてだった。

「珍しいな、荷物だなんて。期間と金額は重さと距離によるんだけど、どこまで持ってくんだ?」

「俺も人からの依頼でね。センターまで届けてくれとさ。なるべく急ぎで頼みたいんだと。運搬車使うならその分も経費にいれていいってさ。金額は20万まで出すって話だ」

「センターか……」

僕は暫く計算して、

「じゃあ、料金は20万でいいよ。期間は20日でどう?」

「ああ、構わない。助かるよ。センターまで直通ってのがゼロしか思い浮かばなくてな」

僕は男から料金が振り込まれたのを端末で確認してから運搬車を手配して荷物を調べた。といっても、周りを真っ黒い壁に覆われた檻としか言えない物。中の様子はわからないけど、たぶん生き物だろう。センターは研究施設が集まってるところだから,実験動物ってことだ。中身が何だろうと運ぶけれど,一応確認してみる。

「これ、生き物じゃないの?食べ物は?」

「ああ、眠らせてるから必要ないらしい。センターの通行証と受け取り先の地図はこっち。他は?」

「いや、それで十分。じゃ、出発するよ」


荷物を運搬車に載せて、運転席に乗って準備完了。コロニーのゲートで通行証をかざしそのまま通過する。

コロニーからコロニーへは道なんかない。そもそも砂漠ばっかりで目印もないし,作ってもすぐに砂に埋もれてしまう。こんなところで役に立つのはGPSだけだ。これだけは何があっても手放せない砂漠の必需品。ちなみに、電波は人工衛星じゃなくて月から来ている。

センターまではここから3つのコロニーを経由した先にある。いちいちコロニーに寄ってたら時間がかかるので、今回はセンターまで直進することにした。ひとりぼっちの20日間の砂漠の旅。


出発して3日目、どのコロニーの領域からも外れた零地域と言われるところにさしかかったとき,突然目の前に2人の男が降りてきた。背中にトンボみたいな羽をつけた全身黒尽くめの彼らに,僕は見覚えがあった。

「フィスにシス,久しぶりだね」

僕の数少ない過去の記憶にうっすらと残っている二人。運び屋になる前のことはほとんど覚えていないから、二人のことも名前と顔くらいしか思い出せない。

「ゼロ、その積み荷をこちらへ渡してもらえませんか」

フィスが口を開いた。表情は読めない。

「これを運ぶのが僕の仕事なんだけど?渡したら信用に関わるから駄目だね」

僕は努めて平静に伝える。

「それがセンターに渡ると困るんですよ。中身についてはご存知ですか?」

「知らないよ。余計な詮索はしない主義だ」

「知らないままでいてください。とにかく、その積み荷はこちらへ渡してもらいます」

僕たちの会話の間にシスが積み荷に手をかけていた。僕はシスの方へナイフを投げた。戦闘は得意じゃないけど仕方ない。二人の活動限界までは粘らなければ。シスはナイフをはじき飛ばした。が、その方向がまずかった。積荷に当たったんだ。

「これって……」

ナイフが当たったら、黒かった箱が透明になった。そして、中にいたのは僕と変わらない年に見える女の子だったんだ。

「人、……センターが,人体実験を?」

僕がつぶやいた問いに、フィスが答えた。

「これは、サンプルですよ。彼女は,僕らの後輩です。……と、時間のようですね」

フィスの視線がシスに向いてるので、僕もそちらを見た。シスの顔が苦痛をこらえるような表情をしている。

「改めて,また来ますよ。彼女を連れ戻しにね」

フィスはシスを連れて飛び立って行った。


さて、困った。一応,政府は人体実験を禁止している。それに、フィスとシスの後輩ってことは、僕も無関係じゃない。

考えていると,女の子が起き上がった。さっきの衝撃で目覚めたんだ。

「ここは……?」

ぼんやり周りを見回して、僕をみつけたらしい。

「あなたは……もしかして、ゼロ?」

僕が軽くうなずくと,女の子は箱の隅のバーを指差した。

「そこに、このケースを開けるスイッチがあるの。押してもらえる?」

今回の依頼は失敗か。違約金いくらかな。そんなことを考えながら教えられたスイッチを押して箱を開けた。

「ありがとう」

女の子はフィンと名乗り,誘拐されたのだと言った。

「まさか地上にいるとは思わなかったけれど。それに、あなたに会えるとも思ってなかった。ずっと夢だったの。ここにきてあなたに会うことが。それを利用されたのね」

「僕を、知っているのか?」

僕の少ない記憶の中には、この子はいない。

「ええ。でも、会うのは初めて。会えて良かった」

フィンはふわりと微笑んだ。


僕は箱から出たフィンと一緒に,とりあえずセンターを目指すことになった。目的地があった方が良い,とフィンが言ったから。フィンは昼間は箱ではなく運搬車の僕の隣に座った。おかげで、いろいろな話が出来た。フィンの年齢は見た目通り17歳だという。

「僕と同い年だ」

というと嬉しそうだった。

「砂漠は初めて」

と言ってはしゃぐ姿は年齢よりも幼く見えた。

砂漠に覆われたこの星で、砂漠を見るのが初めてってことは、箱に入れられたままここに運ばれたんだろう。僕や彼らの後輩ってことは、フィンが生まれ育ったのは月ってことになるから。


フィンとの旅は楽しかった。彼女の羽根は真っ白い鳥の翼。宗教画の天使に似せたんだと言った。時々飛び立って、見失って慌てる僕を笑った。


センタードームが見えた時、フィンに聞いた。

「どうする?あそこへ行く?逃げたいなら、逃げてもいいんだ」

フィンはしばらく目を閉じて考えてから答えた。

「帰りたい。月へ」


僕は悩んだ。フィンの翼では月にたどり着かない。僕は翼を持たない。月へ行く乗り物はエレベーターと船だけど、どちらも利用申請が通ることはない。考えている僕にフィンが言った。

「ゼロ、あなたの翼が見たい。あなたなら、月まで飛べる」

「僕の、翼?」

僕には翼はない。けれど、僕は月で生まれた。それはわかってる。でも、月にいた時のことも、どうやってここに来たのかも、何も覚えていない。なぜ。なぜ。

そこへ、フィスとシスが部下を引き連れて洗われた。

「遊びは終わりですよ、フィン」

「帰りましょう、閣下のもとへ」

フィンは逃げようとしたが、相手が多すぎて逃げきれず、捕まってしまった。

「フィン!」

助けようとした僕も取り押さえられた。

「ゼロ、きっと会いに来て。あなたの翼は折れてはいない。忘れさせられてるだけだから」

フィンは彼らに拘束されて連れていかれてしまった。彼らは船に乗ってあっという間に消えてしまった。


僕の翼。あるなら答えろ。フィンが待ってる。


そのとき、背中に暖かいものを感じた。飛べる。

僕は真っ直ぐ月を目指した。空気も温度も気にならなかった。ただ、フィンのことだけを想い、空を駆けた。


月が見えた時、僕はすべてを思い出した。そうだ、僕はここで生まれた。ここで、飼われていたんだ。月の支配者、ロードのペットだった。鳥籠の中で、他の世界を知らず、満足していたんだ。そして、研究者の一人に外へ連れ出され、砂漠に着いたら翼と記憶を失うように設定されて逃がされたんだ。あの研究者、フィンによく似ていた。


記憶を頼りにフィンの居場所を探す。きっとあそこだ。僕が閉じ込められていた鳥籠。僕たちは、あの鳥籠でしか生きられないと言われていたから。実際、ほかの仲間は外の空気に触れたら死んでしまった。無事だったのは、僕、そして短時間限定でフィスとシスだけだった。


フィンを見つけた。けれど、ロードもいた。

「おかえり、ゼロ」

「閣下…」

ロードは変わらなかった。何年も経っているはずなのに。

「フィンに、会いに来ました」

僕の言葉に、ロードがくくっと笑った。

「懐かしいだろう?フィンはあの女で作ったんだ。お前が逃げてしまったからな。翼は美しい。しかし、いくらやってもお前ほど美しい翼はできなかった」

そういいながらロードはフィンを抱き寄せた。フィンはおとなしくされるままになっている。当然だ。ここではロードに逆らうことはできないのだから。

「閣下、フィンをどうするのですか」

「お前はどうしたい?」

「僕は、フィンに自由になってほしい」

「お前が手にしたように、か?」

「はい。僕は、フィンと生きていたい」

「そうか」

ロードの雰囲気が変わった。そして、フィンの翼を片方掴むと、引きちぎった。ぶちぶちと、肉のちぎれる音がして、フィンの顔が苦痛に歪み、悲鳴が上がった。

「フィン!」

ロードが引きちぎった翼をぐしゃりと握りつぶして、嗤った。

「さあ、どうする?」

血を流すフィンを僕の方へ突き飛ばしたので、慌てて受け止めた。

「ごめんね」

フィンが途切れ途切れに小さな声でそう言った。

「ほんとはね、私、ゼロをここに連れてくるために砂漠に降りたの。ドームの映像であなたを見て、ずっと会いたかった。会えて良かった」

「フィン…」

「飛んで、ゼロ。あなたは自由なのだから」

フィンはそこまで言うと目を閉じて動かなくなった。今は気を失っただけだけど、このままだと…何かないのか、僕に何か、フィン…

フィンを助けたい。そう強く願ったとき、僕の羽根が現れて、僕とフィンを包み込んだ。そして、全てが白く染まった。


光が消えたとき、僕はフィンを抱きしめていた。フィンは白い羽根が両方ともなくなり、5歳くらいの姿に戻っていた。

「ほう…やはり、お前は最高傑作だ」

ロードが面白がるように言った。

「僕は行くよ。子どもはいつかひとり立ちするものだ。そうだろ、父さん」

ロードは答えなかったが、それが答えだった。

僕は子どもになって眠ったフィンを抱き、羽根を広げた。さあ、帰ろう。僕たちの砂漠へ。

飛んで飛んで、茶色い星が大きく見えてきた頃、フィンが目を覚ました。

「あれ…?私、どうしたの?お兄ちゃんだれ?」

僕は頭を撫でてやりながら答えた。

「もう少し寝てていいよ。フィン。僕はゼロ。砂漠の旅人さ」




作中に入らなかった設定…

羽根を持つのは人体実験により植え付けられたためです。

ゼロはロードの遺伝子を使って作られた試験管ベビー。

フィンはフィナーレ。有翼人プロジェクトの最後の実験体。


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