石造りの地下遺構の最奥に足を踏み入れた阿門甲斐吽と柏木湊の眼前に、常軌を逸した光景が広がっていた。
床を突き破り、天井のコンクリートを歪ませるようにしてそびえ立つ血塗れの巨大な鉄の杭。
その周囲では、大正の噴火の記憶と邪教の呪術が混ざり合い、人の形を捨てたどす黒い怨念の化身が、おぞましいうねりを上げて実体化しようと身悶えていた。
「これが、鹿児島市内の霊脈を根底から縛り付ける『要石』の正体か……!」
湊は息を呑みながらも、祖父から受け継いだ手帳を胸にしっかりと抱きしめた。
その掌から伝わる微弱な温もりが、恐怖心を押し退け、血族としての覚悟を奮い立たせる。
あの島が海底へ沈んだ今も、地上に残されたこの呪縛の核心を断ち切らなければ、街に本当の平穏は訪れない。
「そうだ。奴らはこの地下空間を拠点に、霧島から流れる清らかな龍脈のエネルギーを根こそぎ奪い取り、負の呪縛へと変換し続けていた。ここでこの杭を破壊しなければ、これまでの苦闘がすべて水泡に帰すことになる」
甲斐吽の声には、一切の迷いがなかった。
仕込み杖の柄を握る手にぐっと力を込め、黄金色の霊光を刀身へと纏わせる。
その瞬間、怨念の化身が異様な咆哮を上げ、巨大な腕を振り下ろしながら二人へと襲いかかってきた。
物理的な質量を超えた破壊力が空間を切り裂き、地下室の壁面を粉々に対象へと叩きつける。
「甘いわ!」
甲斐吽は疾風の如き身のこなしでその一撃をかわし、すれ違いざまに鮮烈な一閃を化身の巨腕へと叩き込んだ。
黄金の閃光が呪詛の塊を焼き焦がし、化身が苦悶の声を漏らす。
しかし、邪教の呪術によって強化されたその体は、わずかな隙間からすぐに黒い泥のような瘴気を湧き上がらせ、驚異的な再生力を見せつけた。
「再生するだと……!? ならば、完全にその核を叩き潰すしかない!」
湊は全身の感覚を極限まで研ぎ澄まし、祖父の手帳に刻まれた血の記憶と自身の霊力を完全に同調させた。
彼の身体の周囲に、淡く青白い光の粒子が幾重にも纏わり付く。
「湊、奴の動きを止めるぞ!」
地上での激闘を終え、神楽坂弘恵と橘翔平が地下への階段を駆け下りてきたのは、まさにその絶妙なタイミングだった。
「遅れちまったな! だが、ここからは俺たちも加勢するぜ!」
翔平が大地を踏み鳴らし、全身の血潮を熱くたぎらせながら化身の側面へと飛び込んだ。
彼の放つ圧倒的な肉弾の衝撃が、化身の巨体を大きくよろめかせる。
「聖域の光よ、この地下の闇を穿て!」
弘恵は神楽鈴を高々と掲げ、地下空間全体を包み込むような純白の浄化結界を展開した。
鈴の音が共鳴し、化身の周囲を取り囲んでいたどす黒い瘴気を次々と焼き払い、その動きを完全に封じ込める。
四人の力が完璧に噛み合った瞬間だった。
「今だ、湊……!」
甲斐吽の叫びに呼応するように、湊は一気に間合いを詰め、渾身の霊力を込めた拳を化身の胸元深くへと叩き込んだ。
「祖父が果たせなかった願い、そして俺たちの未来のために――ここで消え失せろ!」
湊の拳が化身の核を直撃した瞬間、まばゆい光が地下空間を埋め尽くした。
怨念の化身は断末魔の悲鳴すら残すことなく、内側から弾け飛ぶようにして霧散し、完全に消え去っていった。
敵の消滅と同時に、部屋の中央で異彩を放っていた巨大な「封印の杭」が、ガリガリと不気味な金属音を立てて亀裂を走らせた。
「これが最後だ!」
四人の意思を一つに重ね合わせた甲斐吽の渾身の杖撃が、杭の根元へと正確に打ち下ろされた。
激しい衝撃音とともに、杭は粉々に砕け散り、その破片は黒い砂となって消えていく。
二本目の杭が破壊された瞬間、地下遺構の天井の隙間から、どこか爽やかな外の風が吹き込んできた。
それは、鹿児島市内を縛り付けていた重苦しい呪縛の枷が外れ、霧島から流れる本物の龍脈の息吹がこの街の隅々にまで行き渡り始めた証拠だった。
「やったな……これで市内の結界も大きく弱まったはずだ」
翔平が額の汗を拭いながら満足げに笑うと、弘恵も安堵の表情を浮かべてうなずいた。
しかし、湊は崩れ去った杭の残骸を見つめながら、鋭い視線をさらにその奥へと向けていた。
「いや、まだ終わりじゃない。手帳の記録によれば、残りの杭はさらに別の重要拠点に隠されている。すべての因縁を断ち切るまで、気を緩めるわけにはいかないさ」
四人は互いに視線を交わし、力強くうなずき合った。
歴史の裏に巣食う邪教の欺瞞を暴き、鹿児島の大地を完全に解放するため、次なる舞台へと歩みを進めていくのだった。
第 37話(完)