怨念の島での戦いから数日が過ぎ、桜島は今日も噴煙を上げ火山灰を鹿児島市内に降らせている。
鹿児島の日常。
人々はあの夜の異変には気づかず、いつも通りに生活を送っている。
しかし、阿門甲斐吽たちの胸中には、あの隆起した島で見せた禍々しい鳥居の幻影が、消えない棘のように突き刺さっていた。
何より、あの島は甲斐吽たちが離脱した直後、巨大な波にのまれて再び黒い海原の底へと沈み込んでいる。
神楽坂弘恵は、実家に伝わる古文書の山から一冊の薄汚れた和綴じの冊子を引き抜いていた。
表紙には『大正三年の記録』と墨の滲んだ文字で記されており、ページをめくる指先がかすかに震えている。
前夜、桟橋で交わした会話――自分たちの行動が因縁の糸に引き寄せられた必然だったという確信が、いまや確かな歴史の裏付けを得ようとしていた。
「やっぱり……ここにあったわ」
弘恵の呟きに、資料を整理していた甲斐吽と、実家から戻った柏木湊、橘翔平の視線が一斉に集中する。
「何が書いてあったんですか、弘恵さん」
翔平が身を乗り出して尋ねると, 弘恵は息を呑み、書物の古いページを指し示した。
「大正の大噴火、その裏で行われていた隠蔽工作よ。当時の為政者や一部の権力者たちは、噴火をただの自然災害として片付けようとしたけれど、実際の地脈の乱れは人為的なものだったの。この土地の霊脈、俗に言う龍脈を私欲のために捻じ曲げ、負のエネルギーを一箇所に封じ込めようとした呪術者の集団がいたわ」
その言葉を聞いた湊は、コートのポケットから祖父の手帳を取り出し、ページを開いた。
そこには、弘恵が読んでいる古文書の記述を裏付けるように、別の角度からの調査記録が残されている。
「俺の祖父が遺した手帳にも、似たような記述がある。半世紀以上も前から、あの島周辺の海域だけに奇妙な潮のねじれが生じていたこと、そしていつかその歪みが破綻するという警告がね。あの夜、俺たちが引き寄せられるようにして島へ渡ったのは、この歴史の澱みが血族の記憶を呼んだからかもしれない」
湊の言葉にうなずきながら、翔平も腕を組んで続けた。
「俺の親父が言っていた、代々この南九州で古い役割を担ってきたっていう家系の話も、これにつながるんだろうな。あの島で感じた悪寒は、祖先たちが遺した記憶の残響だったってわけだ」
甲斐吽は静かに目を閉じ、二人から差し出された手帳と古文書の内容を頭の中で一つに結び合わせていった。
「古文書の記述と、お前たちの血脈に刻まれた記憶が完全に噛み合ったな。大正の大噴火の折に噴き出したマグマの底の怨念は、単なる自然現象のエネルギーではない。当時の呪術者たちが意図的に構築した『構造的欠陥』によって固定化されていたのだ。あの夜に出現したドス黒い鳥居の島は、その構造が地表へと歪み出た特異点にほかならない。だが、その本体がすでに海中へと沈んだ今、あの島を叩くだけでは元凶を断つことはできん」
甲斐吽の重厚な声が部屋の空気を引き締める。
歴史の影には常に歪んだ信仰や私欲をむさぼる邪教の影があった。
その邪教がこの時代で再び動き出し、大正大噴火のような大災害を引き起こそうとしてる。
真の元凶を打ち砕く鍵は、海の中ではなく、陸の随所に隠されていた。
「じゃあ、その元凶の根っこはどこにあるんだ?」
翔平が問いかけると、弘恵は古文書の地図を広げ、指先でいくつかの拠点を辿った。
「呪術者たちが仕掛けた『封印の杭』のような霊的呪具は、海の中だけじゃないわ。北の霧島から桜島を抜け、鹿児島市内の歴史的な事柄に関連している場所に点在し、脈絡なく隠されているのよ。彼らは霧島からの清らかな龍脈をねじ曲げ、負の呪縛へと変えるためにこの結界を張り巡らせたの。私たちがやるべきなのは、それぞれの場所に隠された呪具を見つけ出し、順に破壊して霧島からの霊脈を本来の流れへと解放していくことよ」
湊は手帳をしっかりと握り締め、祖父が果たせなかった願いを引き継ぐように力強く前を見据えた。
「祖父の残した記録と、この古文書の導きがあれば、すべての拠点を突き止められるはずだ。歴史の裏に巣食う邪教の仕掛けを暴き、すべての因縁に決着をつけてやるさ」
交錯する歴史の真実と血の因縁を胸に、四人は霧島から鹿児島市内へと続く呪縛を解くための具体的な戦いへと言葉を誓い合った。
大地に張り巡らされた悪しき澱みを解放するための反撃が、静かに、しかし確かな熱を帯びて始まろうとしていた。
第33話(完)