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導きの灯り〜阿門甲斐吽〜  作者: 阿門 甲斐吽


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【第21話】春の終わりに吹く風


 四月(しがつ)()わりを(むか)え、鹿児島(かごしま)市内(しない)(そら)初夏(しょか)(おも)わせる(まぶ)しい(あお)さに()まりつつあった。


 城山(しろやま)山肌(やまはだ)からは新緑(しんりょく)(かお)りが(おだ)やかな(かぜ)()って街中(まちなか)(はこ)ばれ、天文館(てんもんかん)(とお)りを()()人々(ひとびと)(よそお)いもすっかり(かろ)やかになっている。


 季節(きせつ)確実(かくじつ)(うつ)()わり、(あら)たな生活(せいかつ)のリズムがそれぞれの日常(にちじょう)にしっかりと()()ろし(はじ)めていた。


 その(はな)やかな大通(おおどお)りから一本(いっぽん)(わき)()れ、(ふる)雑居(ざっきょ)ビルが(かた)()()(しず)まり(かえ)った路地裏(ろじうら)


 相変(あいか)わらず看板(かんばん)もなく、表札(ひょうさつ)すら(かか)げられていないその(くろ)板壁(いたかべ)(いえ)は、()わらぬ静寂(せいじゃく)をまとってそこに(たたず)んでいた。


 しかし、かつて相沢(あいざわ)真由美(まゆみ)()()んだ過去(かこ)重荷(おもに)や、()()ったトランクの(そこ)にあるような(おり)んだ気配(けはい)はすっかり()()せ、(いま)はただ心地(ここち)よい(はる)(おだ)やかな空気(くうき)()ちている。


 (たちばな)翔平(しょうへい)は、しっかりと(まえ)見据(みす)えた足取(あしど)りでその路地裏(ろじうら)(すす)み、(ふる)びた木製(もくせい)()()(まえ)()った。


 あのとき、柏木(かしわぎ)(みなと)という青年(せいねん)()()こした時空(じくう)(ゆが)みを(とも)見届(みとど)けてから、いくつかの時間(じかん)(なが)れた。


 翔平(しょうへい)自身(じしん)自分(じぶん)仕事(しごと)()()(なか)で、かつての焦燥(しょうそう)完璧主義(かんぺきしゅぎ)呪縛(じゅばく)がいかに自分(じぶん)(しば)っていたかを痛感(つうかん)し、(いま)はチームの仲間(なかま)たちと信頼(しんらい)()かち()いながら充実(じゅうじつ)した毎日(まいにち)(おく)っている。


 今日(きょう)個人的(こじんてき)相談(そうだん)があってやってきたわけではなかった。


 仕事(しごと)区切(くぎ)りが()いタイミングで、あの(よる)(こころ)(ちか)った「対価(たいか)」を(おさ)め、(あらた)めてこの場所(ばしょ)自分(じぶん)(あし)挨拶(あいさつ)()たかったのだ。


「……失礼(しつれい)します」


 翔平(しょうへい)深呼吸(しんこきゅう)(ひと)つすると、(ふる)びた木製(もくせい)()()にそっと()をかけ、カラカラと(かわ)いた心地(ここち)よい戸車(とぐるま)()らして(なか)へと(あし)()()れた。


 薄暗(うすぐら)空間(くうかん)壁一面(かべいちめん)には民族調(みんぞくちょう)仮面(かめん)(すす)けた古文書(こもんじょ)()るされ、天井(てんじょう)からは(かわ)いた植物(しょくぶつ)がぶら()がっている。


 中央(ちゅうおう)円卓(えんたく)(うえ)では、一筋(ひとすじ)蝋燭(ろうそく)(ほのお)(しず)かに()らいていた。


 いつもの、阿門(あもん)甲斐吽(かいうん)のいる空間(くうかん)だった。


 (おく)(くら)がりから、(ひく)()()いた(こえ)とともに甲斐吽(かいうん)姿(すがた)(あらわ)す。


 その底知(そこし)れぬ(ひかり)宿(やど)した双眸(そうぼう)は、(おとず)れた(おとこ)(たし)かな成長(せいちょう)(しず)かに見据(みす)えていた。


「よく()ましたね、(たちばな)翔平(しょうへい)。その()んだ気配(けはい)()るに、日々(ひび)(あゆ)みは順調(じゅんちょう)なようですね」


 甲斐吽(かいうん)言葉(ことば)に、翔平(しょうへい)自然(しぜん)()()まった()みを()かべ、円卓(えんたく)(まえ)()ちながら(ふか)(あたま)()げた。


「お(ひさ)しぶりです、阿門(あもん)さん。あのとき、自分(じぶん)(よわ)さと()()覚悟(かくご)(おし)えていただいたおかげで、(いま)(おれ)があります。現場(げんば)のチームもうまくいっていて、ようやく(むね)()って仕事(しごと)ができるようになりました」


 翔平(しょうへい)はポケットから(ちい)さな封筒(ふうとう)()()し、円卓(えんたく)(うえ)にそっと()いた。


「あのとき約束(やくそく)した対価(たいか)を、(いま)自分(じぶん)(ちから)(かせ)()した報酬(ほうしゅう)(なか)から(おさ)めます。金額(きんがく)(さだ)めはないと()われましたが、(いま)(わたし)自分(じぶん)人生(じんせい)()(もど)せたことの価値(かち)(かたち)にしたものです。どうか、()()ってください」


 甲斐吽(かいうん)(しず)かに封筒(ふうとう)()()とし、やがて満足(まんぞく)げに(うなず)いた。


()()りましょう。あなたが自分(じぶん)(あし)(あゆ)み、()()未来(みらい)(おも)み、しかと()()めました」


 一礼(いちれい)した翔平(しょうへい)がホッとした表情(ひょうじょう)()かべたその(とき)、ふと、部屋(へや)()()(ふたた)びカラカラと(おと)()てて(ひら)いた。


 ()(かえ)ると、そこに()っていたのは柏木(かしわぎ)(みなと)だった。


 相変(あいか)わらずラフな格好(かっこう)だが、その()つきにはかつての(とが)った焦燥(しょうそう)はなく、どこか()(あし)()いた精悍(せいかん)さが宿(やど)っている。


「おっ、(たちばな)さんじゃねえか。奇遇(きぐう)だな」


柏木(かしわぎ)さん! あんたも()ていたのか」


 二人(ふたり)(かお)()()わせ、自然(しぜん)()みをこぼした。


 (みなと)もまた、祖父(そふ)(のこ)した手帳(てちょう)()がかりに(あたら)しい仕事(しごと)()つけ、自分(じぶん)(あし)未来(みらい)()(ひら)いている最中(さいちゅう)だった。


 (かれ)もまた、()()った(ちい)さな封筒(ふうとう)円卓(えんたく)(うえ)()き、甲斐吽(かいうん)()かって(ふか)(あたま)()げた。


阿門(あもん)さん。過去(かこ)(かげ)にしがみついていた(おれ)()()ましてくれてありがとうございました。(いま)(おれ)なら、どんな(かべ)()ても自分(じぶん)(あし)()()えていける()がします」


 甲斐吽(かいうん)二人(ふたり)青年(せいねん)(おだ)やかな眼差(まなざ)しで見渡(みわた)し、(しず)かに()げた。


(まよ)いを()()り、過去(かこ)因果(いんが)()()えた(もの)たちが、それぞれの現在(げんざい)()きるためにここに(つど)う。この(いえ)は、ただの(まよ)(びと)のための場所(ばしょ)ではありません。(みずか)らの意思(いし)人生(じんせい)(かじ)()(もの)たちの、(あら)たな(いしずえ)なのです」


 その重厚(じゅうこう)言葉(ことば)部屋(へや)隅々(すみずみ)にまで(ひび)(わた)り、空間(くうかん)全体(ぜんたい)(あたた)かな(ひかり)(つつ)まれるような感覚(かんかく)(つつ)まれた。


 用事(ようじ)()えた翔平(しょうへい)(みなと)は、(なら)んで(ふる)びた()()()け、(そと)世界(せかい)へと(ある)()した。


 ()()め、()(かえ)ると、そこには相変(あいか)わらず看板(かんばん)のない、ただの(ふる)木造(もくぞう)家屋(かおく)しかなかった。


 だが、二人(ふたり)(かん)じている世界(せかい)(かがや)きは、出会(であ)った(ころ)とは(まった)(ちが)っていた。


 頭上(ずじょう)にはどこまでも(たか)()(わた)った(はる)青空(あおぞら)(ひろ)がり、鹿児島(かごしま)市内(しない)街並(まちな)みは、これから(はじ)まるそれぞれの(あら)しい物語(ものがたり)予感(よかん)()(あふ)れて(かがや)いていた。


 (まよ)いを()()し、自分(じぶん)(あし)でしっかりと(あゆ)(はじ)めた(おとこ)たちの背中(せなか)を、あたたかな初夏(しょか)(かぜ)(やさ)しく()(つづ)けている。


 出逢(であ)いもまた、偶然(ぐうぜん)ではなく必然(ひつぜん)なのだ。






(だい) 21()(かん)






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