◇45 過去の未来 その一。
ここから少しの間、ルキウスのターンです
よろしくお願いします( * . .)"
「私たち生きているのね」
腕の中に収まるまだ幼い愛しい人は確かにあたたかかった。
抱き上げたそばから次第に冷たくなっていったあの悪夢のような時間とはよほど違う。
(僕たちは生きている)
胸で啜り泣くレティシアのぬくもりを確かめるように抱き締めた。
「――あぁ、生きてる」
時が巻き戻った原理なんて、知ったこっちゃない。
そんなことは、ルキウスにとってどうでもいいことだった。
(僕はもう間違えない)
ひとつ言えるとすれば、この好機を無駄にしてはならないということ。
「ねぇ、ルカ。貴方も記憶を持っていると言うことは、私も同じく死に戻った……っていう解釈をするのが正しい――のかしら?」
首を傾げて返答を待つレティシアに悶える。
その仕草がため息が出るほど可愛くて可愛くて仕方がない。
「ルカ?」
「……あぁ、えっと」
レティシアは生きる意味そのものだった。
その主軸を失った場合、ルキウスが腑抜けと化すのは説明するまでもなく当たり前で、想像に容易いことだ。
つまり何が言いたいかと言うと、正直なところレティシアを失ってからの記憶は曖昧な部分も多い。
つまりは、そういうことだ。
答えを待つ目の前の女の子のため、懸命に記憶を手繰り寄せる。
「うん、そうだね……どこから、話そうか」
彼女が知らない過去の未来で感じたのは絶望だった。
◇◇◇◇◇
「レティ」
ソードで貫かれた跡が残る胸と掻っ切られた喉から絶え間なく血が流れていた。傷の手当なんてし慣れている筈なのに、混乱が頭を占めて、どうすれば良いのか検討もつかず、ハンカチーフで傷口を抑える。
「ねぇ、レティ……レティ、僕の声が聞こえる? 遅くなってごめん」
呼び掛けにレティシアが応答することはなく、次第に胸の上下運動が弱く浅くなっていく。
「やだ、嫌だよ、レティシア待って」
ルキウスが駆けつけてから終ぞ目を開けることはなく腕の中で息を引き取った愛しい人は、燃え盛るその場とは逆行するように徐々に冷たくなった。
「レティシア。お願いだ、お願いだから、僕を置いて行かないで……」
今まで主従の壁に阻まれ想いを伝えることも行動に示すことも出来ずにいたことを悔いた。
この腕でレティシアを抱きしめるという夢にまで見た状況が命の灯火が消えた瞬間に叶うとは、これほどに皮肉なことは無いだろう。
みっともなくてもなんでも、息絶えたレティシアに縋るしか無かった。
ーーーーーーー
『レティシア! なんで、あの三兄弟が良くて、僕がダメなんだよ!』
『従者が必要ない場だからよ』
『でも、僕は貴女の護衛を兼ねて――』
『陛下が崩御なされて、続けて父が亡くなったわ。そして、今日は新国王の戴冠式だと言うのに、イルヴェント家が不参加よ』
どう見ても快晴なのに、まるで雨が降っているかのように憂鬱な表情で空を見つめるレティシアが深いため息をついた。
『……嫌な予感がするの』
『だったら、尚更!』
レティシアはひどく勘が鋭い。
彼女の言う嫌な予感はほぼ外れない。
『ルキウス。カイオンがまだ存命だった時のローザ騎士団と比較して、今の戦力はどれほど?』
レティシアがこちらに向ける厳しい視線に、ぐっと眉間に皺が寄る。
『――良いとは言えない』
レティシアの父であるアルフレドが亡くなったあの日、彼は一人ではなかった。
今日と同じく『嫌な予感がする』と言ったレティシアの言葉を受けて、父の護衛騎士カイオンと通常より多くの中堅騎士が同行していた。
――そして。
『そうね。優秀な騎士たちは――父と共に命を散らせてしまったから』
レティシアの勘は最悪の形で的中した。
『ローザ騎士団の強さはもちろん健在よ。でも残念ながら、全盛期には遠く及ばないのが現状』
腕が立ち雨天の乗馬にも長けている者ばかりで編成された一行が全員漏れなく同じ場所で命を落とすだろうか。
あの落馬事故は雨によるものだと言われているが、本当にそうなのか疑問が多く残るものだった。
『その戦力が削がれた今、侯爵家当主の兄様の護衛は優秀なものをつける。オーリとトーリは外せない。タウンハウスにはアーロン団長が残るけど、他の騎士たちは経験が浅い者も多い。信頼していない訳では無いけれど、ただ……それでは心許ないのよ』
その言葉に、ぐうの音も出なかった。
自分が桁違いで強いことをルキウスは自覚している。そして、レティシアが護身術を身に付けていてそんじょそこらの奴らに負けないほど強い事は傍にいた自分が一番知っている。ならば、ノーラン一人で十分だと決断するレティシアに反論の言葉は出てこなかった。
『タウンハウスが手薄になることは避けたいの』
ノーランも自分ほどでは無いが、強い。となると、レティシア危険に晒されることが限りなくゼロに近くなる事は馬鹿でもわかることだった。
『――仰せのままに』
『ありがとう』
疲れた顔で微笑むレティシアに、これ以上反抗なんて出来なかった。
『ルカ。これを』
『え、コレって――』
レティシアに手渡されたのは彼女が普段肌身離さずつけているロケットペンダントだった。
楕円型のペンダントの表面を飾るのはプリマヴェーラの家紋である薔薇の刻印。
『そう。このペンダントは我が家に代々受け継がれてきた家宝のひとつ。身につけている者の願いを叶えると言われているの。だから、本来は一族の者以外に渡すなんて以ての外なのよ?』
『じゃあ、余計にレティシアが持っていないと――』
そんなものを一従者に渡すなんてどうかしている。
『いい? ルキウス。それを渡すってことは、私はアシェルに気が付かれないようにまた貴方から受け取らないといけなくなるってこと。つまり、死んでいる場合じゃなのよ』
『だけど……』
『私とルキウスがお互いに無事でいるために、貴方が御守りとして持っていて。私にはもっと良いものがあるから』
そう言って掲げた腕にはいつの日かのレティシアの誕生日プレゼントにと自分が作った拙い栞紐が結ばれていた。




