第18話 銀鉱と月夜——あなたに伝えたいこと
復興計画の第二段階——鉱山の再開に向けた調査が始まった。
フィーネが見つけ出した坑道の地図を頼りに、俺とギルバートは閉鎖された鉱山の内部に入った。
「うわ、ひでぇな。崩落してやがる」
坑道の入り口から百メートルほど進んだところで、天井が崩れていた。瓦礫が通路を完全に塞いでいる。
「鑑定スキルで調べます。少し待ってください」
俺は鑑定を発動し、瓦礫の向こう側の構造を透視した。
崩落は局所的なもので、その奥の坑道は無事だ。そしてさらに奥——地下三十メートルほどの地点に、鑑定が捉えたミスリルの鉱脈は確かに存在していた。
「崩落箇所は回復魔法で修復できます。奥の坑道は生きています」
「マジか。こっから先はどうなってる?」
「ミスリルの鉱脈まで、既存の坑道をあと二百メートルほど延伸する必要があります。ただ、地盤は安定しているので掘削は難しくないはずです」
ギルバートが口笛を吹いた。
「お前の鑑定とかいうスキル、冒険者時代に欲しかったぜ。ダンジョンの地図描きで何回死にかけたことか」
「経験も十分すごいですよ。この坑道の構造を見て崩落の危険箇所を即座に指摘できるのは、ギルバートさんだからです」
「まあな。伊達に洞窟で寝泊まりしてきたわけじゃねぇ」
崩落箇所を回復魔法で修復し、奥へ進む。
坑道の壁面が、次第に銀色の光を帯びてきた。
「これが——ミスリルか」
ギルバートが壁面に手を触れた。
銀色の鉱石が、松明の光を受けて幻想的に輝いている。触れた指先にぴりぴりとした感覚が走る——魔力を帯びた金属の特徴だ。
「ギルバートさん、冒険者としてミスリルの相場はご存知ですか?」
「ああ。純度にもよるが、インゴット一本で平民が一年暮らせる」
「この鉱脈の推定埋蔵量から計算すると——」
頭の中で前世の財務スキルが回転する。
「ざっくり言って、帝国の中堅伯爵家の年収の五十年分くらいです」
「……おい坊主、今さらっととんでもないこと言わなかったか?」
「言いました」
ギルバートが天井を見上げて、深いため息をついた。
「俺のガキの頃の貧乏暮らしはなんだったんだ……足元に宝の山があったなんてな」
「シャリエ伯爵は表層の鉄鉱石しか掘っていませんでしたからね。この深さまで調査していれば、歴史は変わっていたかもしれません」
「変わらなくていい。あのクソ伯爵がミスリルを手にしてたら、もっと碌でもないことに使っていただろうぜ」
それは間違いない。
鉱山から戻ると、領主館の前に見慣れない馬車が停まっていた。
商家の紋章が入った、上質な馬車だ。護衛の傭兵が二人、退屈そうに立っている。
「来客ですか?」
館に入ると、大広間でリディア嬢が一人の少女と向かい合って座っていた。
少女は十六歳くらい。栗色の巻き毛を高い位置で結い上げ、商家の令嬢らしい上品だが実用的な服装をしている。手元には帳簿のような革表紙の本を抱えていた。
何よりも目を引くのは、その目だ。翡翠色の瞳が算盤を弾くように動いて、部屋の中のあらゆるものを値踏みしている。
「ルーク様、ご紹介しますわ。アンカードの商人ギルド幹部、ロッシ商会の娘——マリエッタさんです」
「はじめまして、ルーク様。マリエッタ・ロッシと申します」
マリエッタは商人らしい如才ない笑顔で頭を下げた。だが、その目は笑っていない。計算している目だ。
前世で取引先の営業マンに何百人も会ってきたが、こういう目をしている人間は大抵できる。
「アンカードの防衛戦の噂を聞きまして。天使を召喚した方がこの領地を再建されると聞き、商機を嗅ぎつけて——いえ、ご挨拶に参りました」
正直に「商機を嗅ぎつけて」と言いかけたところが好感を持てる。取り繕わない商人は信用できるというのが、前世で学んだ教訓だ。
「マリエッタさん、率直に伺います。何を求めてここに?」
「ミスリルの販路です」
やはり。この少女は情報が早い。鉱山の調査を始めたばかりだというのに。
「ルーク様が鑑定スキルをお持ちだという噂は広まっています。閉鎖された鉱山を調査しに行った——ということは、何かを見つけたのでしょう? 空振りなら、わざわざ調査になど行きませんもの」
鋭い。商人の勘と論理が両立している。
「仮にミスリルが見つかったとして、マリエッタさんはどのような条件を提示できますか?」
「ロッシ商会が独占販売権をいただけるのであれば、採掘設備の初期投資をこちらで負担します。さらに、鉱夫の手配も」
リディア嬢と目を合わせた。
彼女は小さく頷いた。交渉の余地あり、という判断だ。
「独占は難しいですが、優先販売権なら検討できます。詳細は改めて——」
「もちろんです。わたくし、しばらくこの領地に滞在する予定ですので」
マリエッタが商人の笑みを浮かべた。
「それに——こんなに面白い場所、すぐに帰るなんてもったいないですもの」
面白い場所、か。荒廃した辺境の領地をそう評する感性は、なかなかのものだ。
前世のベンチャーキャピタリストにも、こういうタイプがいた。他人が見捨てた場所に可能性を見出す人間。
その夜。
俺は領主館の屋上に出て、夜空を見上げていた。
異世界の星は前世より多い。光害がない分、天の川がくっきりと見える。前世では都会の空しか知らなかったから、こんな星空は初めてだ。
「ルーク様」
階段を登ってきたのはリディア嬢だった。
月明かりに照らされた金色の髪が、銀色に輝いている。
「また同じ場所にいましたわね。ルーク様は高いところがお好きなのですか?」
「人が少ない場所が好きなんです。前世の——いや、昔からの癖で」
リディア嬢が俺の隣に並んで、手すりに肘をついた。
見下ろせば荒廃した領地が広がっている。だが、南の農地だけは月明かりの下でも茶色い土が見えた。今日の成果だ。
「今日、住民の方と少しだけ話せましたわ」
「あの老人ですか?」
「ええ。名前はガスパル。元は農場主で、この領地の古参だそうです。最後まで残ったのは、逃げる体力がなかったからだと笑っていましたけれど——」
「本当は、この土地を捨てられなかったんでしょうね」
「わたくしもそう思いますわ」
沈黙が落ちた。
風が吹いて、リディア嬢の髪が揺れた。花の香りが夜風に乗ってくる。
「ルーク様」
「はい」
「あの日——謁見の間で、あなたに助けていただいてから、まだ十日も経っていませんわね」
「そうですね。体感では半年くらい経っている気がしますが」
「ふふ、本当に。毎日が濃くて、目が回りそうですわ」
リディア嬢が俺を見た。
月明かりに照らされた碧い瞳が、いつもよりずっと深い色をしている。
「わたくし、ずっと考えていたのです。なぜルーク様は、あの場でわたくしを助けてくれたのかと」
「理由なんて大したものじゃないですよ。隣にいた人が困っていたから——それだけです」
「それだけ、ですか」
「ええ。でも今は——」
言葉が、喉の奥で止まった。
「今は理由がある」と言おうとして、止まった。その先を言ったら、もう引き返せない気がした。
「今は?」
リディア嬢が一歩、近づいた。
月の光が彼女の顔を照らしている。
「今は、理由が——」
「ルーク様! 大変です!」
階段を駆け上がってきたフィーネが、息を切らして叫んだ。
「鉱山の近くで不審な人影が目撃されました! 複数です!」
俺とリディア嬢は同時に息を呑んだ。
旧シャリエ伯爵の残党か——
「ギルバートさんは?」
「もう現場に向かっています!」
「分かった。ぼくも行きます。リディア様は——」
「言わなくても分かっていますわ。館に残って警戒態勢を敷きます」
リディア嬢の目に、さっきまでの柔らかさはもうなかった。領主の目だ。
階段を駆け下りようとした俺の袖を、リディア嬢がそっと掴んだ。
「ルーク様」
「はい」
「さっきの続き——必ず聞かせてくださいね」
月明かりの下で、碧い瞳がきらりと光った。
「……必ず」
俺は頷いて、夜の闇に飛び出した。
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