第13話 浄化の光——あなたがいてくれたから
魔核の浄化は、想像以上の苦闘だった。
アンネリーゼ様の金色の光が魔核を包むたびに、黒紫色の魔力が激しく抵抗する。まるで生き物のように光を跳ね返し、時には触手のような形を取って聖女様に襲いかかる。
俺はアンネリーゼ様の背後から魔力を注ぎ続けた。
聖女様の身体を通して、俺の魔力が浄化の光に変換される。不思議な感覚だった。自分の力が別の形に姿を変え、黒い汚染を洗い流していく。
「くっ——」
アンネリーゼ様の身体が揺れた。
魔核からの反動が強い。聖女様の額に汗が浮かび、息が荒くなっている。
「アンネリーゼ様、大丈夫ですか」
「はい……もう少し、です——」
その時、森の暗がりから唸り声が聞こえた。
魔核の脈動に引き寄せられた魔物だ。大型の甲虫型が三体、枯れた木々の間から這い出してくる。
「任せてくださいまし!」
リディア嬢が両手を構えた。
碧い瞳が凍てつくような光を帯びる。
「氷結!」
冷気が大気を裂いて走り、甲虫型の魔物を一体ずつ正確に凍結させていった。
三体とも一撃。無駄のない、精密な魔法だった。
「ナイスです、リディア様!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。——ルーク様、集中してください。わたくしが守りますから」
リディア嬢が俺たちの背後で仁王立ちになった。
金色の髪がなびき、その周囲を氷の結晶が舞っている。
昨日まで「魔法が使えない」と言っていた少女が、今は守護者のように立っている。
人は変われる。
前世の俺が信じられなかったことを、この子が証明してくれている。
「ルーク様、最後の一押しです!」
アンネリーゼ様の声に応えて、俺は残る魔力を全て注ぎ込んだ。
金色の光が膨れ上がり——魔核を完全に包み込んだ。
黒紫色の脈動が弱まっていく。
禍々しい光が薄れ、代わりに澄んだ蒼い光が魔核の内部から溢れ出した。
汚染されていた水晶が、本来の姿を取り戻していく。
周囲の空気が変わった。
腐臭が消え、新鮮な森の香りが戻ってくる。枯れていた木々の根元から、小さな緑の芽が顔を覗かせた。
「——浄化、完了しました」
アンネリーゼ様が力尽きたように膝をついた。
俺も同時に座り込む。身体中の力が抜けている。
「お二人とも、お疲れ様ですわ」
リディア嬢が駆け寄ってきて、俺とアンネリーゼ様にそれぞれ水筒を差し出した。
「ありがとう、ございます……リディア様」
アンネリーゼ様が震える手で水筒を受け取り、一口飲んだ。
「アンネリーゼ様、あなたのおかげです。あなたの浄化がなければ、この魔核は破壊するしかなかった」
「いいえ。ルーク様の魔力がなければ、わたし一人ではとても……」
聖女様が照れたように笑った。
疲労で顔色は悪いが、金色の瞳には達成感の光がある。
「それに」
アンネリーゼ様がリディア嬢を見た。
「リディア様が守ってくださったから、浄化に集中できました。あの氷結魔法、とても心強かったです」
「当然のことをしたまでですわ」
リディア嬢はそっけなく答えたが、口元が僅かに緩んでいた。
三人で成し遂げた。
一人では不可能だったことが、三人なら可能になった。
前世の俺が、最後まで手に入れられなかったもの——信頼できる仲間。
鑑定スキルで魔核を改めて確認する。
浄化された魔核は安定した蒼い光を放っている。汚染は完全に除去され、本来の機能——安定した魔力の供給源としての機能が回復している。
「この魔核、適切に管理すれば領地の発展に使えるかもしれません」
「どういうことですか?」
リディア嬢が興味を示した。
「古代文明のエネルギー源です。農地の活性化、水の浄化、鉱物の精錬——魔力を安定的に供給できるなら、使い道は無限にあります」
前世なら特許を取って一生遊んで暮らせるレベルの発見だ。この世界に特許制度がないのが惜しい。
前世の経営企画の目で見れば、これは再生可能エネルギーの塊だ。
シャリエ伯爵はこれを私利私欲のために暴走させた。だが、正しく使えば——
「シャリエ領の復興に使えますわね」
リディア嬢の碧い瞳が輝いた。
あの日の言葉が蘇る。「みんなが幸せに暮らせる国を作りたい」——その夢の、具体的な手がかりがここにある。
「ええ。これは、ぼくたちの切り札になります」
魔核の浄化が完了したことで、変化はすぐに現れた。
森の中の魔力の汚染が急速に薄れていく。同時に、帰路で遭遇する魔物の数が激減した。
魔核に引き寄せられていた魔物たちが、統率を失って散り始めているのだ。
森を出ると、平原の向こうにアンカードの城壁が見えた。
城壁の外にいた魔物の群れが——明らかに減っている。散発的に動いている個体はいるが、組織的な行動は取っていない。
「やった——スタンピードが止まっていますわ!」
リディア嬢が声を上げた。
城壁の上から歓声が聞こえた。ギルバートの部隊が、散り散りになった魔物を掃討しているのだろう。
三人で走ってアンカードに戻ると、城門の前にギルバートが立っていた。
鎧は砕け、大剣は刃こぼれだらけ。だが、不敵な笑みを浮かべている。
「帰ってきたか、坊主。日没前に間に合ったな」
「ギルバートさんこそ、城壁を守りきってくれたんですね」
「ああ。おかげで十歳は老けた気がするぜ」
確かに昨日よりくたびれて見える。だが目の輝きは変わらない。
ギルバートが拳を突き出した。俺もそれに応えて拳を合わせた。
城門の内側から、避難民たちが恐る恐る顔を出し始めた。
魔物の咆哮が止んだことに気づいたのだろう。不安と期待が入り混じった表情で、空を見上げている。
黒煙は薄れ、夕日が雲の切れ間から差し込んでいた。
やがて——誰かが叫んだ。
「魔物が引いたぞ! 街が助かった!」
歓声が波のように広がった。
泣き出す者、抱き合う者、膝から崩れ落ちる者。
昨日まで絶望の中にいた人々が、生き延びた喜びを爆発させていた。
その光景を見ながら、俺の隣でリディア嬢が静かに涙を流していた。
「リディア様?」
「嬉し涙ですわ。気にしないでくださいまし」
そう言って、涙を拭う。
だが、次の瞬間——避難民の群れの中から、一人の少女が飛び出してきた。
褐色の肌に銀色の髪。ぼろぼろの服を着た、十五歳くらいの少女。
泥だらけの顔に涙の跡があり、裸足で走ってきて俺たちの前に膝をついた。
「お願いです……お願いです……」
少女は地面に額を擦りつけるように頭を下げた。
「シャリエ領を……あの土地を……助けてください……」
声は枯れていた。何日も泣き続けたような、嗄れた声だった。
「あなたは?」
リディア嬢が少女の肩にそっと手を置いた。
「フィーネと申します。シャリエ領の——元メイド長の娘です。領地から逃げてきました。あの土地はもう——人が住める場所ではありません」
フィーネと名乗った少女は、震える声で語った。
シャリエ伯爵が魔核を弄んだせいで、領地の土壌が汚染された。作物は枯れ、水は飲めなくなり、住民は次々と逃げ出した。残された者たちは飢えと病に苦しんでいる、と。
「お願いです。誰か、あの土地を——」
俺はリディア嬢と目を合わせた。
言葉は要らなかった。碧い瞳が、全てを語っていた。
「フィーネさん」
俺は少女の前にしゃがみ込んで、目線を合わせた。
「シャリエ領には、ぼくたちが行きます」
フィーネの目が見開かれた。
「ほ、本当ですか……?」
「本当です。ぼくたちはこれから、あの土地の新しい領主になります」
リディア嬢が俺の隣にしゃがんで、フィーネの手を取った。
「大丈夫ですわ。わたくし達が、必ずあの土地を生き返らせます」
フィーネは二人の顔を交互に見て——それから声を上げて泣き出した。
今度は絶望の涙ではなく、希望の涙だった。
夕日がアンカードの城壁を紅く染めていた。
戦いは終わった。だが——俺たちの本当の仕事は、ここから始まる。
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