一年生になったら
ホームルームが終わったいつもの教室。クラスメートはみんな引き払ってしまい、残っているのはわたしと哲史だけだ。早々課題の出来の低さで机に縛り付けられている。
あれだけ一緒に勉強したのに、どうしてこうなったのか。
「……ごめん、みっちゃん……、俺のやったところだった……。これでも教科書をきちんと写そうとしたんだけど……」
「それはおあいこ。だって、その後で交換して、確認しあったでしょ? 哲史のミスは、わたしのミス」
成人前にもなって『みっちゃん』のあだ名、聞き心地は悪くない。
時計の針だけが時の経過を知らせる。永遠に終わらないように思えてくる。
ふと、赤ペンを回転させていた哲史の手が止まった。
「……高校三年にもなって、これだから……。卒業できるかな、俺たち」
「『卒業アルバムの集合写真でみっちゃんのとなりを取る!』なんて宣言してたのは何処の誰だったっけ……?」
「……そのことは、ほら、……入ったばっかりの赤子だったから……」
「不安症だなぁ、哲史は。できるって、力をあわせれば」
わたしと哲史は、いつも二人でひとつ。表立ってはわたしが演じていたけれど、裏で台本を作ってくれていたのはいつも哲史。どうして人付き合いに疎いのかは今でも分からない。
探しても探しても見つからないのに、気が付くと彼はそこにいる。
卒業した先は大学。十二年を軽く超えるつきあいも、そろそろ出口に近づいているのだ。
「目先のことよりも、もっと未来のことを考えようよ! そうだなぁ……、一年生になったら、哲史は何がしたい?」
山の中でトンボを追っていた少年も、いまや大学生になる手前。それはわたしも同じだけれど、歩んでいる道が同じだとはとうてい思えない。
哲史は制服の上をイスにかけた。今日は季節外れだとテレビが言っていたはずなのだけれど。
「……大学、か……。……まだ、みっちゃんにも教えられない、かな……」
はぐらかされた。哲史の目が一瞬光った気がした。
そこまで言われたら気になってくる。まさか、連絡も何もせずにここを離れること、ないよね?
休み時間にだれとも交じらず哲史はいつも何かを描いていた。そしてわたしの視線に気づくと、きまって上半身で覆い隠してしまっていた。正体はそれなのかもしれない。
イタズラをされたらイタズラをし返す。等倍返しだ。悪いのは哲史だ。
「……哲史は学問よりも、友達作りを頑張らなくちゃいけないかもね。友達百人……は難しいとしても、数人はいないと」
「……そう……? いればいるほど、ひとりひとりと過ごす時間が短くなるのが、ね……」
揺れ動かしたかったのに、哲史は通常運転。もう何度も提案しているのに、頑として耳を傾けてくれない。大親友の忠告には耳を貸すものだよ、哲史くん?
もう少しだけ、彼を突いてみたくなった。
「……それと、彼女もかな? 大学って、いろんな活動してるところがあるらしいから、哲史も片っ端から入ってみれば……」
「……みっちゃん!」
哲史に切り込まれた。差し出しかけたわたしの人差し指は宙に浮いたままだ。
かたつむりの走るがごとく、哲史が立ち上がる。背筋がピンと伸びていると、彼は大きな男の子だった。
「……ごめん、驚かせちゃって……。……みっちゃんは、俺に大学で彼女をつくってほしいと思ってるの?」
哲史の息は荒々しい。虹彩の中心がわたしを一直線に捉えている。
「大学で、とは限定してないけど……」
からかいの延長線上だった。そうとしか答えられなかった。
幼馴染の喉ぼとけが持ち上がり、また落ちる。拳は強く閉ざされていた。
「……みっちゃん、いや、瑞希……。俺、みっちゃんのことが好きなんだ……」
―――二人きりの教室には、足の早い夕陽が差し込みはじめていた。




