21. 木こりの親子
エリックはハンネスの後について、山へと入った。
目指す場所は、中継機のひとつが埋められたポイントだ。
黙々と山道を行き、ハンネスが「あそこ」と指さした。そこには一転をぐるりと囲むように杭が打たれており、さらにロープで結ばれている。
目印であり、通信水晶保護のための結界だ。
エリックはそこへ駆け寄り、杖で地面を叩く。魔力を走らせ、通信水晶を起動させた。
遠隔操作になる。集中するために、目を閉じた。
「センセ、何してんの?」
ハンネスの質問に、エリックは振り向かずに答える。
「仕込みをしてます」
唇を舐めた。頭を回転させる。
呪文は、世界との契約書だ。嘘をつくことは許されないし、誤魔化しは効かないし、定義に曖昧なところがあれば意図せぬ結果を生む。
だから誤解の余地がないように、ひとつひとつ、論理を詰めていく。
(通信水晶に干渉するなら、直接操作するか、通信水晶をもう一機用意して、そこから通信する必要がある。そして僕以外に親機へ触っていないとしたら)
生唾を飲み込んで、一際大きな声で呪文を唱える。
(どんな形であれ、僕の知らない通信水晶が、こちらに持ち込まれているはずだ。そして僕は管理室を出禁になったから、あちら側から、ここへ不法侵入したことを知らせてもらうしかない)
唱え終わって、長いため息をついた。
仕上げに、杖でとんと地面を叩く。
「これでよし。ハンネスさん、次に行きましょう」
「おう。仕込みって、どんなことしてたんだ?」
「罠の仕込みです。次同じことをしたら、すぐ分かるようにしました」
へーえ、とハンネスは首を傾げる。
「よく分かんねえけど、いいんじゃないか? 獣も、同じ道を通ることが多いしな」
「狩りですか。いいですね」
ふふ、とエリックは笑う。ハンネスもにこりと笑って、「次行こうか」と歩き始めた。
こうして二人は、中継機が埋め込まれた場所を巡った。最後の中継機にまじないをかけた時には、すっかり日が暮れようとしていた。
ハンネスは空を見上げて、「遅くなっちまったな」と呟く。
「そろそろ危ねえや。センセ、身体は大丈夫?」
エリックは息も絶え絶えになりながら、身体強化を重ね掛けする。頷いて、ハンネスの後に続いた。
(これ、明日が怖いなぁ)
二人は山を下りた。夕暮れの道は足元が見えづらく、エリックは何度か足を滑らせそうになった。そのたびにハンネスが支えてくれたが、途中で足首をくじいてしまった。
「いった」
顔をしかめるエリックを、ハンネスは「仕方ねえ」と言っておぶった。エリックは身体を精一杯縮こまらせながら、うなだれる。
「すみません。足手まといで……」
「うんにゃ。気にしなくていいよ」
ハンネスの返事に、エリックはほっと息をついた。大人しく運ばれて、山を下りる。
出迎えたオットーは背負われたエリックを見て、「何やってんだ」と呆れたように言った。面目ない、とエリックは目を伏せる。
オットーは首を横に振った。
「まあ、いい。ほら降りろ。手当してやる」
エリックはハンネスの背中から降ろされ、ブーツを脱がされる。オットーはぶつくさ文句を言いながら、薬を足首へ擦り込んだ。
「こんな靴で山へ入るなんて、何考えてるんだって、ずっと物言いたかったんだ」
「すみません。これも魔術師の装備として、規定で決まっていて……」
「は? 山をナメてんじゃねえ」
叱られている。とはいえ実際、靴がきちんとしたものであれば、この怪我は負わなかったかもしれない。はい、はい、と頷いて、オットーの言葉へ耳を傾けた。
オットーは包帯を巻いて、エリックの足を離す。エリックはブーツを履いて、「ありがとうございます」と礼を言った。オットーは頭をかいて、まったく、と吐き捨てる。
「調子狂うなァ」
そして、ハンネスを呼ぶ。小屋の扉を指さした。
「お前、こいつをお屋敷まで送っていってやれ。どうせ歩けやしねえんだ」
「おう。分かった」
ハンネスは二つ返事で受ける。エリックが物を言おうとする前に、「しばらくは大人しくしとけよ」とオットーがエリックをにらむ。
「俺らみたいなのがちょっと怪我するのはいいが、お前みたいにひょろっとした奴の怪我はしんどいだろ」
どうやら、心配してくれているらしい。エリックはほっと息をついて、「はい」と頷いた。
ハンネスはエリックを支えつつ小屋の外へと連れ出そうとする。
扉をくぐる前に、エリックは身体ごと振り向いて、オットーを見た。最大限の感謝を示すために、片膝をついて、礼をする。
「お、おい。お前、やめろよ。足が痛いだろ」
オットーが慌てて立たせる。エリックは彼に、にこりと微笑みかけた。
「ありがとうございます。おかげで、僕も、レオポルト殿下に報いることができそうです」
そうか、とオットーは頷く。そして、もごもごと話し始めた。
「レオポルト様は王族だけどよ。俺にとっちゃ、妹の忘れ形見なんだぜ。……あの子に心から味方してくれる奴がいて、俺ぁほっとしたんだ」
オットーは「まあ、なんだ」と口ごもる。そして、わずかに目を伏せた。
「これからも、レオポルト様をよろしく頼む。今更、親戚ヅラなんかできねえけどよ……」
その実直な言葉に、エリックは「はい」と頷くことしかできなかった。
エリックはハンネスに支えられながら、馬に乗った。手綱を握るハンネスに抱き込まれる形だ。そして日の沈みかけた街を、ハンネスと駆けていく。
風が前髪を乱して、冷たくて、でも心地よかった。ぼんやりと夕やけを眺めていると、ハンネスが「なあ」と呟く。
「センセって、レオポルト様のこと、どう思ってんの?」
どうして、そんなことを聞くのか。エリックは首を傾げつつ、即答した。
「大事な人ですよ」
「そっかぁ。なんかいいな、そういうの」
その声色にはどこか、うらやむような響きがあった。エリックは目を閉じて、「そうですね」と微笑んだ。
「すっごく、大切です」
「ふうん。そりゃ熱烈だ」
からかうような言葉に、「内緒ですよ」とエリックは念を押す。ハンネスが「なんでぇ」と首を傾げる気配がする。
「……男同士でこういうの、とやかく言われやすいから」
ちいさな声は、風に掻き消されてくれただろうか。ハンネスはしばらくうなって、それきり黙り込んだ。
やがて、屋敷が近づいてくる。窓の明かりを見ながら、ハンネスが言った。
「男同士がどうとか、俺はよく分からないけどさ」
先ほどの言葉は、聞こえていたらしい。首をすくめるエリックに構わず、ハンネスは静かな声で言った。
「なんか……いいよな。レオポルト様も、センセのこと、きっとすごく大事に思ってるぜ」
頬が熱くなる。エリックがうつむくと、だからさ、とハンネスは言った。
「お互い、仲良くな。喧嘩しちゃダメだ」
屋敷の前にたどり着くと、人影があった。
その人は色の濃い金髪をわずかな明かりにきらめかせて、「エリック」と名前を呼ぶ。
「レオポルト殿下」
エリックが声をあげると、ハンネスが馬をとめる。先に降りて、エリックをひょいと担ぎ上げて降ろした。
「わ、ありがとうございま」
礼を言う声は、レオポルトに抱き寄せられて途切れた。腕の隙間からハンネスをちらりと見ると、彼は肩をすくめている。
「じゃあね、センセ」
ひらりと手を振って、馬へまたがった。その駆けていく背中を見送る間もなく、レオポルトがエリックの手を引く。
ずきり、と足首に痛みが走った。
「いった」
エリックの言葉に、レオポルトがぴたりと動きを止める。青い瞳が揺れながら、エリックを見下ろした。
「怪我をしているのか」
「ちょっと、足をくじいちゃって」
えへへ、とごまかし笑いを浮かべると、身体が浮いた。レオポルトが、エリックを横抱きにしたのだ。
「で、殿下。そんなことしなくても」
横で控えていたヘンケルに、助けてもらおうと目配せをする。しかしヘンケルは、そっぽを向いてエリックを見捨てた。エリックは仕方なくレオポルトの首に腕を回して、抱き着く。
「……ヘンケル殿に、伝言は頼んでいました」
「今日こんなことがあったばかりで、俺が心配しないわけないだろう」
いつになく硬い声だった。エリックは黙って、レオポルトの首筋に懐く。柑橘の香りと、汗のにおいがした。
心配させてしまった、と目を閉じる。
「申し訳ございません」
あっという間に、二人の部屋に着いた。レオポルトはそっとエリックの身体を降ろして、椅子へと座らせる。
手ずからブーツを脱がせて、足首を診た。
「手当はされているのか」
そして、じろりとエリックをにらみ上げる。エリックは両手を挙げて、うなだれた。
「説明させてください」
レオポルトは「許す」と鷹揚に言って、エリックをまた持ち上げた。そして、二人掛けのソファに座る。エリックは、レオポルトの膝へ横座りになった。
観念して、エリックは口を開く。
「気になることがあって、中継機を見に行ってきたんです」




