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野犬公の愛人  作者: 鳥羽ミワ


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17. 警報

 気づけば、すっかり日が暮れていた。エリックとレオポルトは身体を離して、湯浴みをした。食事をとり、また同じ部屋へ戻る。

 そして昼間と同じことをして、眠った。

 つまり、二人の蜜月が始まった。レオポルトとエリックは、隙さえあればキスをした。夜は身体を密着させて睦みあい、お互いを愛撫した。

 その一方で、通信水晶の実装も着々と進んでいった。現場の指導者は、ゲスナーからエリックへ代わった。魔術師たちはぎこちないながらも、エリックの指示に従順だった。ゲスナーは謹慎の命を受けている。騎士団庁舎内の部屋へ移され、レオポルトの監視下に置かれていた。

 ハンネスの言った通り、穴掘りクズリによる被害は発生した。しかしエリックが構築した通信網は、その障害を乗り越えて動作した。現在は獣害対策が進められているが、それもじきに終わるだろう。

 すべては、順調に進んでいた。

 やがてとうとう、本格的な秋がやってきた。レオポルトは、イオネスでの通信網敷設が完了した知らせを王都へ出そうと、手紙を認めはじめた。この知らせは早馬で届けられる予定だが、いずれにせよ、送るにはまた時間がかかる。

 そしてその返事が王都から来たら、エリックたちはやっと帰ることができる。


「でも、ずっとここにいてもいいくらい、楽しいんですよね」


 夜更けのベッドの中で、エリックは呟いた。散々に睦みあった後の気だるさのまま、レオポルトにしなだれかかる。レオポルトもエリックを抱きしめて、「そうだな」と同意した。


「お前とこうして、ここで過ごすのは、素晴らしい時間だ」


 寝間着を着た脚を絡ませ合って、二人はお互いへ頬ずりをする。そして、唇が触れあおうとしたときだ。

 扉が激しくノックされる。


「夜分遅くに失礼いたします」


 ヘンケルだ。レオポルトは素早く身体を起こし、ベッドから降りた。扉を開けると、ヘンケルが恭しく跪く。


「通信網の誤作動の報告が入りました」


 その言葉に、エリックも飛び起きる。迷いなく着替え始めると、ヘンケルの声が飛んできた。


「急げ、クレーバー。お前の仕事だ」


 手早くローブを羽織り、杖を持った。他の魔術師たちは別の宿舎で寝起きしているため、到着に多少の時間がかかる。恐らく、エリックが最も早く対応できる人員のはずだ。

 部屋を出る一瞬に、レオポルトを振り返って、にこりと微笑みかける。


「行ってきます」


 その返事も待たずに、エリックはヘンケルとともに飛び出していった。

 ヘンケルは速足で、エリックは小走りで管理室へと向かう。


「通報体制、実際の運用開始はまだでしょう。誤作動する以前に、どうして起動しているんですか」

「知らん。それを調べるのが、お前の仕事だろう」


 エリックは騎士団庁舎へと飛び込んで、管理室の扉へ取りつく。ドアノブを捻っても開かない。鍵を使って、錠を開けた。やはりエリックが一番乗りらしい。

 扉を開けた途端、室内に反響している音が、つんと鼓膜を圧迫する。


「うっわ」


 人の声にも聞こえる何かが、親機を通じて延々と再生されている。魔術師たちの間で「妖精の歌」と呼ばれる、通信水晶が誤作動した時に特有のノイズだ。エリックは耳を押さえつつ、親機を覗き込んだ。魔力を流し、自分自身へと接続する。


(第一、二、三……すべての送受信機から受信している)


 エリックはかじりつくように水晶を覗き込み、状況を探った。


(誰かが通信網に直接干渉したとしか考えられない。各集落から通報するための通信水晶はそれぞれ設置済みで、使える状態にはなってる、だけど……)


 首を傾げながら、次々と調べていった。不可解な点が一つある。


(まだ一般の人や騎士たちは使えないように、設置した部屋には鍵がかけられている……)


 いずれにせよ、ひとつひとつ、要因を潰していくしかない。エリックは内心ひどく焦りつつも、淡々と対応していった。

 鳴り続ける「妖精の歌」に、くらくらと頭が揺れる。


(送受信機からの魔力を辿ろう。そしたら何か分かるはず……)


 しかし、どの送受信機も、魔力を送っていなかった。

 それなのに親機は、送受信機からの通信があると通知してきている。

 背筋に嫌な汗が伝う。エリックは浅くなる呼吸にも構わず、もう一度、送受信機へと干渉していった。

 妖精の歌が脳を揺らす。それを切ることも忘れて、エリックは作業へ没頭した。


「どうして……」


 ふ、ふ、と荒い呼吸をつきながら、ふとエリックの指が止まる。


「中継機」


 呟いて、指先が躍るように水晶を叩く。すぐに表示が切り替わり、中継機ひとつひとつの設定が浮かび上がった。

 その全てに、目を走らせる。エリックは震える唇で、「ここだ」と呟いた。

 中継機のひとつが、異常な魔力を発している。ここから送信される魔力によって、通信網が活性化し、妖精の歌が流れているのだ。

 エリックは迷わず、その中継機からの魔力を切断した。途端に、妖精の歌は聞こえなくなる。


「……はは」


 嫌な汗で、じっとりと肌が湿っていた。エリックは乾いた笑い声を漏らしつつ、親機から意識を離す。接続を切り、頭を抱えた。

 その瞬間、他の魔術師たちが駆けつけてくる。

 エリックは彼らを振り返って、にこりと微笑んだ。


「お疲れ様。……ところで誰か、中継機に仕込みでもした?」


 その問いに、魔術師たちは戸惑ったように、あるいは怒りの表情を浮かべて否定した。だよね、と呟いて、エリックは唇を噛む。顎をさすりつつ、「参ったな」と目を閉じた。

 中継機に指示を出せるのは、送受信器を除けば、ここにある親機だけ。親機に干渉することができるのは、特殊な権限を持つ魔術師だけ。

 そしてその権限を持っているのは、エリックだけだ。


 エリックは手を叩いて、「解散」と叫ぶ。


「問題は解決した。原因の詳細は明日の朝いちばんに、僕の方でまとめて提出するから、それまでみんな寝ていていいよ」


 魔術師たちは顔を見合わせた。そのうちの一人が、声をあげる。


「いや、信用できない。俺たちが確認する。そもそもこれは、お前の自作自演じゃないのか?」


 鋭い声が、エリックへと投げつけられた。


「え……?」


 エリックは唇の端をひきつらせた。そんなわけないだろう。


「そ、そんなわけないだろ。僕は……」

「どもった。どうせ後ろ暗いところがあるんだろ」


 ずっと黙っていたアルベルトが歩み出て、「どいてくれ」とエリックをどかす。エリックはすがりつくように、彼の名前を呼んだ。


「アルベルト」


 エリックは、彼と比較的親しかった。しかし今、アルベルトは、冷ややかな目つきでエリックを見ている。

 その後ろに続く数名は、同情するように首をすくめた。しかし、すぐにエリックから目をそらす。


「本当だって。これは中継機の誤作動が原因で――」


 なおも言い募ろうとすると、ぼそりと、誰かが呟いた。


「でも、中継機に干渉できるのは、クレーバーだけだよな」


 次々に、魔術師たちが追従する。


「ああ。ゲスナーさんは今、捕まっているから、そんなのは無理だし」

「そもそもクレーバーが、親機への干渉権限をはく奪したんじゃなかったっけ」


 部屋に不信が渦巻く。エリックへ向けられる視線は、鋭さと重さを増していった。

 エリックは首を横に振る。


「違う、僕じゃない。原因はまだ分からないけど、これから調べるんだ。だから」


 信じて、と声に出したのを、「うるさい」と遮られた。エリックは茫然と、ローブの袖を手で握る。

 施された鮮やかな刺繍を、指の腹で何度も撫でた。心を落ち着かせる間もなく、アルベルトがエリックの前に立ちはだかる。


「エリック。出ていってくれ」


 エリックは、じっと彼を見上げた。似た境遇で、お互いに同情し合っていた。雑談をしたり、一緒に食事へ行ったりする程度には、仲が良かったはずだ。

 アルベルトは申し訳なさそうに顔を歪めて、なおも続ける。


「悪いけど、今のお前は、信用できない。これまでのお前ならともかく、男に媚び売ってでも仕事を取ろうとするなんて、らしくねぇよ」


 がん、と頭を殴られたような衝撃だった。アルベルトは、さらに続ける。


「お前がいい奴だって、ちゃんと分かってるよ。だから目を覚ましてくれ。お前なら、やり直せるって、信じてるから」


 励ますように肩を叩かれる。浮かべられた人のよさそうな笑みに、エリックは言葉を失った。

 真実はどうであれ、友人からそんな風に思われていることが、酷くこたえた。言葉も出ない。

 気づくとエリックは、管理室から出て、廊下にしゃがみこんでいた。

 ひとりぼっちでうずくまって、ぽつりと呟く。


「……男に、媚び売ってでも、仕事を」


 腹の底まで響く、重たい言葉だった。

 心外だ。それはもう、怒りすら湧かないほどに。

 エリックは、身体を丸めて、床へ這いつくばった。悔しくて、恐ろしくて、声を押し殺して泣いた。

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