最終話
それじゃあ署に戻るわと言って、太輝は少年を連れて店を後にした。
少年は最後まで嗚咽を止められず、勇樹には何も言わなかったが、一度深く頭を下げてから店を出ていった。
「はぁ、何なんだよ、一体」
深く溜息をつきながら勇樹はカウンターの椅子にドカッと座り直す。
マスターにもう一杯ビールを注いでもらい、喉を潤す。
「お疲れ、勇樹」
「ホント、疲れたよ、まったく。それで、風美は納得出来たか? 俺の出した答え」
太輝は正解だとでも言わんばかりに満足気に店を出ていったので、勇樹はひとまずそれで良かったのだと思えた。
正直言えば誰がどう思うが、選択を託された時点で答えは決まっていたのだが、二人の気持ちを聞いた以上反応は気になっていた。
「納得は、できたよ」
「その間……なんか引っかかる言い方だな」
普段なら風美に対してそんなに踏み込んだツッコミはしないのだが、太輝も風美もスッキリする為に勇樹が答えを出させられたなら、聞く権利はあると勇樹は思った。
風美はいつの間にマスターに頼んでいたのか、青い色のカクテルを手に持っていた。
名前は以前に聞いたのだけど、勇樹はカクテルを頼まないので何度聞いてもその名前を忘れてしまう。
ゆっくりとカクテルを口にする風美は、次に出す言葉をじっくりと考えてる様だった。
「納得は、出来た。何だったら勇樹ならそう言うかもとさえ思ってた。だけど、それは私が出せる答えじゃないなと思った」
「風美なら、罪を問わなかった?」
「うーん、多分そういうことじゃないなぁ。罪を問う問わないを私の判断で決められないと思うんだ。勇樹の立場に立って考えてさ、お腹刺されてさ、それも八つ当たりみたいな理由でさ。それでも私なら、あの子に任せそうなんだよね。反省するかしないか、あの子の今後の人生の為だとか言って、自主性を重んじるというか」
風美は、言葉を口にしながら慎重に考えをまとめていった。
元とはいえヒーローたる立場として、罪を犯した少年をただ罰するのみの選択を選べるだろうか。
そんなはっきりとした答えを提示できるだろうか。
怒りをぶつけようとしたあの瞬間と違い、冷静に相手のことを考えれる状態だからこそ取れる選択肢は多い。
「それも悪い選択じゃないと思うぜ。何も正解は無いんだから、そこまで悩まなくても――」
「前にさ、勇樹はヒーローっぽさがないって私言ったよね?」
事の発端とも言える一言を今さら引き出されて勇樹はドキッとした。
母親と離れた女の子の接し方ひとつで言われた言葉に、グサりとやられたのは事実で、勇樹は自分で思っている以上にヒーローへの憧れを抱いていた。
それを元カノでヒーローであった風美に否定されたのだ。
プライドと希望は大きく傷つけられたままだった。
風美の問いに頷くだけして勇樹は答えた。
続く言葉を聞くのが怖い。
前言撤回でも、やっぱりそう思うと重ねられても、今さら傷ついた心が癒えることはない。
やっぱり勇樹の事はヒーローだと思う、だから好きだ、付き合い直したい。
とでも言われたなら傷の痛みを気にしなくなれるだろうが、そんな奇跡は起きないだろう。
「やっぱりさ、勇樹はヒーロー、って感じじゃないんだよね」
「もういいよ、このタイミングで傷つけるなよ、俺を」
項垂れる勇樹、驚く風美。
「え、傷ついてたの?」
「いや、そら傷つくだろ。俺だってヒーローが大好きで、ヒーローになりたくて、ヒーローやってる風美をずっと応援してきたんだぜ? 一緒になって怪人をやっつけるのを夢にしてたんだからな!」
項垂れすぎてカウンターにうつ伏せになる勇樹。
お皿とジョッキが巻き込まれないようにさりげなく退かすマスター。
驚き続ける風美。
「え、勇樹、いつも一緒に居てくれたじゃん。止めたってくるからさ、恋人って関係を気にして使命感で来てるのかと思ってた。そういうの好きじゃん、勇樹って。彼女が戦うなら俺も! とか」
「え、何、もしかして俺が現場に来るの止めようと別れ話になったの?」
「そうだよ。ん、アレ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ! いや、だったら別れなくてよかったじゃないか……。ん? 別れなくて、よかったんだよな? あれ、でも俺が現場に行っちゃうから、風美は俺を思って距離を取ろうと……?」
「んーごちゃごちゃするなぁ。その話はまた今度にしよう。だからさ、何が言いたいかと言うと――」
大事な話だからあとにしないでくれと、勇樹は思った。
むしろ傷つけられるヒーロー云々の話こそ、今はお腹いっぱいだ。
風美はヒーローを辞めることになったので、二人が別れる理由は無くなったとも言える。
ということで、風美の言葉を遮って勇樹は付き合い直す話を進めようと口を開くのだが――
「――勇樹はさ、ほら、おやっさんみたいなんだよね。後方で支えてくれる人って言うか、そういう感じの人」
「は?」
勇樹は開けた口で、一音だけ発すると、風美の言葉の意味を理解するのに思考をフル回転させた。
いや、おやっさんだってヒーローっぽいだろ?
という疑問が真っ先に浮かんだが、それは個人の解釈レベル過ぎて不毛な問答になりそうだった。
「ほら、あの時もお母さん探しに行くわけじゃなくて寄り添って一緒に待っててあげたでしょ? そういう感じがさ、なんとなく安心出来る感じがさ、ヒーローだって戦ってる私には無いもんだなと思ってさ。今もそう。『みんなを守るぞ!』って戦ってきた私より、ずっと勇樹の方が少年に寄り添っていたと思うんだよね」
「寄り添ってた、か」
言われてもピンと来ない評価に勇樹はオウム返し気味に言葉を呟く。
悪い評価では無いとは思うのだけど、じっくりと来たものでは無かった。
「うーん、何か不満気?」
「不満、ってことでも無いんだけどさ。よく分かってないというかなんというか」
「なるほど、私達別れて正解だったかも」
「は? 何でそうなるんだよ?」
「やっぱりこういう根っこの意見が噛み合わないのは致命的じゃない?」
「いやいや、そこはほら、俺わかるように努力するし! 何だったらおやっさんって呼ばれるような男目指すし!」
「何それ? いや、それも面白いから良いんだけど。ねぇ、マスター、ここって従業員雇わないの?」
二人の話を聞きながら皿洗いを始めたマスターに風美は話を振る。
「本当は雇う気無いんだけど、かざみぃの再就職先って事なら大歓迎よ」
「違う違う、勇樹のおやっさん修行先!」
「何だよその、おやっさん修行って」
「うーん、それも面白そうだから歓迎するわ、勇くんよろしくね」
そう言ってマスターはくねくねと身体を動かしてウインクをする。
長期の入院事情でつい先日無職となった勇樹には、ありがたい話だったので悩みながらも乗っかる事にした。
「いいよ、わかったよ。俺これからおやっさんを目指すから、見てろよ風美!」
椅子から立ち上がり風美を指差す勇樹。
色々とあったせいか、普段顔に出ない酔いがすっかり顔を赤く染めていてキメ顔はしまらない形となっていた。
いつも見てんじゃん、と思いながら風美は張り切る勇樹を囃し立てていた。
今日も相変わらずの閑古鳥具合の《2Bee》で、店外に聞こえるぐらいの、オー! という掛け声が響いていた。




