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真夜中の魔物  作者: 茶野森かのこ


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9/16

真夜中の魔物9


相変わらず、目の前の青年の正体はあやふやだし、それに、彼の言いたい事が分からない、“真夜中の魔物”、その絵本が何だというのだろう。


時緒(ときお)が葛藤を思わず顔に出してしまうと、青年は少しだけ眉を下げ、それから、どこか意を決したように、再び口を開いた。


「真夜中の力の使い方を変えて、魔物は夢の中に縛りつけた人々を解放し、今度は、出会ったその人が本当に会いたいと思う人を、その夢の中に連れて来てくれた、そして、夢は現実へと変化する、こんな風にね」

「…え?」


そう両手を広げられ、時緖はきょとんとして顔を上げた。その言葉の真意が分からず、「え?」と、もう一度尋ねるが、彼は変わらず微笑むだけだった。


まさか、本当に“真夜中の魔物”がいると言うのか、ここは夢の中で、時緒が会いたいと願った人物、月那(つきな)を連れてきてくれたと、そんな事が実際に起きていると、彼は言いたいのだろうか。


時緖が呆然としていれば、彼は時緒の思いを理解しているのか、そうだと言うように、にこりとして頷いた。ますます訳が分からず困惑する時緖に、彼は少し考える素振りを見せたが、やがて気を取り直すように、キッチンへ体を向けた。


「まぁ、信じられないよね。それも良い、あなたは酔って眠っているんだ、だからこれは何でもないただの夢、僕はただの幻想。その方があなたにとっても都合が良いよ」

「な、なんで」

「だってこの僕は、あなたが一番会いたかった人でしょ?僕に会いたかったなんて本人に知れたら、恥ずかしいじゃない?」


そんな風に振り返って微笑まれれば、胸が騒いで落ち着かなくなる。確かに、月那は時緖にとって、いつだって会いたい存在だ。こんな風に胸が締めつけられる夜だって、本当なら会いたい、会って、まだ自分にだって望みはあるんじゃないかって、夢を見ていたい。


でも、知ってしまった、素敵な恋人がいたこと。ショックで、月那が大切にしているその人を、どうしたって妬んでしまうこと、だから、顔を合わせる事なんて出来やしなかった。どんなに押し殺していたって、隠した気持ちが閉じ込めた隙間から零れてしまいそうで、そうしたら、彼女に嫌な態度をとってしまうかもしれない、自分が嫌な人間になってしまう事が怖かった、月那に軽蔑される、嫌われるかもしれないと思ったからだ。

それだけ時緖の胸は、彼への思いに満ちている。


だが、例えそうだとして、やはり気になる事がある。


今の彼の言い方では、彼は自身が月那ではないと言っているみたいだ。それだけじゃない、話し方も、いつもの月那より砕けている気がする。

改心した“真夜中の魔物”は、会いたいと願う人、その当人同士を夢の中を通じて出会わせるのではなかったか。それなら、目の前の月那にはどこか違和感を感じる。


やはり、魔物とは空想上の産物で、自分はただ夢を見てるだけなのかもしれない。そうだ、普通に考えれば、それが何よりも現実的な考え方だ。



だけど。



時緒は、それについてもどうしても違和感があった。これが、本当に夢の中なのだろうか。自分の体は今、本当に眠っているのだろうか。眠っているのだとして、それが、どうにもしっくりこない。



時緒が、あれこれ頭を巡らせながら考え込んでいると、彼はそんな時緒をお構い無しに、やかんに湯を沸かし始めた。まるで、勝手知ったる我が家のように冷蔵庫を開けた彼を見て、時緒は慌てて止めに入った。何だかまた流されそうになっているが、彼がまだ何者かは分からないのだ、そんな人物を相手に、勝手に冷蔵庫まで許す訳にはいかなかった。


「ちょっと、」

「座ってて。ホットココアを作ろうか、寝る前に飲むと落ち着くって、この前言ってたでしょ?」

「……え?」


その優しい声に、時緒は目を瞬いた。それは、つい先日、本物の月那に話したばかりだ。それに気を取られている内に、彼は手慣れた様子でキッチンで作業を進めていく。その姿を見ていたら、何だか拍子抜けしてしまって、時緖は結局、小さく頷くだけだった。



**



湯気の立つカップを前に、時緖は眼鏡をかけ直し、まじまじと、月那のような青年を見つめた。「ん?」と、穏やかに小首を傾げられれば、偽物かもしれないという疑念も吹き飛び、嘘みたいに胸が高鳴った。いやいや本物の筈がないんだからと、時緖は訪れたときめきをやり過ごそうと、焦ってカップに口をつけた。


「熱!」


案の定な光景に、彼は困った様子で「焦って飲むからだよ」と笑った。二人きりの空間で、その優しい眼差しを向けられては、どうしたって勘違いしそうになる。そもそも、どこから何を信じて疑えば良いのかさっぱりなのだが、時緖は月那みたいな彼に、密かに重ねた恋心だけは悟られまいと、慌てて顔を俯けた。


そもそも、会いたいと知られている時点で、もう手遅れのような気もするが。


「時緖さんとこうしてるの新鮮ですね。いつも、向かい合っていてもカウンター越しですから、同じ視線になるのが少し擽ったいです」


頬杖をついて、少し照れくさそうにそんな事を言う。その口調が、先程とは打って変わりいつもの月那と同じようで、時緖は混乱も忘れて赤くなった。真夜中に呑み込まれた部屋が、ふわふわと温かくなった気がして、時緖は立てた決心が早々に崩れるのを感じ、そんな自分に頭を抱えたくなった。

だって、本当の所はどうか分からないが、目の前に居る彼は月那とそっくりで、そんな彼が他の誰でもなく自分を優先してくれているというこの状況に、これが夢だとしても、それこそ夢のようで困ってしまう。



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